(第3章)失踪

 
(第3章)失踪
 
それから数週間、ケイト・クレインを殺害した犯人を逮捕しようと
マーゴット刑事とジェレミー刑事は現場周辺に住んでいる
住民達や殺害された彼女の周囲の親しい友人、
親戚等に手当たり次第、長い間、聞き込みを続けた。
しかし犯人に繋がる手掛かりになりそうな話は何一つ無かった。
おまけに殺害現場にも犯人の所持している
可能性のある品物は何一つ落ちていなかった。
代わりに彼女が持っていたスマートホンの入ったカバンが
犯人に持ち去られている事ぐらいしか分らなかった。
しかも何故?犯人が鞄を持ち去ったのかは不明である。
彼女は事件前に何かをしていて。それで殺されたのだろうか?
「もしかしたら殺される直前に犯人の写真を撮ったのよ。」
「でも証拠が残るのはマズイから鞄ごと持ち去ったと。」
「かも知れないわね。だとしたら……」
マーゴット刑事の意見にジェレミー刑事は大きく唸り声を上げた。
「うーん、やっぱり人間の犯行か?」
「そうよ!野生動物じゃなくて知性のある人間よ!」
「別に全て野生動物に知性が無いとは限らないのさ!」
そのジェレミー刑事の意見にマーゴット刑事は口を尖らせた。
「じゃ?何だって言うのよ?絶対に人間の仕業よ!
名前や顔さえ分らなければ人間は誰でも悪魔になれるものよ!」
「成程。ネットのいじめと同じか?」
するとマーゴット刑事は我が理を得たとばかりに話し始めた。
「そうよ!ネットのいじめも複数の顔も
名前も知らない人間が他の人間をいじめる。
顔や名前さえバレ無ければ何をしていいと思っている!
きっと犯人だって……」
「成程、癪だがそこだけは同意だ」
「ちょっと!それ!どういう意味よ!」
マーゴット刑事は聞き捨てならぬジェレミーの言葉に眉を潜ませた。
「君はブーメランと言う言葉を知らないのか?」
ジェレミー刑事は微かに勝ち誇った笑みを浮かべた。
マーゴット刑事は悔しそうな表情をした。
その後もジェレミー刑事とマーゴット刑事は
躍起になって殺人事件の捜査を続けた。
しかし結局、犯人に繋がる手掛かりになりそうな話も無ければ、
犯人の所持している可能性のある品物も何一つ落見つけられなかった。
2人の男女の刑事は仕方が無くパトカーで
ワシントンDC首都警察に戻る事にした。
更にパトカーでワシントンDC首都警察に戻る途中、
暫く犯人が昆虫か人間かを巡って熱い論争を続けた。
そんな最中、パトカーで通りすがった広場では
今年の大統領選挙での自分の投票をアメリカ国民に呼び掛ける為に
精力的に選挙活動をしているマイケル上院議員の姿が見えた。
「今年は彼が大統領になるといいな。」
ふとジェレミー刑事は穏やかな口調でそう言った。
「そうかしら?でも、いかにも自己中心的で偽善的な
ディビッド上院議員よりもマシかも知れないわね。」
マーゴット刑事は溜息交じりにそう返答した。
2人の刑事がワシントンDC首都警察に戻ると
玄関先で一人の巡査が待っていた。
彼の話によると六ヶ月前から失踪していた娘が見つかったのか
どうか教えて欲しいと言う中年女性が待合室で待っていると告げた。
「ああ。またあの人……もうこれで140回目よ。」
マーゴット刑事は頭を抱えた。
「大変ですね?」と巡査がぽつりと言った。
「ええ、そうね。」
そっけなくマーゴット刑事は答えた。
「ああ、例のマクライ夫人の娘が失踪した事件か?」
「そうなの。失踪してから六ヶ月経つけど何の手がかりも無いのよ……」
マーゴット刑事はジェレミー刑事を連れ、
待合室で待っている中年女性と面会した。
「えーと、まだ見つかっていません……」
「なんですって?もう六ヶ月よ!警察は何しているの!」
「えーと、マクライ夫人。それがまだ発見に至るまでの手掛かりが……」
「はあ、いい加減にして頂戴!早く!見つけてよ!
