(第2章)惨殺

(第2章)惨殺
 
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
雑木林の中を歩き続けていたケイトは再び
その怪奇音を聞くなり不安を感じた。
何故ならなんとなく自分の身に危険が迫っている感じがしたのだ。
彼女は怖くなり、忙しなく周囲を見渡した。
だが、急に背後に気配を感じ、素早く振り向いた。
いつの間にか目の前に人影が現われた。
多分、長い間、暗闇で目が慣れてしまったのだろう。
ぼんやりとだが人影らしきものが見えた気がした。
「誰かいるの?」
ケイトは不安げに人影に尋ねた。
しかし返事は一切なかった。
それどころか人影はただ無言で不気味に立っていた。                   
恐る恐るケイトは鞄からスマホを取り出すとカメラを起動させた。
そしてフラッシュ機能をオンにすると震える両手でスマホを構えた。
彼女はカチッとスイッチを押した。
スマホから白い光が放たれ、人気のない雑木林の周囲と人影を照らした。
途端に彼女の表情から血の気が引いた。
何故なら人影は人間の様で人間では無かったからだ。
しかもそいつの事はかなり前から知っていた。
そんな……確か?地下鉄の爆破事故で殲滅した筈じゃ……。
スマホから放たれた白い光をモロに受けた人影は一瞬、
奇声を上げて怯んだ。
だが直ぐに怒りに満ちた甲高い咆哮に変わった。
ケイトはすぐさま全力で雑木林を駆け抜けた。
「どうなって……あいつは……まさか……あいつら……」
暫く彼女は息を切らし、雑木林の中を全力で走り続けた。
「きゃあああああああああああああっ!」
ケイトは両肩と脇に鋭い痛みが走り、悲鳴を上げた。
また両肩と脇から大量の血が芝生に向かってボタボタと流れていた。
やがて彼女の身体は軽々と持ち上げられた。
「助けて!助けて!ぎゃああっ!ぐっ!えっ!」
バキベキ!ゴキッ!グジャ!
頭蓋骨を噛み砕かれるような生々しい音が聞えた。
彼女の身体は芝生の上にうつ伏せに落下した。
その後、人影は彼女の身体を今度は仰向けに引っ繰り返した。
 
翌朝。
ピザ屋で働く青年ノイラは朝のジョギングの為に公園を訪れていた。
彼はしばらく朝日が射す人気の無い
雑木林を軽快な足取りで走り続けていた。
それから彼は休憩しようと近くの雑木林に置いてあった椅子に座った。
彼は自宅から持って来たミネラルウォーターを飲んだ。
その時、ふと芝生に点々と血痕があるのに気付いた。
ノイラはまさか?と思いつつも芝生の血痕の後を追った。
血痕は長く続いていた。
ノイラは不安と期待の入り混じった複雑な心境で歩き続けた。
もしかしたら?子供が怪我をしたのかも?
或いは野生動物が……もしそうなら保護して手当てをしてあげないと。
やがて血痕はその芝生で途切れていた。
不意に酷い血の匂いがした。
「なんだよ?血の匂い?うっ!うわあああああああっ!」
ノイラは目の前に見えた凄惨な光景に思わず叫び、腰を抜かした。
彼の視線の先には血みどろの変わり果てた
ケイト・クレインの死体があった。
しかも頭部は無く、胸から腹にかけて内臓がごっそりと無くなっていた。
「何なんだよ!マジで何なんだ!」
叫びつつも震える両手で携帯を取り出した。
そしてすぐさま911に掛け、警察に通報した。
 
