(第24章)結婚

(第24章)結婚
 
翌朝、牙浪の世界。閑岱。
邪美は鈴から唐突に渡された翼のラブレターと思わしき文章を読んでいた。
やがて彼女はクスクス笑った。
「なんだい?まるで石ころの様な文章だね。」
邪美に渡された翼の手紙の内容はとても堅苦しい文章で綴られていた。
そう、例えば普通の人間の男性なら。
「貴方に話があるのでビルの屋上に午前10時に来て下さい。」
と書くところを翼はと言うと。
「お前に話がある、閑岱の森の祠の前に午前12時に来たれり!」
とその文章はまるで果たし状のような内容だった。
さらに続きの短い文章には「時間厳守」とまで書かれていた。
「ふーん、午前12時にね。さて行くかな。時間通りにね。」
 
バイオの世界、クイーンゼノビアホール。
「こちらハットトリック!カーク・マシソンだ!
おい!今!BSAAの北米支部はお祭り騒ぎだぜ!
何せ!ジャッカスの奴!連盟の製薬企業の出資者の社長の娘の
結婚話を『新しい彼女が出来たんで必要ありません』
と言ってあっさりと断ったんだとよ!
信じられねえよな!BSAAの代表もビックリしていたぞ!
一体!?あいつが惚れた彼女は一体?何者なんだ?」
「悪いが個人のプライベートには興味は無い!」
「冷たいな。と言うかその出資者の社長の娘、
マジで悔しがっていたらしいぜ!
なあ?一体何者なんだ?」
「だーかーらーしーらーん!!」
「おいおい!まて!まてまて!切るな!おいっ!」
パーカーは無言で無線のスイッチを切った。
クエントが大きな欠伸をして目覚めた。
上半身を起こし、両腕を伸ばしてストレッチした。
「大変らしいぞ!テレビ電話であんたが……。」
「そうですか?仕方がないじゃないですか?」
クエントはまだ寝ぼけ眼でそう言った。
「どうするんだ?このままじゃ大変だぞ!後で!」
「そうですね。その出資者の製薬会社の社長の娘に
復讐されるかもしれませんね。」
「違う。そいう事じゃない。あんたこの事件が解決したら?
どうなると思う?
彼女はあんたと……」
「分かっていますよその位。」
クエントは今に鳴かんとしている
ヒキガエルの様に大きく両頬を膨らませた。
「全く!どうかしてるぞ!クエント!」
「恋は盲目。別れる運命でも恋せずにはいられないのが男と女です。」
クエントの言葉に呆れ果て、パーカーは大きくため息をついた。
ちなみに対バイオテロ組織BSAAは国連直轄の機関である。
しかし国連が加盟国に多額の負担金を
強いられながら資金提供する事は難しく。
現在もBSAAには製薬企業連盟が出資している。
その為、BSAAの活動には製薬企業連盟の意向が
反映されやすいという懸念があり、
外部にはこうした背景を批判する声が多いらしい。
今回もどうやらそれに絡んでいるらしい。
 
午前12時。閑岱の森の祠。
邪美は翼の待つ閑岱の祠に1分遅れてやって来た。
「一分遅いぞ!」
「何も一分位の遅刻なんて別にいいじゃないか?」
「まあ、いいか。」
翼は真剣な表情で邪美と向き合った。
「邪美法師!俺と結婚して欲しい!」
邪美は翼の思わぬ言葉に両頬を真っ赤に染めた。
翼は内心、耳から湯気が吹き出しそうな位、恥ずかしかった。
だがそれをぐっとこらえ、男らしく『結婚して欲しい!』
と正々堂々と言い放ったのだ。彼女は翼の男らしい勇気に感服した。
同時に少し意地悪をしてみたくなった。
「じゃ!証明してごらんよ!男らしい魔戒騎士なら
大胆な事も出来るだろ?」
次の瞬間、翼は「わかった!」と即答すると邪美に急接近した。
彼は邪美の手を取り、自らの胸に当てた。
邪美は翼の心臓が大きく高鳴り、鼓動するのを自らの掌を通して感じた。
「分かるか?俺の心臓の鼓動が聞えるだろ?
これでも俺がお前を愛していないと思うか?」
逆に翼に気圧され、邪美は微かに悔しさを浮かべた。
うう。昔、あたしの胸を触らせて気圧させた彼に
同じ方法で気圧されるなんて……。
続けて彼は自分の唇を邪美の唇にやや強引に重ね、キスを交わした。
邪美はもはや何を言い返せばいいのか分からず、
ただ黙ってキスを受け止めた。
2人は静かにお互いの唇を離した後、しばらく沈黙した。
やがて邪美は静かにこう言った。
「分かったよ。あたしの負けだ!悔しいけどね。でも、ありがとう。」
「結婚を認めてくれるのか?」
「あんたの男らしい魔戒騎士なら大胆な行為に感心したのさ。
結婚してやるよ。」
暫く翼は無言だったが、いきなり邪美法師の身体を両腕で強く抱きしめた。
「わあああっ!ちょっと!コケる!コケるってば!」
しかし案の定、邪美は小石に踵をひっかけ、そのまま翼共々、
仰向けに転倒した。
「痛いな!もう!このバカたれがあっ!」
邪美はそう言うと再び満面の笑みを浮かべている翼の顔を見た。
おもわず邪美もなんだか可笑しくなり笑い出した。
 
