(第1章)忍び寄る人影

(第1章)忍び寄る人影
 
近未来のアメリカ合衆国・ワシントンDC首都警察にある通報があった。
どうやら通報によればウォーターゲートビル
6階の民主党全国委員会本部がある
オフィスに6人の不審な男が侵入したという内容だった。
通報を受けたアメリカ在住のオーストラリア人の女性刑事
マーゴット・クイーンと5人の男性警官は直ぐに
パトカーでウォータービルに向かった。
ウォーターゲートビルに到着した彼女は早速、エレベーターに乗った。
エレベーターを6階で降りた後、
彼女は民主党全国委員会本部に足を踏み入れた。
民主党委員会本部内に侵入した6人の不審な男達は逃げ出す間も無く、
逞しい体格の警備員10名に
一人残らずマヌケな体勢で取り押さえられていた。
その姿が余りにも滑稽だったので思わず
笑いそうになったが仕事だからとグッと堪えた。
マーゴットは5人の男性警官と警備員と
協力して不審な6人の男に手錠を掛けた。
彼女と男性警官達に逮捕された犯人グループは全員、
ウォーターゲートビルから出た後、パトカーに連行された。
その時、ふとマーゴットは何処からか気配を感じた。
気になり、彼女は周囲を見渡した。
そして公園の薄暗い雑木林の木の陰に人影らしきものが見えた。
「何?」
彼女は良く目を凝らして人影を良く見ようとした。
その時、一人の男性警官が声を掛けた。
「おい?どうした?」
「えっ?」
彼女は男性警官の声に反応し、振り向いた。
「誰かいた気が……」
そして再び公園の薄暗い雑木林の木の陰を見たが
人影らしきものは忽然と姿を消していた。
 
数時間後。
マーゴットはワシントンDC首都警察の取調室で
逮捕した6人の犯人を一人一人事情聴取した。
もうすでにこの警察署に就職して数年、
逮捕した犯人の取り調べは手慣れていた。
しかし6人の犯行グループは終わるまで延々と黙秘を貫き通した。
マーゴットは取調室で両腕を組み、
やれやれと呆れ果て、首を左右に振った。
更に悪い事に6人の犯人グループが逮捕されてから僅か1時間足らずで
「D」と名乗る男が莫大な保釈金を支払い、全員釈放される事となった。
当然、マーゴット刑事は納得が行く訳が無かった。
直ぐにマーゴット刑事は保釈金の
支払いによる釈放を決定した自分の上司に直訴した。
しかし上司はその『D』と名乗る男から
「犯人グループを釈放しないと弁護士を3ダース雇って
ワシントンDC首都警察を相手取って裁判を起こすよ」
と圧力を掛けられたと言う。
どうもその男はアメリカ政府の関係者らしい。
「なんですって?まだ!彼らは犯行の
自白も罪を犯した問いにまだ答えていないのに!」
彼女はしばらく何度も抗議をしたが結局、上司は受け入れ無かった。
やがて彼女の納得が得られぬまま
6人の犯人グループはその日の内に全員、釈放された。
 