あの子はきっと怖がっているのよ!早く見つけられないなんて!」
マクライ夫人は鞄からハンカチを取り出し、シクシクと泣き出した。
「マクライ夫人」
「もういいわ!とにかく早く見つけて頂戴!
出来なかったら警察を訴えてやる!」
マクライ夫人はヒステリックにそう騒ぎ立てた。
マーゴット刑事は酷い頭痛とめまいに襲われ、片手で額を抑えた。
ジェレミー刑事はマクライ夫人にこう尋ねた。
「娘さんの名前は確かヴィクトリア・マクライでしたね。」
マクライ夫人は泣きながら無言で頷いた。
「失踪した時の状況を詳しくお聞かせ下さい。」
「前にも話したけど……もう一度話すわ……」
マクライ夫人は静かに口を開き語り、始めた。
六ヶ月前、娘のヴィクトリア・マクライは
『夕方頃に買い物しに行く』と言って出て行ったと言う。
「でも娘は絶対に夜に買い物なんて行きません!
また親に隠れて小遣い稼ぎの為に売春店に働きに行っていたんです!
それで私はいい加減に帰って来るようにその売春店に電話を掛けたんです!
でも売春店の屑男共は『ここに貴方の娘は来ていない』
と嘘を平気で付いたのよ!」
「それから?娘さんの携帯は?」
「警察署にあるの……六ヶ月前の事件の直後にあたしが見つけたの」
「他に手掛かりは?」
「それが無いのよ……目撃したホームレスの男によれば
彼女の娘さんに接近する成人男性らしき人影を見たらしいの。」
マーゴット刑事は目撃者のホームレスの話を参考に
失踪事件の発生直前の状況を事細かに話した。
彼女の話によれば六ヶ月前に目撃者のホームレスは
彼女が失踪した現場のすぐ近くのうす汚い路地で
新聞を布団代わりに身体に乗せて眠っていたらしい。
しかしふとホームレスが目を覚ますと暗い路地の裏で
ヴィクトリア・マクライ(と思われる)
首筋までの伸ばした短い金髪にスレンダーな身体の
若い女性に接近する成人男性らしき人影が見えたと言う。
やがてその若い女性は成人男性の事を気に入ったらしい。
彼女は自分の服に覆われた大きな丸い胸を見せつけ、
その成人男性を誘惑した。
もちろんホームレスは最高にセクシーでスレンダーな女性の全裸姿と
誘惑している成人男性のセックスが目の前で拝めると歓喜した。
滅多にない無い幸運だ!今日はマジでついているぜ!と。
しかしホームレスはその後、驚愕の表情を浮かべた。
突如、成人男性の背中から4対の昆虫に
似た巨大な翅が勢い良く開いたのだ。
同時に若い女性の身体を背後から
一瞬で包み込むと彼女と共に忽然と姿を消したと言う。
「なんだって?成人男性の背中から昆虫の翅??」
「多分、ホームレスは……酒に酔っていて幻覚を見たのよ……」
「うーむ、これも不可解だな……」
マーゴット刑事の話を聞いた
ジェレミー刑事は両腕を組み、深く考え込んだ。
それからマクライ夫人は「必ず娘を見つけ出す事」を2人の刑事に
何度も何度も約束させた後、ワシントンDC首都警察を後にした。
 
ジェレミー刑事は「マクライ夫人の娘の失踪事件の捜査」
を一人でしたいと言う理由から一時的にマーゴット刑事と別れた。
暇になったジェレミー刑事は警察署の自動販売機で喉を鳴らし、
缶コーヒを飲んでいる最中、急に自分の携帯に
電話がかかって来たので電話に出た。
電話の主はマーゴット刑事では無く、謎の男の声だった。
「君に話がある!これから30分後に公園に来てくれ!」
と伝えると携帯の通話は切れた。
ジェレミー刑事は30分後、一人、
パトカーで人気の少ない建物の近くにある公園に来た。
公園には茶色の髪に黒縁の眼鏡を掛けた
茶色のロングコートを着た男がいた。
しかも若い男の人らしい。
ジェレミーはその男と対峙した。
「何故?呼び出した?」
「君にニューヨークタイムズのベテラン
女性記者殺しの犯人について教えたくてね。」
「犯人を知っているのか??」
 
(第4章に続く)