牙浪の世界・閑岱の神社の境内前。
クリスと鋼牙は神社の境内の階段に座り、話しこんでいた。
「俺は時々こう思う事があるんだ。
そう、つまり俺達の住む世界は命を懸けてまで守る価値があるかどうか?」
「お前はそれで悩んでいるのか?」とザルバは呆れた表情になった。
「相棒の方は?」
「さあ、分からない……守る価値を見出しているかどうか?」
クリスはソウルメタルの前にずっと立っているジルを思い出した。
鋼牙は真剣な茶色の瞳でクリスの顔を真摯に見た。
「やはりな。お前自身、まだ気付いていない。『守りし者』の存在に。」
「守りし者とは?」
「守りし者は誰よりも大切に想う者の事だ!
その者の顔を想い。命を賭して闘う事が出来る者。
俺も大切に想うカオルがいたからこそ、俺は心も体も強くなれた!
お前に入るのか?守りたい者が。」
「俺は……たった一人の妹で家族のクレア……
あとは……やっぱり良く分からん。」
鋼牙は穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか。だがいずれ、遅かれ早かれ、お前は答えを見つけ出すだろう。」
すると鋼牙の指に嵌められた魔導輪ザルバはカチカチとこう言った。
「それに守りし者の意味が分かればお前達の住む
『向こう側の世界(バイオ)は命を懸けてまで守る価値があるか?』
どうかの答えも自然と分かるだろう……。
「心配するな。お前自身が理解しようと努力すれば『守りし者』の意味。『向こう側の世界(バイオ)は命を懸けてまで守る価値があるかどうか?』
お前自身が求めている心の問題の答えは必ず見つけ出せるさ!」
クリスは知らない内に両目から微かに涙が溢れ出ていた。
「おいおい……そんな事で泣くなよ!まさか?お前さん!
魔戒騎士の最高位のガロの称号を持つ男並みに涙脆いのか?!」
「おい!俺はそんなに涙脆く無いぞ!」
と鋼牙の超音速の突っ込みが炸裂した。
「ありがとう……。ザルバ。鋼牙。
いずれ俺はその『守りし者』の答えを見つけ出すよ。」
彼は両手で涙を拭き、そう言った。
 
烈花は閑岱の地を治める我雷法師の屋敷に呼び出された。
そして招かれた烈花は屋敷の主の我雷法師からお茶を勧められた。
彼女は緊張した面持ちで熱いお茶を一口すすった。
「ヨブ法師から教わった『レヴィアタン
の召喚させる法術を烈花法師殿は3年も使用しておる。
そろそろ主の心に影響が出て来る筈じゃ。」
「確かに『レヴィアタン』は俺が操る魔界竜の稚魚の成体だ。
真魔界に住まうホラー達、レギュレイスの眷族のカラクリすら食い尽し、
陰我を断ち切り封印する程の強大な魔戒の力を持っていますが。」
「お主は3年間、ホラーや人間達から魔王と恐れられた『レヴィアタン
をちゃんと制御しており、これまで暴走させた事はない。」
「もちろん強大な魔戒の力を借りるリスクも承知しています。
レヴィアタン』を召喚する度に俺の心の中に奴の
強大な魔導力と思念が流れて行く事も知っていますし……。」
「うぬ!だがそなたはクエントと言う向こう側の世界の男を欲し、
レヴィアタン』がもたらした強い色欲に負け、彼を抱いたのじゃろ?」
烈花は我雷法師の指摘に咄嗟に反論出来なかった。
その通りだ。俺はあのクイーン・ゼノビアの客室のベッドで。
あいつをベッドの上に仰向けに寝かせて。
自分はつまり魔導衣を脱ぎ捨てて、クエントの上に馬乗りになって。
俺は激しく腰を前後に振った。
しかもあいつに自分の両乳房を揉まれた感触も覚えている。
心臓の鼓動が高鳴って。全身がただひたすら暑くて。
今まで自分が出した事のない甲高い喘ぎ声を上げて。
鏡で自分の顔や身体を見たら。
両頬も深い胸の谷間も紅潮して汗ばんでいて。
ああっ。ああっ。ああっ。気持ちいい。ああっ。ああっ。
烈花は我雷法師が目の前にいるのにも構わず一人、股間に手を伸ばした。
そして両瞼を閉じ、微かに口を開け、小さな甲高い声で喘いだ。
我雷法師は「やはり懸念した通りじゃな」とつぶやいた。
 
(第25章に続く)