(第23話)雷炎

(第23話)雷炎
 
牙浪の世界・人里近くの廃ビル。
ゴルバは翼と鈴と対峙している背の高い男を見据え、淡々と解説した。
「魔獣ホラーガザリー。
こやつは若い人間の女よりも魔戒法師の若い女を好み、
獲物として捕えて粘着性の糸で拘束した後。
人間達が言う性行為を頻繁に繰り返し、
体内から分泌される毒を注入するんじゃ。
やがて獲物となった魔戒法師の若い女
は精神と肉体が徐々に麻痺状態になる。
そうする事で法師の魔導力を長い時間を
掛けて熟成させ、肉体と魔導力を喰らうんじゃ。
女のホラーからも嫌われている悪趣味極まりないホラーじゃ。
ちなみに弟にリザリ―がおったな!」
鈴は口を閉じ、しばし無言だった。
翼も両目と口を閉じ、しばし無言となった。
その間にも背の高い男は立ち上がった。
男は人間形態からホラー形態に変身した。
ホラーの真の姿は雄のチャバネゴキブリを擬人化させた昆虫人間だった。
巨大化した頭部からは4本の茶色の昆虫の長い脚。
さらに昆虫の長い脚の先端は茶色の短い爪が生えていた。
眼球の代わりに長い茶色の細長い触手が生えていた。
下顎は大きく裂け、顎の先端は
巨大なハサミの形をした2対の牙を持っていた。
両腕は細長く5本の湾曲した黒い鉤爪。
ボコボコした長い茶色の細長い脚に5本の湾曲した黒い鉤爪を持っていた。
「ギイイイイイイッ!」とガザリーは甲高い鳴き声を上げた。
そしてバサッと背中から半透明の黒い光沢を持つ巨大な羽根を広げた。
続けて大きくジャンプすると超高速で真っ先に鈴に襲い掛かった。
鈴はガザリーの超高速移動よりも早く
魔導筆で『爆』と言う文字と円を描いた。
ガザリーが鈴の目と鼻の先まで接近した瞬間、
筆で描いた『爆』の文字通り爆発した。
ガザリーはオレンジ色の炎と熱風で吹き飛ばされた。
ガザリーは全身が焼ける痛みで甲高い悲鳴を上げた。
ガザリーは床に着地すると両腕を大きく広げ、甲高い声で吠えた。
すると先程、負っていた全身火傷がみるみる再生して行った。
「なっ!再生した?」
「あやつは体内に蓄えた若い魔戒法師から奪った魔導力を使って
何度も大ダメージを負わせても直ぐに回復するわい!」
ゴルバはそう解説した。
ガザリーはまた背中の羽根を開き、再び鈴に向かって行った。
鈴は真正面から突っ込んで来た
ガザリーの顔面を魔戒超合金の拳で殴りつけた。
彼女は同胞を殺された怒りを込め、右脚を振り上げた。
そして己の魔導力を魔界超合金で出来た魔戒ブーツの靴底に収束させた。
「やああああああっ!」
鈴の掛け声の後、魔戒超合金で出来た魔戒ブーツの靴底を
ガザリーの背中に叩きつける様に力の限り、踏みつけた。
グチャッ!と虫が潰れる音と共にガザリーは床に叩きつけられた。
続けて今度は己の魔導力を魔戒ブーツの爪先に収束させた。
鈴は再び「やあああああっ!」と掛け声を上げ、
ガザリーの柔らかい腹部を蹴り上げた。
ガザリーは身体をくの字に曲げた後、ベチャッと天井に叩きつけられた。
ガザリーは空中で体勢を立て直し、床に四足で着地した後、立ち上がった。
そしてガバッと下顎を大きく開いた。
同時に口内から細長い口吻を鈴の額に向かって伸ばした。
その時、兄の翼はドンと床に着地し、
背中にいる自分の妹の鈴を守る為に立った。
同時にクルクルと手首を返し、魔戒槍を回転させた。
風車の様に回転した魔戒槍の先端の鋭い刃はスパスパと
鈴に向かって伸びて来た細長い口吻を次々と輪切りにした。
ガザリーは悔しがるどころか狂った笑い声を上げた。
「さあー魔戒法師の山刀鈴法師よ!始祖ソフィア・マーカーが
復活する事は分かっている筈だ!お前は私に何処を捧げる?
ソフィア・マーカーの大好物の魂か?それとも魔導力か?
それとも肉体か?」
「貴方に捧げるものなんかないわ!」
鈴は毅然とした態度でそう言い切ると魔導筆を構えた。
ガザリーは両肩から長い2対の巨大な鎌状の両腕をバキッ!バキッ!と生やした。
続いて腹部から2対の3本の短い爪の生えた両腕を生やした。
背中の羽根は2枚から4枚に増えた。
下顎の先端のハサミも巨大になり鋭利に発達した。
翼は毅然とした態度でこう宣言した。
「魔獣ホラーガザリー!女の命を軽んじる貴様の陰我!
俺達兄弟が断ち切る!」
翼は力強くそう言うと頭上で魔戒槍をひと振りした。
頭上に円形の裂け目が現われ、そこから白い光が差し込んだ。