ノイラの通報から数時間後。
間もなくして現場となった雑木林にワシントンDC首都警察の
殺人課の刑事ジェレミー・セレーズが到着した。
更に彼の隣には同じ所属のマーゴット・クイーン刑事がいた。
「酷い……これは酷いわ。」
マーゴットは顔を酷くしかめた。
「初めてか?死体を見るのは?」
すると彼女は心外だと言う表情をした。
「失礼ね!死体くらい見た事あるわよ……でも……」
彼女は血みどろの変わり果てたケイト・クレインの死体を横目で見た。
「確かに……これは惨いな……見てくれ!内臓がごっそりないな……」
ジェレミーはケイトの死体の胸から腹にかけて指さした。
「とんでもない殺人鬼かしら?」
「ああ、だが、どう考えても人間業じゃない……」
「人間には絶対不可能だと?」
「ああ、少なくとも内臓全てを持ち去った上に
頭部を持ち去るなんて不可能だ。」
「どうかしら?ひょっとしたら
エド・ゲインみたいなやつかも知れないわよ」
「幾らエド・ゲインでも沢山の内臓と頭部を持ち運ぶのは不可能だ!」
「じゃ?動物の仕業?でもこんなところにクマなんて……」
「ひょっとしたら。野生化した鰐が餌を求めて此処まで来たのかも……」
「ディズニーランドの人工池に住みついた鰐にみたいに?」
「ああ、かも知れんが、これはワニの仕業とも思えん……」
「だから、動物じゃなくて頭のおかしい人間の仕業よ!」
「残念だがその結論はまだ早い、そもそも検死していない。」
「その必要はないわ。犯人は恐らくナイフで被害者を刺殺した後、
鉈と鎌と鋸か何かで頭部を切断し、内臓を取り出し、
ビニール袋か何かで密閉して持ち去ったのよ!」
「だが?どうやって?芝生には確かに血痕はあったが途中で途切れている。
私は何らかの野生動物の仕業と考える。」
「野生動物の仕業なんて根拠の無い憶測ね。」
「それは君だって同じだ!殺人鬼の仕業だという根拠は無いんだ!」
ジェレミーとマーゴット刑事はお互い睨みあった。
その様子を遠くの雑木林の暗闇から人影が観察してした。
数時間後、ケイトの遺体は直ぐにワシントンDC首都警察に運ばれた。
そしてさっそく遺体の検死が行われた。
ジェレミーは検死報告書を早速、マーゴット刑事に見せた。
「彼女の遺体の傷口の形状と深さから凶器は亜鋏状の鎌。
そして4本の刃物と複数の噛み傷の様だ。」
「えっ?ちょっと待って?亜鋏状の鎌ですって?
何でそんなものを凶器に?」
「恐らく4本の刃物は内臓を抉って取り出すのに使用したのだろう。
だが……不可解なのが複数の噛み傷だ……」
「もしかしたら血の匂いに我慢できなくなって仕事中にやったとか?」
いや、もし私が犯人なら人肉を食うよりも
人目につく前に解体作業して早く運ぶがね。」
「確かに癪だけどそこだけは同意ね」
「おい、それはどういう意味だ。」
ジェレミーは聞き捨てならぬマーゴットの言葉に眉を潜ませた。
それを見ていた周囲の刑事達はやれやれと肩をすくめ、溜息を付いた。
ジェレミーとマーゴットはケイトと親しかったと言う
マイケル上院議員に話を聞こうと住宅街を訪れた。
朝のシャワーを浴びた後だったマイケル上院議員
玄関先で2人の掲示を迎え入れた。
それから2人の掲示をソファに座わらせた。
「本当にケイトなのか?」
マイケル上院議員は憂鬱な表情でジェレミー刑事に尋ねた。
「はい、確かにケイト・クレインさんでした。」
「なんてことだ……」
マイケル上院議員は両手で顔を覆い、微かに嗚咽を漏らした。
「彼女とはどういう関係で?」
「ただの友人さ!高校時代からのね!だが……こんな酷い事になるなんて」
マイケル上院議員はまた両目に涙を溜めておいおい泣き出した。
「大丈夫ですか?」
優しくマーゴット刑事が呼びかけた。
「大丈夫だ。ありがとう!」
マイケル上院議員はテーブルに置いてあったティッシュを手に取った。
「はあ、遺体の状態はどうかね?」
「それは警察の決まりで詳しい情報はお答え出来ません。」
「そうだった。彼女は苦しんだのか?」
マイケル上院議員の問いに思わずマーゴット刑事は黙りこんだ。
「多分……」
小さな声でジェレミーが代わりに答えた。
「そうか。畜生!何だって彼女が??彼女は何もしていないのに!」
マイケル上院議員は怒りと悲しみに暮れ、声を荒げた。
「別れがこんなに辛いなんて……」
マイケル上院議員はかすれた声でぽつりとそう言った。
 
(第3章に続く)