(第3章)大戸島のジャージ・デビル

(第3章)大戸島のジャージ・デビル

午後11時33分。大戸島自然史博物館。
蓮は咳払いして再び口を開き、
「それでは?ここの研究員の失踪事件は小さな洞窟の発掘調査
を妨害する為に地元の漁師や島民達が誘拐事件を起こしたんだと?」
「きっと、そうですよ!大体、1954年以来一度もこの島に
怪獣が人を襲った例も家を壊された例も一件も無いんだから!」
「それでは?失踪した研究員が洞窟で発掘した
若い女性の遺骨を見せて貰いますか?」
田中は蓮に向かって口をへの字にすると
「うーむ、一般公開は3週間後だが、うーむ」
としばらく考え込んだ末、ようやく決意し、口を開いた。
「分りました!今日は特別という事で、私が自ら案内しましょう!」
と言うと覇王、凛、蓮、真鍋、山岸の5人と共に
地下の展示物の保管庫まで続く階段に案内した。
 未公開の展示物が保管されている地下の鉄の扉を警備員が開けた。
警備員は
「志野田さん!」
と中で作業、研究している研究員らしき男の名前を呼んだ。
そして彼は志野田と言う名の研究員に
若い女性の遺骨が入った棺桶を出すように指示した。
 研究員の志野田と言う男は大きな銀色のタンスを開けた。
それから古い木で作られた大きな四角い棺桶を「ガラガラ!」
と音を立てて引き出した。
 蓋は既に無くなっており、5人は既に掛けられた棺桶の中を覗き込んだ。
大量の土と共に24歳位の若い女性の遺骨が静かに眠っていた。
「凄い」
「この若い女性はどうやら1561年に死亡した事が人骨鑑定で分りました。」
「1561年といえば、丁度、ヨーロッパで魔女狩りとやらが行われていた時代だな?」
覇王は口を挟んだ。
「実は、まだ本格的な調査は行っていないんで
なんとも言えませんのでこれ以上は説明できません。」
と言い、雄一は真鍋のマイクから逃れる様に顔を横に向け、歩き去った。
 山岸は棺桶の中の若い女性の遺骨をじっくりと撮影した。
 その後、覇王と蓮は島上冬樹の失踪の有力な手掛かりを
つかめぬまま、車に乗り込んだ。
山岸も真鍋も覇王と蓮の密着取材
の為、2人と同じレンタカーに乗り込んだ。
 大戸島自然史博物館を後にし、宿泊先へ向かう途中、ガソリンスタンドに寄った。立ち寄ったガソリンスタンドで運転席の覇王は
ガソリンスタンドのお兄さんにクレジットカードで
料金を支払うとガソリンを補給してもらった。
 その間、蓮は後部座席に座っている
真鍋に向かって例の『呉爾羅の正体』の話をしていた。
「そう言えば、さっきこの大戸島の港にいたUMAファンと名乗る人間達は、
『洞窟で発見された若い女性の人骨は呉爾羅伝
説に登場した海の怪物の『呉爾羅』の正体』だと噂話をしていたな?」
と覇王がボソリと言うと、真鍋はすかさずそのネタに食い付いた。
「つまり例の若い女性の人骨の正体が『呉爾羅』だと言われているんですか?」
「1954年以降、数多くの目撃情報が報告されているらしい。」
その横で蓮が笑い、口を開いた。
「しかしその目撃情報の多くはでっち上げの物ばかり。
つまり、誰かのでっちあげを真に受けた
千人以上のUMAファンやマスコミ達が大騒ぎしただけで、
今回大戸島自然史博物館の発掘隊が洞窟内で発見した
若い女性の人骨とも、もちろんその若い女性の人骨を発見した
島上冬樹さんの失踪事件とも無関係だと私は思うな。」
一度言葉を切りしばらくして蓮は再び口を開いた。
「今まで私が知る限りでは、呉爾羅の正体について幾つか説がある、例えば」
と言い、ガソリンスタンドの補給のメーターをチラッと見ると
再び口を開いた。
「1954年の全長50mの初代ゴジラ説。ま他にも恐竜に似た頭部、
背中に背びれに似た巨大な翼とオレンジ色の目を持った全長1mの怪獣説。
全身、黒い鱗に覆われ、背びれの生えた3mの初代ゴジラそっくりの怪獣説。
更に極めつけは『呉爾羅』の正体は宇宙人だと言う説がある。」
蓮は話を続けた。
「そういった『呉爾羅』の目撃情報が2年前から
頻繁に大戸島の警察署に寄せられている。
だが1954年の全長50mの初代ゴジラらしき影を海で目撃した島の漁師とか?
『背中に背びれに似た巨大な翼とオレンジ色の目を持った全長1mの怪獣が
うろついているのを自宅付近で夫が目撃した』と主張する妻とか?
実際、肝心の『呉爾羅』は目撃者によって姿形が大きく異なっている。
あと最近の目撃情報によれば『3m宇宙人』の事、
『フラッド・ウッズ・モンスター』に強く影響されたと思わ
れる奇妙な『呉爾羅』の姿を大戸島の高校に通う3人の高校生が目撃している。
しかし13日後に大戸島の高校に通う3人の高校生本人は
『あれは嘘の目撃談だった』と洗いざらい告白した。
つまり1919年にアメリカのニュージャージ州で実際に
起こった『ジャージ・デビル騒動』の状況と全く同じさ!」
 ちなみにジャージ・デビルとは、アメリカ・ニュージャージ州で、
18世紀頃から2030年の現在に至るまで人々から
『悪魔の化身』と語り継がれていて、数多くの目撃証言がある
有名なUMA(未確認生物)のひとつである。
 また1919年のジャージ・デビル騒動とは
ノーマン・ジェフリーズなる大ボラ吹きの
男性が引き起こした「集団ヒステリー」の事である。
 ノーマンは
「『ジャージ・デビル』が出現した」
と嘘の目撃談を新聞社に持ち込み、記事にしてもらった。
しかしノーマンは当時から幾つもの世間を騒がせるようなホラ話を
幾つも作り出す常習犯だった。
この「『ジャージ・デビル』が出現した」と嘘の目撃談の記事は
やがて他のマスコミやメディアにも広がった。
またノーマンの嘘の目撃情報に影響された大勢の人々は
ジャージ・デビルの噂をあっちこっちで囁き合った。
 その結果、とうとう「集団ヒステリー」になり、千人以上が
、姿形が異なるジャージ・デビルの姿を目撃する大騒動になった。
 こうした事実は1920年になってノーマン本人が洗いざらい
「あれは嘘の目撃談だった」と告白している。
 アメリカではこのジャージ・デビル騒動を「史上不滅のでっち上げ」と呼んだ。
 2030年現在も、ジャージ・デビルの正体はノーマンの
でっち上げを真に受けた人々の恐怖が生み出した『幻想の産物』
と言うのが有力な説になっている。
「だから、『呉爾羅』が本当に実在するかどうかさえ分からないんだ。」
と蓮。
「つまり、『ジャージ・デビル』と同じく、単なる『幻想の産
物』の可能性もある訳ですね?」
と真鍋が熱心に質問すると蓮は少し笑い
「まさに、『大戸島のジャージ・デビル』ですね」
「出発するぞ!」
と運転席に乗っていた覇王が言うとアクセルを踏んだ。
「ありがとうございます」
とガソリンスタンドお兄さんに見送られ、車は出て行った。

(第4章に続く)