(第10章)会談・闇(後編)

(第10章)会談・闇(後編)
 
BSAA北米支部の会議室。
午後8時、魔獣ホラーと人間の会談。
烈花法師の質問にジョンは冷静に質問に答えた。
それからジルはやはり動揺を隠せない表情で口を開いた。
「あたしの身体を利用してメシア一族と言う
魔獣ホラーの種を強化・進化させたい訳ね。
でも……あたしはドラキュラ伯爵を裏切れないの……だから……その……」
ジルは自分を愛してくれた彼を裏切る事が
出来ずどうしても決断するのをためらった。
彼は自分が前世のジャンヌダルクの時代から自分を愛し続けていた故にー。
ついつい彼の事や気持ちを考えてしまっていた。
しかしジョンはこう言った。
「だが君が選択をためらっている間にも
ウェスカーの血を持つ人間の女・御月カオリはニャルラトホテプの細胞、
つまり賢者の石とT-ウィルスを組み合わせてT-エリクサーを製造し、
我々、魔獣ホラーの同胞達の肉体に投与し、M-BOW(魔獣生物兵器
を次々と創り出し、悪用されて行く事になる。いいのかね?それでも?」
ジルはT-エリクサーの脅威を知っていた。
そして自分の恋人であるドラキュラ伯爵事、ニャルラトホテプの細胞を
御月カオリに悪用させる訳にはいかないと思い至った。
彼女はようやく決断した。
「分ったわ!寄る辺の女神になるわ!」
するとジョンは口元緩ませ、ニヤリと笑った。
そこにすかさず鋼牙が異議を唱えようとした。
だがそれをアナコンダ事、烈花法師はこう遮った。
「鋼牙!すまない!ジルの承諾は元老院側の意向でもあるんだ。
もちろん俺も口出しするつもりだった。
でもやっぱり本人の承諾が肝心だと考えて今まで口を出さなかった。
元老院の神官から
『彼女が彼との取引を承諾する様に強引でも誘導する様に』
と密かに命令を受けていた。
もちろんBSAAのマツダ代表もその事を知っている。
BSAAもそうだが、元老院にもやはり向こう側(牙浪)の世界に
何らかの要因でM-BOW(魔獣生物兵器)が出現した場合の対策の為に
T-エリクサーのワクチンとやらが必要だ。
そして何よりも一刻も早く真魔界、紅蓮の森、
動哭の湖に素体ホラーを戻して!
魔戒騎士や俺達魔戒法師の業務を再開させないといけない!!
じゃなきゃ俺達や多くの魔戒騎士や魔戒法師の仕事が廃業になってしまう。
家族や自分自身の生活も養えなくなってしまう。
やっぱりみんな、俺も含めて困るんだ!だから……すまない」
烈花はジルと鋼牙に向かって深く頭を下げた。
ジルは彼女の気持ちを理解した。
そして大きく溜め息を付いた。
鋼牙は口をつぐみ、両腕を組んで完全に黙りこんだ。
「さて!取引は成功と言う事でいいかね?」
「ああ」とぶっきらぼうに鋼牙は答えた。
「いいわ」と穏やかにジルも答えた。
烈花法師は沈痛な表情のまま黙っていた。
「よろしい!魔獣ホラーと人間の会談は終わりだ!
寄る辺の女神の儀式についてはのちに日時を決めたらメールで連絡するよ」
ジョンは嬉しそうに席を立った。
烈花もジルも鋼牙も立ち上がった。
魔獣ホラーと人間の会談は終わった。
会談が終わり、ジョンが帰った後、鋼牙と烈花はジルのオフィスにいた。
「仕方が無かったのよ……自分の娘を守る為。
あと貴方達、魔戒騎士や魔戒法師の生活を守る為に。
それにジョン・C・シモンズが長の秘密組織『ファミリー』は
現在、このアメリカ合衆国を裏で操っているのよ」
「そんな組織に魔王ホラー・ベルゼビュートが?」
「残念ながらそうなるわ。
ファミリーはアメリカ合衆国建国以前にシモンズ一族によって
ファミリーは創設され、強大な財力と世界規模のネットワークで
古来から歴史を自由に操って来たのよ。
本来の彼らの目的は『世界の安定』。
つまりファミリーにとって最も有益となる世界情勢を維持する事。
連中はこの目的を達成させる為なら手段を選ばないわ。
だからこの取引も。」