やがてゴルルッ!獣の唸り声と共に口元の無い白い狼を象った
真っ白な鎧を纏った翼が立っていた。
白夜騎士ダンである。
魔戒槍は真っ白に輝く白夜槍に変化していた。
翼は背中の赤い背旗をバサッと風になびかせ、疾風のように走り始めた。
ガザリーは両肩から伸びた長い2対の巨大な鎌状の両腕を振り降ろした。
鈴は魔導筆で『小刃』と言う文字と円を描いた。
すると『小刃』の文字から半円の刃が射出された。
小さな半円の刃はズバッ!ズバッ!
とガザリーの長い2対の巨大な鎌状の腕を切断した。
更に腹部から伸びた両腕を伸ばし、
3本の爪で白夜騎士の鎧に覆われた翼の胸部を掴んだ。
構わず翼は白夜槍の先端をガザリーの胸部に突き刺した。
ガザリーは悲鳴を上げた。
白夜槍の先端は一気に胸部から背中まで貫通した。
だが、ガザリーは暴れ、下顎の先端の巨大で鋭利なハサミを閉じた。
巨大で鋭利なハサミは翼の白夜騎士の鎧に覆われた両肩に突き刺さった。
激しく火花が散り、翼は両肩の激痛で呻き声を上げた。
「いかん!翼!鎧が砕ける!身を引くのじゃ!」
すかさずゴルバはそう警告した。
翼は決して一歩も引かなかった。
やがて翼の全身の白く輝く白夜騎士の鎧は紫色に煌めく炎に包まれた。
紫色に煌めく炎は白く輝く白夜槍にも伝わった。
ガザリーは全身と体内を熱い炎に焼かれ、
火傷の激痛で甲高い悲鳴を上げた。
やがてガザリーの全身は紫色に煌めく炎に包まれ、火だるまとなった。
ガザリーはまだしぶとく翼の白夜騎士ダンの白く輝く鎧を噛み砕こうと
下顎のハサミに凄まじい力を込めた。
「ぐっ!ぐわああああああっ!烈火炎装でも駄目か!?」
「兄いいいいいっ!」
鈴は大きくジャンプし、魔導筆を片手で構え、
『雷光』と言う文字と円を描いた。
そして力の限り振り降ろした。
やがて『雷光』の文字が金色に輝いた。
続けて轟音が鳴り響き、闇を切り裂き、
極太の稲妻がガザリーの脳天に直撃した。
ガザリーは苦しみもがいた。
「うおおおおおおおおおっ!」と翼。
「やあああああああああっ!」と鈴。
「ギッ、ギエエエエエエエエッ!」
ガザリーはとうとう断末魔の甲高い絶叫を上げた。
同時にガザリーの身体は大きな破裂音と共に粉々に砕け散り消滅した。
2人はほぼ同時に着地した。
やがて翼の頭上に円形の裂け目が現われた。
同時に白夜騎士ダンの真っ白な鎧は円形の裂け目に吸い込まれた。
「予想外の強敵だったのに。教団の場所は聞けなかったわ」
鈴は悔しそうに下唇を噛みしめた。
「だが!奴に捕えられた魔戒法師達から何か聞けるかも知れない。」
翼はまだ生きていて捕えられている魔戒法師達を見た。
「鈴!奴の毒の浄化は任せる!」
「でも!人数が多いわ!応援を呼ばないと!」
「そうだな」
と翼は白を基調とした赤と黒の装飾のコートの
懐から一枚の赤い札を取り出した。
鈴はサラサラと応援を要請する手紙を
描くと天井に結界を作り、夜の外へ飛ばした。
それから応援の魔戒法師達が元老院達から駆け付けた。
ガザリーに捕えられた魔戒法師達は無事全員救い出された。
暫くは鈴と共に捕えられた魔戒法師達の
ガザリーの毒の浄化作業に追われた。
ビルの外では魔戒法師達はダストシューターのゴミ捨て場から
ガザリーに食われた魔戒法師の遺体を丁寧に運び出していた。
のちにすべての遺体はそれぞれ魔戒法師の遺族達に返された。
遺された遺族達はそれぞれホラーに喰われた娘や母親だった
魔戒法師の別れを惜しみつつも丁寧に弔った。
こうして人を捕食する魔獣ホラーと闘い、多数の魔獣ホラーを倒す一方。
こうして逆に魔獣ホラーに捕食されて
非業の死を遂げてしまう魔戒法師達も少なくない。
もちろん、黄金騎士ガロの称号を持つ鋼牙でも白夜騎士である
ダンの称号を持つ翼を初め、その他大勢の魔戒騎士達も例外ではない。
ダストシューターには魔戒法師達の死体があった
痕跡はもちろん何一つ残る事はない。
故にここで魔戒法師達が非業の死を遂げたと言う事実は
この牙浪とバイオのクロスオーバー小説の作者である私や
この小説を読んでいる読者達も一般人も誰も知られる事はない。
何故なら彼ら魔戒法師や魔戒騎士達の証拠隠滅は常に完璧だからだ。
そうやって命懸けで人を喰う魔獣ホラーと闘い、
一般の人間達を密かに守り続ける為。
今この瞬間も魔獣ホラーと魔戒騎士と魔戒法師
とのいは闇の中で永遠に果てしなく続いているのだ。
 
(第24章に続く)