(第11章)伯爵

(第11章)伯爵
 
牙浪の世界。
鋼牙とクリスは閑岱の小屋で鈴の話を聞いていた。
その片隅で邪美法師はまだ寝ていた。
邪美の首筋の2本の噛み傷は既に瘡蓋が出来ていて傷口は塞がっていた。
どうやら何者かに襲われたらしい。
鈴の話によれば彼女の噛まれた傷口から採取した
血液から特殊なホラーの毒を発見したと言う。
この毒は素体ホラーの血に含まれている毒とも
レギュレイスの毒とも違うようだ。
「鋼牙。まさか考えたくはないけど、
ひょっとしたら?あの伝説の伯爵ホラー?」
その時、邪美が上半身を起こした。
「鋼牙!クリス、聞いて欲しんだ!」
邪美は何者かに襲われた者について話し始めた。
「それで人相は?」とクリス。
「分からない。性別は男では白いスーツを着ていた。
それで奴は私にこう言ったんだ。
『ドラキュラの作者のブラム・ストーカー氏と
面識のあるホラーは誰か?』と。」
鋼牙は大きく目を見開いた。
間違いない……奴だ!やはり奴は間違いなくこの閑岱の地にいる。
「ドラキュラ?まさか?吸血鬼ドラキュラか?」
「知っているんですか?じゃ!ブラム・ストーカーは?」
「彼は有名な吸血鬼の作者だよ。と言う事は……まさか!」
ザルバがカチカチとこう言った。
「そのまさかだな。間違いなくそいつは魔獣ホラーだろう。
魔獣ホラーはどの地球上の生物の生態系にも当て嵌まらないから。
人間達は魔獣ホラーをモチーフに伝説上の生物を書き上げたと言うからな。
例えば西洋のパズズ、モロク、イシュターブ等の悪魔達。
日本の夜叉とか般若とか鬼とかだな。
恐らくそいつの姿をモチーフにブラム・ストーカー氏が
小説を書いたのだろう。」
「つまり、あいつが本物のドラキュラ伯爵?」
「人間達が奴の事をそう呼んでいるなら間違いないな。」
更に邪美の話によればそのドラキュラ伯爵と思われる
白いスーツの男はジルの事を森の中から観察していたと言う。
「ジルを観察していた?」
クリスは両手を振り、こう言った。
「何故?そんな事を?」
クリスは不思議そうに邪美に尋ねた。
しかい邪美は分からないと言う表情で首を左右に振った。
「恐らく……目的は分からないけど。あいつはかなり危険だよ。」
鋼牙は大きくため息を付いた。
そして腕を組み、何かを考え込んでいた。
するとザルバがカチカチと横からこう口を挟んだ。
「もしかしたら興味本位かも知れないな。」
 
ぼんやりと廊下を歩いていたクリスは偶然、曲がり角で翼に会った。
クリスは翼にこう尋ねた。
「なあ、人間にその……感染。いや、
憑依する前はどんな姿をしているんだ?」
「見たいか?」
そう言うと翼は自分の部屋に彼を案内した。
翼は一冊の本を取り出し、ページを開いて見せた。
「こいつが人間に憑依する前のホラー?」
クリスは困惑していた。
何故なら人間に感染、即ち憑依するのだからもっと小さい寄生虫
あるいはウィルスか細菌の様な
小さな病原体の様なものだと思っていたからだ。
本に書かれていたのは悪魔と鬼を掛け合わせた醜悪な獣だった。
2本の長い触角。
黒いごつごつした岩の様な身体。
右には天使に似た翼、左には悪魔の翼。
死人の様に白くどんよりとした目。
先端が矢の形になっている長い尾。
「こいつが人間に憑依するのか?人間サイズのこいつがどうやって?」
「肉体を細い線状に身体を変形させて、
口や鼻や目や耳から侵入するのさ。」
するとクリスは嫌悪感を覚え、ひどく顔をしかめた。
この地球上でもっとも忌まわしい怪物、或いは人間サイズの寄生虫か。
「人から人へは?」
「移ったりしない。稀に陰我のある人間の肉体を破壊して。
別の陰我のある絵に再憑依する事がある。
しかし基本は憑依した人間の陰我に応じて独自の形態を獲得している。
だから他の人間に感染する事は無い。むしろ他の人間はただの餌だ。」
 
バイオの世界の翌朝。
クイーン・ゼノビア上階客室の窓から温かな光が差し込んでいた。
クエントは白いスーツを掛け、グウグウと眠っていた。
その時、まるで囁くような優しいメロディが聞えて来た。
クエントはうーんと唸り、起き上がった。
彼は自分が烈花に聞かせた『エマニエル』
と言う曲を着メロにしていた事を思い出した。
そしてぼんやりと烈花の姿が見えた。
彼女は両頬をピンク色に染め、少し恥ずかしそうに
微笑みながらも瞼を閉じ、スースーと寝息を立てていた。
彼は朝日に照らされた彼女の美しい寝顔に釘付けになった。
クエントは思わず寝転んだままぼんやりと昨日の事を思い出した。
烈花とクエントは2人だけで客室の部屋に行っていた。
そして部屋の棚から懐かしいVHSビデオとデッキを発見していた。
クエントは興味を持ち、VHSビデオを手に取った。
「これは!昔のVHSビデオ!あー知っています
『ゴッドアーミⅡ』ですね。」
烈花はクエントにこの映画を観たいと何度もせがんだ。
クエントは気が進まなかったものの二人で見て見る事にした。
『ゴッドアーミⅡ』のあらすじを簡単に説明するとこうである。
ある日空から男が降って来た。
車に乗っていた今作のヒロインバレリーの目の前に落下したダニエル。
驚いたバレリーは彼を病院に連れて行く。
心配する彼女に「恐れるな!」と囁いた。
前作で堕天使となった元大天使ガブリエルは地獄から復活を果たしていた。
こうして再び人類と天使の死闘が幕を開けた。
烈花は『天使同士が天国=極楽で紛争している』
と言う設定に衝撃を受けた。
天使同士が争って!一体?誰が人を守るんだ?
また彼女は胎内に宿る天使と人間の子供に戸惑いつつも母性を見せ、
ガブリエルと闘い抜くバレリーを演じるジェシカ・ビールに共感していた。
烈花は無意識の内に手汗を握り、
ガブリエルと闘う彼女の勇気ある姿を応援していた。
最後のガブリエルのどんでん返しの結末も驚いていた。
映画を観終わった後、突如、天井の時空の歪みから
一枚の写真がヒラリと落ちて来た。
クエントと烈花は写真を拾って見た時、
驚きの余り両目を見開き、お互い顔を紅潮させた。
その写真には教会で結婚式を挙げたばかりの夫婦の幸せそうな写真だった。
彼はベッドの上で仰向けになり
「何故こんな写真が時空の歪みから落ちて来たのか?」
考え続けた。しかし幾ら考え続けても答えは出なかった。
 
(第12話に続く)