「つまり下手に断れば危険だったと言う事か?」
「ええ、過去にジョンの前の長のディレックと言う男は
あのラクーンシティ事件の公表により、アメリカ合衆国
『変化』をもたらそうとする大統領を新型のCウィルスを
利用したバイオテロで巻き込んで殺害しているわ!」
「成程、前にあんたが話してくれた大勢の人々が漏えいした
Tウィルスに感染した生物災害(バイオハザード
によってミサイルとやらの攻撃で街がアメリカの
地図上から消えたラクーンシティ事件……。
その真実の公表を阻止する為に行ったテロ行為か」
「何て連中だぜ!」
「実際、Cウィルスのバイオテロ
よってトールオークスと言う街で生物災害が発生し、
最後はやはりミサイル攻撃によって
トールオークスアメリカの地図上から消えたわ。
大勢の何百万人ものゾンビ化した
罪の無い人々とBOW(生物兵器)共々ね。
連中はラクーンシティを再現したのよ」
「酷い話だぜ!」
「人の命をまるでゴミの様に……」
烈花法師と魔導輪ザルバは憤慨した。
「全くだ!けしからん!」
鋼牙も憤慨した。
「だからあたし達、BSAAもアメリカ政府も
秘密組織ファミリーの反応には慎重に成らざる負えないの。」
ジルの説明にとうとう二人は黙ってしまった。
ふと鋼牙はジルの顔を見た。
ジルはどうやら精神的に少し参っている様子だった。
右手を額に当てて大きく溜め息を付いた。
鋼牙は優しくジルにこう語りかけた。
「やはり精神的にキツイか?」
「ええっ?!そう……やっぱり……ね」
いきなり鋼牙が優しく声を掛けて来たのでジルは
まるで豆鉄砲を喰らったかのような表情になった。
「テロ事件やバイオハザード(生物災害)。
一度に大勢の人々が怪物となり、そして街を滅ぼされ、
そしてたくさんの人々が死ぬ、
あんたはそんな厳しい現実に疲れてきている筈だ。」
「ええ、そうね!否定しないわ!でも……あたしは……いや!!
あたしはその位の精神や肉体の痛みで休んでいられないわ!!
あたしには自分の娘のアリス・トリニティ・バレンタインがいるもの!
世界一大事な一人娘、
そして今ここにいる魔戒騎士や魔戒法師、BSAAの仲間達!
そう、あたしには貴方達と共に守るべき人々が現実のこちら側(バイオ)と
向こう側(牙狼)の世界に沢山いるもの!あたしはまだまだ戦えるわ!」
「そうか!それなら安心だぜ!」とザルバ。
「強くなったな!」と鋼牙。
「大した女だ!全く!」と烈花法師。
「それでこそ!BSAAのオリジナルイレブンの一人!
ジル・バレンタインさんです!」とクエント。
「さて!ようやく娘も眠った事だし!」
ジルは少し笑った。
「どうして?」と興味本位で烈花法師はジルに尋ねた。
「今日は幼稚園でいっぱい遊んだからよ!
フフフフッ!やっぱり!普通の人間の5歳児、変わらないのよ」
ジルは嬉しそうに何処か安堵した表情を浮かべた。
「確かジルの娘さんって?
ひとつの頭蓋骨に2つの独自の脳があるんでしたっけ?」
「ええ、右側の脳をアリスの自我が司って。
左側の脳をトリニティの自我を司るわ。」
「人格の入れ替わりは頻発しているんですか?」
「うーん、最近、少し落ち着いて来たわ。
しかも自分の二つの脳の電気信号を
利用して無線機の様に会話して、仲良くしているわ」
「うーむ、やはりこれも……外神ホラーの彼の力か?」
「間違いなくそうだろうな!奴は千の仮面と化身を持っている。
それが色濃く肉体に影響しているのだろう」
「でも!大丈夫!あたしが二人共!ちゃんと!
人間らしく自立出来るように!これから20年間!頑張るつもりよ!」
ジルは母親らしくエッヘンと胸を張った。
すると鋼牙は少し寂しそうな表情を一瞬だけ見せた。
何故なら自分の妻の冴島カオルと息子の雷牙を思い出したからである。
俺もいつか家族と共に一緒に過ごしたい。
鋼牙は心の底からそう願った。
 
(第11章に続く)