(第16章)母親と甘える子供

(第16章)母親と甘える子供

 

(未来新聞の続き)

『一連の社長による社員の不当な扱いに関する音声データ』の入った銀色のスーツケースの中に物的証拠として入っていたのをニューヨーク市警とFBI

回収し、全員、社長も妻も息子も全員逮捕されて会社は機能停止したらしい。

どうやら発表によると失踪したサトル・ユウマの最後の願いだったようだ。

またこれらのスーツケースはファントム(幻影)の肉体に一部で生成された為、

BSAAが回収。厳重に保管され、ブルーアンブレラ社と共に

『リビドー・ストランディング(性の座礁)』の原因を究明する為の

生体サンプルとなった。更に読み進めて行く内にエアは奇妙な事に気付いた。

このニューヨークタイムズ紙の記事の宮田フーズ襲撃事件が発生したのは

今日の日月と年で間違いない。しかし発生時間が午後4時30分となっていた。

エアが右腕に着けている端末機のデジタル時計は

『午前10時20分』と表示されていた。

つまりこの出来事は今から約6時間後に発生する事になる。どう言う事か?

恐らく未来新聞だろう。それにここに来る前にエイダ・ウォンから『静かなる丘』の

裏世界と表世界の時間の流れについて軽く説明されたのを思い出した。

『静かなる丘』の力は時には異世界を創り出す。

そして異世界では時間や物理法則を超えて人の思念を伝える事があるらしい。

つまり異世界では特に裏世界では時間の流れも連続的では無い場合があるようだ。

だとしたら?一体?誰の思念なのだろう?誰がこんなものを?

やがてエアは誰が時間を超えて送って来たのか分かった。

分かった理由は血と錆に覆われた壁に鋭い爪に刻まれた文字からだった。

「我が宿敵のエア・マドセンへ。

汝の恋人のストークスはリヴィアのゲラルドと共に救出し、HCFへ送った。

我は母親と息子が交わした約束を守った。

そしてファントム(幻影)のオペラ座の怪人は最後の願いを残して

性の座礁から死の座礁を通り、ビーチを抜けて本来、居るべきあの世へ還って行った。

今回はエアとストークスの二人にアダムとイヴになった華を添えてやろう。

魔女王ホラー・ルシファーより。敬具。」とあった。

更にエアは暗闇の中に確かに魔女王ホラー・ルシファーの気配を感じた。

しかしすぐに消え去った。気配を感じたのはほんの10分だけだった。

「全く!とんだ腐れ縁だな!」

エアはそう言って首を左右に振ると再び歩き出して先へ進んだ。

やがて右側の赤い血と錆の扉を開けた。キーツと音を立てて扉が開いた。

エアが中へ入るとそこは広い四角の部屋でどうやら手術室の様だ。

しかしベッドや手術台は壊れていてあっちこっち瓦礫の山になっていた。

奥には不自然に現代のデジタルの新しい時計があった。

更に血と錆の壁や床一面に大量の銅の杭と銀色のナイフが刺さっていた。

まるで雪崩にあった後のようだった。

しかも多数の反メディア団体ケリヴァー信者がアキュラスの力に

よって異形の怪物になったのだろう。頭部には茶色の四角いズタ袋を被っており、

素顔は見えない。さらに茶色のエプロンと灰色のズボンを履いていた男性達が

銅の杭で胸部の心臓を串刺しにされて死亡していた。

またケリヴァーミショナリー達は喉元を鋭利なナイフで切られた事で

大量の血を流して全員死んでいた。どうやら誰かに倒されたらしい。

また時計にある分厚い扉は無くなり黒い鉄格子に覆われていた。

更に鉄格子の外の現実世界に繋がる出口の様だ。

現実世界の外では脱出した宮田文夫は駆け付けたニューヨーク市警の

ワン巡査とカプラン巡査によって道路交通法の車間距離保持義務違反と

急ブレーキ禁止の違反容疑で宮田は取り押さえられた。

そして手錠をかけられ、パトカーの中へ連行されていた。

「ああっ・・・死ぬよりはマシだな・・・」とエアは呟いた。

エアはとりあえずあとはあの現実世界のニューヨーク市警に任せる事にした。

最初のデジタル時計を見ると『16時00分』と表示されていた。

また壁には黄色の額縁で絵が飾ってあった。

絵はどうやらリサ・ガーランドの絵のようだった。

彼女は両腕に抱きかかえた赤子を緑色の瞳で

優しい眼差しで見ている様子が描かれていた。

背中からは銀の杭と銀のナイフの形をした鳥の翼が描かれていた。

タイトルプレートには『時のクロノスの子を抱くリサ・ガーランド』とあった。

「だけど。彼女の子供がいたって記録はあったかな?」

エアは首を傾げつつも特に何もなかったので外の廊下へ出た。

廊下を進んだ。とにかくエイダを探さないと。くそっ!どこにいるんだ???

