(第15章)転生

(第15章)転生
 
幽霊が出ると噂される廃墟の老人ホーム。
モイラ・バートンは老人の個室で目を覚ました。
そして自分が面白半分でこの廃墟となった
老人ホームに足を踏み入れた事を反省し、謝った。
だが突如、背後で気配を感じた。
続けていきなり背中を付き飛ばされた。
「うわあああっ!」
彼女はさっき自分が寝ていたベッドの落下防止用の柵を両手で掴んだ。
更に自分の大きなお尻を目に見えない手で掴まれるのを感じた。
また何も無いのに急にベルトが外れ、床に落下した。
続けてジャージも何も無いのにズズズズッと
急に床に向かってずり落ちて行った。
「ちょっ!何をする気?えっ?」
モイラは顔を紅潮させ、戸惑った。
その時、ふと鋼牙の言葉が脳裏に浮かんだ。
『彼らは肉体を失っても同じ人間なんだ』と。
「そう、あんたとあたしも同じ人間」
モイラは静かにそう呟いた。
「この世に未練があるの?だから仲間とここに?」
彼女は試しに質問をしてみた。
すると急に自分の大きなお尻を掴まれる感覚は消えた。
ポトッとベッドの上に何かが落下した。
モイラが見ると恐らくこの部屋に住んでいた
霊魂の生前の姿と思われる男性と
彼の奥さんと思われる女性の姿が写った写真だった。
「奥さんがいたの?じゃ?なんでこんな事を?奥さん悲しむよ!きっと!」
モイラの言葉に返事は無かった。
しかしモイラの言葉は理解したらしい。
ズズッとジャージが上に持ち上げられ、元通りに履き直された。
更に床に落ちたベルトが宙へ浮き、
元通りにジャージがベルトに通され、直された。
続けて何も無い手で押された感覚がふっと消えた。
モイラは恐る恐るベッドの落下防止用の柵から手を離した後、振り向いた。
「ありがとう悪い霊じゃなかったんだね」
暫くしてまた背後で何かが落ちる音が聞えた。
モイラは再び振り向き、ベッドの上を見た。
ベッドの上に気は黄ばんだ古い離婚届けの紙が落ちていた。
「離婚して長い間。寂しかったんだね……」
どうやらこの霊魂は若くして離婚してからずっと一人ぼっちで
この老人ホームで息を引き取ってからずっと
ここを仲間と一緒に彷徨っていたんだ。
そして寂しいから人間が忍び込んで来る度に
仲間と一緒に悪戯をして気を紛らわせていたんだ。
「寂しかったんだ。悲しくて。辛くて。悔しかったんだ。
あたし達みたいに友達や恋人、夫婦がいる人間達が羨ましくて。憎くて。
自分自身を追い詰めて……。」
モイラは自然と両目からポタポタと涙を流した。
その時、モイラの全身が青緑色に輝き始めた。
「やり直そうよ!人生をもう一度!あたしも一緒にいるから!」
彼女の目の前に青緑色に輝く霊魂が姿を現わした。
「おいでよ!幸せにしてあげるから!」
自分が何故、そんな事が出来るのかよく分からなかった。
ただこの霊魂を助けてあげたい。
そんな純粋な気持ちが奇跡を起こそうとしている事が分かった。
やがてその霊魂はモイラの下腹部に飛び込んだ。
「うっ!モイラは微かに唸った。
そして迷いながらもモイラの下腹部に
飛び込んだ霊魂は吸い込まれ、消えた。
モイラは意識を失い、ベッドに倒れた。
その直後、外で物音を聞いた鋼牙、クレア、ジルが
ドアを開けて、モイラと霊魂がいる個室に飛び込んで来た。
「モイラ!」
「大変!幽霊に憑依されたのね!」
「鋼牙!ザルバ!どうしましょう!あたし幽霊は専門外よ!」
「落ち着くんだ!みんな!大丈夫だ!
これは大丈夫なんだ……俺様の予感が的中したからな。」
そのザルバの大声にふと3人は我に返り、冷静になった。
「じゃ、モイラをさらった霊魂は?」
「鋼牙!恐らく彼女は生れながらにして
女性特有の寛容能力が極めて高いのだろう。」
