(第2章)呉爾羅伝説。

(第2章)呉爾羅伝説。

 午前8時。大戸島自然史博物館。
 まず覇王は展示室の正面に置かれた
ガラスケースにある白い天狗のお面が目に入った。
「これは仮面か?何かの儀式に使うのかな?」
続いて右の方のガラスケースに視線を向けると丁度、
覇王と同じくらいの高さのガラスケースの中の、黒い帯で全身を縁取ら
れた白い布で出来た衣服をまじまじと見つめた。
「これ、現代人が着ている服とずいぶん違うな?」
「それはね!パパ!特別な日に着るものなんだって?」
「特別な日って?結婚式のウェディングドレスと同じようなものか?」
「昔の人達にとってそれくらい大事なものなの!」
しばらくして覇王は再び口を開き
「これはなにかな?見た所笛みたいだけど」
と小さいガラスケースに入った木製の棒を指さした。
日東カメラマンの山岸はカメラで、展示物を物珍しげに見てい
る覇王と娘の凛の姿を、ガラスケースに入った白と
黒の帯が巻かれた細長い帽子の展示物をバックに録画した。
 それから時計が1時間後の9時を回った頃。
 真鍋と凛、覇王、山岸、蓮、真鍋の前に、
この大戸島自然史博物館の責任者で館長でもある田中健二と言う男が現れた。
「こんにちはお待ちしていました!」
と覇王と蓮はすかさずゴジラのバッジとMBIの身分証明書が入った手帳を見せると
「今回の失踪事件に関して幾つか聞きたい事があります!」
と言いながら蓮は手帳を開き、胸ポケットからボールペンを取り出した。
 田中は博物館の館長室に案内した。
 そして館長室の黒いソファーに6人を座らせると田中は恐る恐る口を開き
「もしかしたら?事故や何らかの事件に巻き込まれた可能性でもあるんですか?」
「いや、わかりません!今のところは!」
「事故や事件と言うと?」
「いや!もしかしたらと思いまして!」
と田中は白いハンカチで額の汗をぬぐった。
「何か失踪事件に心当たりでも?」
「もしかしたら?我々の研究や発掘に抗議する為に計画した
地元の漁師や島民達の仕業かも知れない!」
「確かあなたや国連宛てに実に膨大な抗議文章が届けられていましたね!」
「抗議文章の内容は具体的にどんなものですか?」
「彼らの勝手な言い分ですよ!例えば『最近の若い者達は昔か
ら伝えられている神話や昔話を軽視している!』とか?
『そろそろいい加減、神話や昔話を軽視して、馬鹿にするのは止めろ!』とか?」
「ちょっと失礼!成程ね、確かに今の人間達は神話や昔話を、
子供に読み聞かせる話か、あるいはその昔話や神話を
ただ文化遺産と言う『物』位にしか扱っていないわ!」
「確かに!多くはその昔の人々の暮らしを知る為の研究対象であって、
信仰の対象でないのがほとんだな!」
「だが、あそこであの人骨を我々が発掘して
保護しなければ永遠に失われてしまう!」
「抗議文章は?拝見していいかしら?」
「どうぞ!」
と言うと田中はポケットから抗議文章が書かれた手紙を取り出した。
 凛はその抗議文章が書かれた手紙を読んだ。
 その手紙の抗議文章には、明らかに現代人の神話、
昔話の見方に対するやり場のない漁師や島民達の怒りが込められていた。
 凛は抗議文章を読み終わり、彼にその手紙を返した。

8時30分。大戸島大学病院。
 一人の若い茶髪の男が病院の電話ボックスの中に入って行った。
その男はお金を入れ、東京品川の
『帝洋パシフィック製薬会社』の本社に電話を掛けた。
 しばらくの呼び出しコールの後、電話に出た上層部の関係者は
「また寺川君!君かね?もういい加減懲りたらどうかね?
それよりも『例の実験』は成功したのかね?君のつまらない
不老不死の研究とやらにこれ以上我々は資金を送れないよ!
今まで送った資金で十分じゃないか?」
「いや!『例の実験』は成功させなければなりません。
今、私の手元には『はした金』しかありません!これじゃ!どうしようもありません!」
「他にも色々方法があるじゃないか?ゴジラ細胞では無く、
例えば、人間のiPS細胞(人工能性幹細胞)や
ES細胞(胚性幹細胞)を利用した再生医療が、違うかね?」
寺川は不満な表情で上層部の意見に至極あっさりと
「人間のiPS細胞(人工能性幹細胞)や
ES細胞(胚性幹細胞)を利用した再生医療とは訳がちがいます!」
と答えた。
さらに寺川は必死に
「それにゴジラ細胞の『G抗体』を利用した『G血清』を作る
のにどうしてもお金が足りないんです!」
と上層部に訴えた。

8時30分。
大戸島自然史博物館。
「これで分りましたでしょ?それで地元の呉爾羅伝説を信じる
連中は、我々が発掘調査の為に墓の中に眠っていた若い女性の
遺骨を掘り起こしたが為に祟られたんだと、
勝手に我々博物館の評判を失墜させる為に
噂話を島中に流して!その若い女性の遺骨を取り戻そうとしているんです!」
「その呉爾羅伝説とは?」
「それは……こんな伝説です!」
田中は昔から伝わる呉爾羅伝説について語り出した。
その時凛は、テレビ局が来ると言う事で田中が身なりをきちんと整え、
黒縁の眼鏡を掛け、髪にワックスを掛け、オールバックにして
スーツやネクタイまでしているのに気が付いた。
「大戸島近海に古くから生息していた伝説の『海の怪物』
である呉爾羅は恐っそ~ろ~しく巨大で海の魚を食べ尽くすと陸へ上がって来て!」
と左手をその伝説の怪物の口に見立て、右手の人差し指と中指を
黒い黒曜石のテーブルに付けて人間に見立てた。
「人間まで食べてしまったと言う。」
と言うと同時に伝説の怪物の口に見立てた左手を人間に見立てた右手に
バクっと重ね、怪物に人間が食われた場面を再現して見せた。
そして田中健二は不気味に笑い、真鍋の顔を静かに冷たい視線で見た。
「なので!昔は不漁が続くと若い娘を生贄として沖に流していたと言う。」
若い新人TVレポーターの真鍋は田中のあまりにも
恐ろしい表情と冷たい視線に思わず背筋がゾッとした。
しかし急に田中健二老人は優しくにっこりと笑い
「まあ……現在はその時の神楽だけが毎年8月の厄払いとして残っているだけで、
若い娘を生贄に沖に流す事はしないからどうか安心して下さい。」
と一言付け加えられ、真鍋は金縛りが解けた様にホッと安心し胸をなでおろした。
 一方、何故か凛はその大戸島の呉爾羅伝説を蓮、覇王、真鍋
や山岸よりも真剣に聞いていた。凛は熱心に田中健二に質問した。
「この伝説は本当に起きたのかしら?この島で?」
凛の質問に田中健二は肩をすくめ、こう答えた。
「さあ、どうだかわかりませんよ!あくまでも空想上の話ですから!」

(第3章に続く)