エアはどんどん暗闇の中を歩き続けた。

 

一方、エアと一緒に2階のエレベータの扉が開いてエア・マドセンが

2階の廊下へ出た直後にエイダは頭痛がして痛みで瞼を閉じた。

しばらくして痛みが治まって瞼を開けるとエアの姿が影も形も無く消え去っていた。

「あれ?エア?ちょっと!嘘でしょ?」とエイダは慌ててエレベーターの外へ出た。

直後にエレベータの扉は閉じた。振り向いてエレベーターの階層を見ると何故か

3階のフロアにいた。エイダは「あれ?」と首を傾げて先へ進んだ。

3階のフロアは暗くて分からないが胸のライトを付けると

どうやら広大な四角い部屋のようだった。しかも中央には小さな部屋があった。

エイダは赤と錆の扉を開けて中へ入った。そこは隔離病室のようだった。

しかも隔離病室の中央には大きな汚れて

真っ赤になったシーツに覆われたベッドがあった。

更に右側には空になった点滴の袋がぶら下がっていた。

また銀色の台には魔人フランドールの顔写真があった。

間違いないここに多分、魔人フランドールがいたのだろう。

エイダは彼女とアキュラスと言う男の子の手掛かりを

求めて辺りを探したが何も無かった。

仕方無くエイダは隔離病棟の外へ出た。

その直後、目の前にまたブラックフランドールが

現れた。エイダは咄嗟に両手でハンドガンを構えた。

ブラックフランドールは「ウフフ」と無邪気に笑った。

エイダは背後に気配を感じた。そして振り向こうとした瞬間に

ドン!と何かが背中に当たり、突き飛ばされてうつ伏せに倒れた。

同時にエイダはビリビリと左右にチャイナードレスを引き裂かれる音を聞いた。

続けてエイダは背中に凄まじい激痛を感じた。

プシューと背中から真っ赤な血がピューと噴き出した。

ブラックフランドールは赤い瞳でエイダの背中に張り付いている

ピンク色の丸々と太った幼虫が鋭い牙で彼女の皮膚を食い千切り。

そして幼虫の頭部が背中に潜り込む様子を見ていた。

エイダは痛みで涙目になり、甲高い悲鳴を上げ続けた。

やがてピンク色の丸々と太った幼虫のエイダの背中の皮膚の中に完全に潜り込ませた。

エイダは完全に意識を失った。ブラックフランドールは静かに美しい声で歌い始めた。

するとその歌声に反応してエイダが立ち上がった。

しかし彼女の茶色の瞳は虚ろで真っ赤に輝いていた。

そして前屈みのまま足元をフラフラと左右に揺らして

今にも転びそうな足取りで歩き始めた。

間も無くして魔人フランドールは「前向いて」と言った。

エイダは操られるようにブラックフランドールに向かって前を向いた。

ブラックフランドールは赤い瞳でエイダを見ると右頬にチュッとキスをした。

彼女は小さな両腕でエイダの身体をぎゅっと優しく抱きしめ、深い胸の谷間に

顔をうずめてスリスリと甘えるように首を振った。

ブラックフランドールは静かに何度も何度もこう呟いた。

「ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。ママ。」と。

 

アルミケラ病院の裏世界の一階。

エイダとエアがそれぞれ2階と3階を捜索していた頃。

一人の日本人女性が血と錆に覆われた廊下を歩いていた。その日本人の女性の特徴は。

両頬まで伸びた茶髪のショートヘア。可憐で可愛い顔をしていた。

細長い黒い眉毛。ぱっちりとした茶色の丸い瞳。

ふっくらとした両頬と丸っこい美しい顔立ち。

どこか幼い顔と柔らかな表情を常にしていた。

丸っこい低い鼻。ぷっくりとしたピンク色の唇。

白いワンピースに覆われた豊かでふっくらとした大きく丸い両胸。

白いスカートを履いていて美しい白い肌の生脚にスポーツシューズを履いていた。

彼女の名前は紗倉アミコ。彼女もまた宮田が起こした煽り運転の事故後に彼の提案で

『静かなる丘』の町中に逃げ込み、ほとぼりが冷めるまで隠れていた。

紗倉アミコは被害にあった会社員が激怒した宮田に殴られ蹴られる様子を

スマートフォンで撮影した。彼に言われて。あとでSNSで拡散するつもりらしい。

そして『静かなる丘』の心霊スポットとして有名だったアルミケラ病院に隠れていた。

しかし宮田と共に『静かなる丘』の異世界を彷徨う内に2人とはぐれてしまい。

今、現在、彼女は独り宮田をいくら探しても見つからず途方に暮れたまま

トボトボと歩いていた。彼女は一階の出入り口が封鎖されて外に出られず困っていた。

そして引き返して血と錆に染まった廊下を歩き続けた。

 

(第17章に続く)