「本当に実在していたのか?」
「しかもこちら側(バイオ)の世界にいたなんてな。」
「モイラは一体?霊魂を成仏させたの?」
「厳密には違うが、間違いないぜ!
俺達(向こう側の牙狼)の世界では彼女の様に
女性特有の寛容能力を極限まで高められる人間の女性の事を
『セフィロト』。生命の樹と呼んでいる。」
「セフィロト??生命の樹??」
「そう、セフィロトの能力を持つ女性はこの世に未練を残して
未だに彷徨い続けている霊魂を優しさと寛容の心で
その霊魂の悲しみや苦しみを理解し、
それを女性的な本能で察知できるんだ。
そして自らの胎内、つまり子宮に受け入れてしまう。」
「じゃ?モイラをさらった霊魂は?まさか……」
「あたしの中にいるよ!凄くいい子なんだ!」
反射的にクレアとジルがベッドの方を見ると。
意識を取り戻したモイラがベッドの上に座り、下腹部を優しく撫でていた。
その表情はまるで母親の様に穏やかだった。
「モイラ!」
「もう!心配したわ!幽霊に憑依されたかと!」
「ハハハッ!御免!御免!」
「この霊魂はどうなるの?」
クレアの質問に鋼牙はこう答えた。
「後はお前が好きな男と結婚し、子供を子宮で作った時、
子宮の中に留まっていた霊魂は新しい子供に転生する」
「そんな。転生なんてあるの?」
「あるわよ!本当にね」
クレアの質問にジルは迷いも無く答えた。
その瞬間、ジルは脳裏に榛色の瞳に白いスーツを着た男の姿が浮かんだ。
「ドラキュラ……」
「少なくともこれで一応解決だな。」
「さて!もう!充分!恐怖を楽しんだだろ?帰るぞ!」
そう言うとくるりと背を向け、スタスタと鋼牙が歩き去った。
「立てる?モイラ」
「うん!全然!平気だよ!」
モイラはベッドから立ち上がった。
そして彼女はニッコリと笑いジルを見た。
しかしニッコリと笑うモイラに対して、ジルは何故か悲しい様情をした。
「なんで?悲しいの?」
「うっ!いや!何でもないわ!」
ジルは涙を堪えた後、モイラを連れて個室の入口に向かって歩き出した。
「ちょっとまってぇーおいていかないでぇー」
クレアは今にも泣きそうな表情で立ち上がり、
鋼牙、ジル、モイラの後を追った。
鋼牙、ジル、モイラ、最後にクレアが
その老人が住んでいた個室を後にした。
直後、真っ黒で縞模様の不思議な服を着た少女が
再び現われたかと思うと瞬時にふっと消えた。
再びジルの脳裏には始祖ホラーシュブ・二グラスであり、
ドラキュラ伯爵とジルの実の娘であるソフィアの姿が浮かんだ。
倒さなくちゃ!大勢に人々が犠牲になる前に!でも……。
あの子はあたしの娘!でも!どうしても倒さなきゃ!でも……。
彼女は幽霊が出るこの老人ホームを後にするまで。
自分の一人娘を倒して大勢の人々を救うか?
それとも大勢の人々を犠牲にして自分の一人娘を救うか?
己の心の葛藤に暫く苦しめられた。
それからようやく鋼牙、クレア、モイラ、ジルは幽霊が出ると
噂される廃墟の老人ホームを後にした。
モイラとクレアは明日の仕事があるからと鋼牙とジルと別れた。
そしてジルを連れて去り際に鋼牙はモイラを呼び止めた。
モイラは振り向き、鋼牙を見た。
鋼牙はモイラを優しい眼差しで真摯に見ていた。
鋼牙の口調は相変わらずぶっきらぼうだった。
しかし温かみのある言葉でこう言った。
「お前なら!誰よりも優しい母親になれる!」
それを聞いたモイラは何故か物凄く安心した。
自然と再び両瞳から涙をこぼした。
暫くしてモイラは照れ隠しに笑って見せた。
「ありがとう!あんたの言う通りだったよ!
やっぱり幽霊もあたしと同じ人間だったよ!
だって、ちゃんと家族がいたもん!」
「そうか」と鋼牙は少し微笑み、答えた。
 
(第16章に続く)