その夜。
ワシントンDCの住宅街にある大きな自宅。
マイケル上院議員民主党上院議員として所属していた。
今日の夜は今年の大統領選挙の為に日中の長い時間、
ホワイトハウスや各地で自分の投票をアメリカ国民に呼び掛ける為、
演説をし続け、ようやく自宅に戻り、汗をシャワーで流した。
その後、彼はソファに座り、冷たいビールを飲もうと蓋を開けた。
プルルルルルルッ!
急に聞えた電話の呼び音に彼はうんざりとした表情を浮かべた。
「またあの自己中上院議員か……」
彼はやれやれと電話を取った。
「もしもし?また揺すりですか?もうネタ切れですか?」
彼はせせら笑った。
「今すぐ会えるかね?」
「ええ、いいですが?何のつもりでしよう?」
「では、30分でそちらに行く!」とだけ告げると電話は切れた。
そして間もなくして黒ずくめの男が彼の家に玄関に現れた。
黒ずくめの男はマイケル上院議員に一枚の写真を見せた。
写真にはマイケル上院議員と隣に30歳位の女性が映っていた。
「これは?いつの間に!」
マイケル上院議員は歯ぎしりした。
「そうだ!君の愛人ケイト・クレインの笑顔のツーショット写真だ!
しかもケイトはニューヨークタイムズの女性記者じゃないか?」
「彼女は関係ない!!」
「そうかな?君はロサンゼルスに妻子がいた筈だが。
これがSNS(ソーシャルネットワーキングーサービス)
かあるいはワシントンポストやゴシップ雑誌にこの写真を公開したら?
アメリカ国民は失望し、今までの選挙運動で得た
支持率はあっさりと失墜するだろう。
いや、そればかりか妻子ともお別れをしなくてはならない。
つまり?分るかね?君は家族の一員では無くなる!
この写真をSNS、ワシントンポスト、ゴシップ雑誌、
いずれかに公開されたくなかったら、
この選挙運動からおとなしく手を引く事だ!」
「お断りだ!返してくれ!今までのアメリカ国民の信頼をお前みたいな
卑怯者上院議員に渡せるものか!!ふざけるな!帰ってくれ!」
彼は黒ずくめの男から例の写真を取り上げると
目の前でバタンとドアを閉めた。
ついでに鍵と鎖も付けて置いた。
黒ずくめの男はやれやれと首を左右に振った。
「困った男だ……」
一言そう言うと今日はおとなしく黒ずくめの男は帰って行った。
そして黒ずくめの男が帰った事を確認すると大きく溜め息を付いた。
 
1時間後、ニューヨークのとある公園。
ニューヨークタイムズのベテラン女性記者ケイト・クレインは
特ダネスクープを求め、ディビッド上院議員の周辺を調べていた。
今回はとある公園で怪しい男と密会をすると言う
タレコミ情報を得たので早速現場に来ていた。
彼女は車から降り、公園の茂みの中に隠れ、
両手でスマホカメラを構えていた。
彼女が隠れている茂みの先は広場になっていた。
やがて広場に白い服を着た老紳士と
茶色のロングコートを着た中年男の姿が見えた。
どうやら老紳士と茶色のロングコートを着た
中年男はお互い何かを話しているようだった。
「もう、いい加減にしてくれ……」
「何を言っているのかね?あれの研究の為に資金を提供したのは私だぞ!」
「だが……これ以上あれを人間に接触させるのは危険すぎる!!」
茶色のロングコートを着た中年男はやれやれと首を振った。
「仕方が無い。資金は打ち切りと言う事で……」
茶色のロングコートを着た中年男の言葉を不意に老紳士が遮った。
「それは!困る!私もあれの研究に生涯を捧げているんだ!」
あれのどこがいいのか私にはさっぱり分らん。
当然、あれはこちらで利用させて構わないな?友人の頼みだぞ!」
ケイトはその老紳士と茶色のロングコートを着た中年男の会話を録音した。
更にスマホのカメラでその密会の証拠写真を撮った。
やった!やった!スクープ!スクープ!
心の中で躍りながらそう叫んだ。
そしてその老紳士と茶色のロングコートを着た
中年男は会話をした後、公園を出て行った。
ケイトはそれを見送り、大慌てでスマホ
カメラと録音機を鞄にしまうと立ち上がった。
彼女は自分の車に向かおうと夜道の公園を歩き出した。
真夜中の公園は街灯の僅かな明かりがあるだけでほとんど真っ暗だった。
空は生憎、曇り空で星はおろか月光さえもなかった。
ケイトは公園の近くにある駐車場に行く為に
近道をしようと人気の少ない雑木林を歩き続けた。
その時すぐ近くの茂みから物音がした。
「カチュカチュカチュカチュカチュカチュ!」
「何?」
ケイトは直ぐに物音がした茂みに目を向けた。
また物音がした雑木林の一寸先は闇で何も見えなかった。
彼女は気のせいだと思い、再び雑木林の中を歩き続けた。
 
(第2章に続く)