(第10章)破邪

(第10章)破邪
 
バイオの世界。
駆け出した烈花はレギュレイスに俊足で接近した。
そして懐から取り出した破邪の剣を持った右腕を勢い良く振った。
カジノの明かりに反射し、銀色に輝く破邪の剣の刃は
レギュレイスの首筋に迫って行った。
ズバッ!
肉を切る音と共にレギュレイスの首は瞬時に撥ねられた。
しかしレギュレイスは頭部を切断され、失っても
何事もなかったかのように平然と烈花に襲い掛かった。
レギュレイスは彼女の顔面を掴み、軽々と持ち上げた。
続けてレギュレイスは列花の下腹部を何度も殴りつけた。
烈花は何度も身体をくの字に曲げ、激痛で呻き声を上げた。
それから彼女の身体をまるでゴミの様に投げ上げた。
「烈花さん!」
クエントは反射的に駆け出した。
そして列花が赤いカーペットの上に落下する直前、
両手で彼女の身体を受け止めた。
「くそっ!酷い奴だ!」
レギュレイスは首を失っても平然とスタスタ歩き、
赤いカーペットの上に落ちていた自分の首を拾い上げた。
2人は改めて巨大な傘を被ったレギュレイスの顔を見た。
レギュレイスの顔は死人の様に真っ白で口元には2本の牙が見えた。
やがてカッ!と瞼が見開かれ、しゃべり始めた。
クエントとパーカーは何を言っているのかさっぱり理解していなかった。
それは英語とも日本語ともフランス語、ドイツ語、
世界のどの言語にも当て嵌まらない未知の言語だった。
「お前!一体何をしゃべって……」
「無駄ですよ!刺激するのは危険です!」
レギュレイスに詰め寄ろうとしているパーカーをクエントは引き留めた。
不意にレギュレイスの姿が消え、
いつの間に首が切断されたカラクリの姿に戻っていた。
「どうなっている?」
やがて首を切断されたカラクリの身体はシューと黒い霧を放ち、消滅した。
「まさか?逃げられたのか?」
「恐らく」
クエントは失神している烈花を赤いカーペットの上に置いた。
 
牙浪の世界。
閑岱の森の中で未だにジルは芝生の上にうずくまり、
未だに泣き続けていた。
そこに翼が芝生を掻き分け、再び姿を現わした。
ジルは泣き晴らし、真っ赤に充血した眼から
鋭い眼光を放ち、彼を睨みつけた。
顔は真っ赤で、美しい唇は怒りで激しく震えていた。
「ジル」と翼は彼女の名前を静かに呼んだ。
次の瞬間、ジルはいきなり声を荒げた。
「あんな忌々しい記憶を見せておいて!
まだあたしの心を苦しめるつもり?」
しかし翼はジルの怒鳴り声に屈する事無く毅然とした態度を取っていた。
「もう、嫌よ!もうホラーも魔戒騎士も最低!
短いソウルメタルの棒を持つのにあたしの心の問題を!
どうして自分自身で解決しなければならないのよ!」
「ジル。お前の世界に発生した時空の歪みを通り、
魔獣ホラーが現われた。」
翼の一言にジルは言葉を失い、急に黙った。
彼女の心を支配していた激しい怒りは急に消滅した。
代わりにまた大切な仲間を失うかもしれない
不安と恐怖が心の底から湧き上がった。
同時に彼女はその不安と恐怖により、心臓が押し潰されそうになった。
しばらくしてジルは震える声でこう言った。
「そんな……パーカー、クエントは?」
翼は穏やかな口調でこう言った。
「無事だ。烈花が時空の歪みを通って君の世界に行き、
協力して退治した。」
「よっ……良かった……」
ジルは安堵の言葉を洩らした。
同時に自分は無力で小さい存在だと嫌と言う程、思い知らされた気がした。
それを察したのか翼は優しくこう言った。
「確かに今の君は無力で小さい存在かも知れない。
しかしジル!一度しか言わないからよく聞いてくれ。」
ジルは自然に翼の声に真剣に耳を傾けた。
「君が初めて『ソウルメタルの扱い方を教えてほしい』と。
私に頼んだ時、私は君のその強い決意に満ちた青い瞳を信じた。」
ジルは翼の黒い瞳をしばらくじっと見ていた。
「だから君も正しい自分でありたいと願った
自分自身の強い意志を私は信じて欲しい」
ジルは唇を震わせ、青い瞳から一筋の涙を流した。
翼は静かにこう言うと白を基調とした
赤と黒の装飾を付けたコートを翻した。
「ソウルメタルを持ち上げる訓練を続けるか?止めるか?
は君自身の手で決めるんだ。
無理意地はしない、何故ならこれは君自身の心と意思の問題だからな。」
ジルは暫く顔をうつ向き、訓練を続けるか?止めるか?悩み考え込んだ。
 
バイオの世界。
クエントは失神している烈花を赤いカーペットの上に置いた。
「烈花さん!しっかりして下さい!」
烈花は大きく咳き込むと上半身を起こした。
クエントはホッと一息ついた後、少し厳しい口調でこう言った。
「貴方は幾ら何でも無茶しすぎです。」
烈花は申し訳ないと謝った。
さらにクエントはこう続けた。
「いいですか?命は一つしかないんです!
それに命は無闇に投げ捨てるものではありません!」
不意に烈花は自分の胸に手を置いた。
何故か心臓の鼓動がドキドキしていた。
なんだ?心臓の鼓動が速くなっている。
烈花は不意に訪れた自分の異変に僅かに戸惑いを覚えた。
何故、そうなったのか自分でも分からない。
彼女は恥ずかしくなり、顔を真っ赤にした。
パーカーは苦笑いを浮かべた。
「やれやれクリス達に君達の無事を報告しないと。」
何故かパーカーは黙って無線を片手にカジノの外へ出て行った。
「行っちゃった……」
「多分、気を使ってくれたんでしよう……」
2人は無言でお互いを見ていた。
クエントは彼女の横顔が綺麗だと思った。
恥ずかしさで赤くなった肌。
茶色の宝石の様な瞳。
一方、烈花はクエントの顔は何故か非常に唐突で凄くかっこいいと思った。
彼は優しくて、そう、面白い人。
でも言葉は力強くてカッコイイ……と思う。
2人は視線を合わせた。
丁度、カジノの看板が回っている噴水が
背景になっていて良いムードになっていた。
2人は自然にお互い接近し、そして。
2人は瞼を閉じ、唇を重ね、短い間だけキスをした。
そして二人は満足げに微笑んだ。
 
(第11章に続く)