(第11章)疾走

(第11章)疾走
 
次の日の翌日。
アリス・トリニティ・バレンタインが通う
幼稚園のグラウンドに何台かの救急車が停まった。
しかも5台もあった。
やがて何人かのレスキュー隊員が
5人の気絶した男達をタンカーに乗せていた。
もちろんそこに連絡を受けて来た母親のジル・バレンタインの姿もあった。
そして地元の警察官の話によると
どうやら最近、話題になっている迷惑な団体
『ケリヴァー』の団員と一人の幼稚園児が喧嘩したらしい。
ちなみにこの団体は周囲の大人や子供を取り巻くTVやゲーム、
パソコン、スマホ等のメディア製品をこの世から抹殺し、
もっと自由に子供達が自然と暮らせる環境を創造するのが目的らしい。
その為に周囲の大人や子供達の意見をろくに聞かずただ
TV、ゲーム、パソコン、スマホは子供達の自然な成長を
妨げると言う理由で勇気を持って捨て去る事をただ
自己中心的な自分達の価値観だけを無理矢理押し付け、
あげくには彼らの主張を真に受けた親達がテレビ、ゲーム、
パソコンを捨ててしまい、
大好きな物を大人の都合だけで取り上げる大人達に対し、
怒りと悲しみ、憎しみを子供達の心に植え付けられていた。
さらに現在、そのせいで親子仲が崩壊まで追いつめられ、
また子供達は親達に不信感を持ち続けた結果、
やがて周囲のちゃんと常識のある
大人達ですら信用出来なくなっている事例が
急増している事実を踏まえた上で
聖ミカエル病院の精神科医アシュリー・グラハム氏は
テレビのワイドショーで
『子供達のどんなものであれ大切な物を奪ったのが原因で
このまま身近で安心できる親達が信用出来なくなれば
周囲の大人達も信用出来無くなり、
安心出来る場所が無い事に絶望した結果、彼らは反社会的でより
攻撃的な行動を取る様になり、少年犯罪に手を染めるリスクが高まる。
また親としての権威すら失墜する危険さえもある。」
と警鐘を鳴らしていた。
勿論、ワイドショーでのアシュリー・グラハム氏の言う事さえも聞かず、
やはり懲りずに現れたその団体は
アリス・トリニティ・バレンタインを初め、
他の幼稚園児達に自らの意思で親に
テレビやパソコン、ゲームを捨て去る事を強要した。
それに対し、ジルの娘のアリスは反抗した。
しかし彼女の反論に対して聞く耳を持たず、それどころか
自分の大好きだったテレビアニメやゲームのキャラクター、
アニメやゲーム自体を名指しで批判し、全否定し、笑い、馬鹿にした。
周囲の大人の幼稚園の先生達も
流石に怒りを隠せない様子で全身を僅かに震わせていた。
とうとうアリスは悲しみに暮れ、顔を真っ赤にした。
彼女は悲しみと怒りで頭が真っ白になった。
「違うもん!違うもん!」
「かわいそうにそんな汚れていた物に毒され過ぎたんだ。」
「違うもん!うえええええん!うえええええん!えん!
あたしの好きなゲームもテレビも汚れていないもん!
きっとトリニティもそう思っているもん!」
アリスがそう泣き叫んで反論した次の瞬間、
突如、アリスの全身が真っ赤に発光した。
団体のリーダー格の若村と言う男は眩しさで一歩、二歩後退した。
「のわあああっ!なんだ?なんだ?」
やがてアリスを包んでいた真っ赤な光が収まった。
そしてあんなに泣き叫んで身体を震わせていた6歳児のアリスの姿は無く
代わりに呆れ返った表情のトリニティの姿があった。
「ふーん、黙って聞いてみれば子供達の
大事なゲームやテレビを平気で奪って!
汚して!貶めて!その行為は常識のある大人としてどうなのかしら?
恥ずかしいとか思わない訳?」
それは今までの心優しいアリスの口調とは全く異なり、
厳しい口調のトリニティはそう若村に問いかけた。
「うるさいっ!俺達は正しい事をしているんだ!間違っていないっ!」
若村はいきなり背中の鞘から木刀を抜いた。
今日は気分が悪いっ!一分よ!一分だけ相手してあげる!」
次の瞬間、トリニティは風の様に幼稚園内の木の床を疾走した。
同時に目にも止まらぬ速さで
小さな拳を若村の下腹部に情け容赦無く叩き付けた。
「うっ!ぐああああああああああああああっ!!」
若村の身体はくの字に曲がり、
文字通り風の様なスピードで吹っ飛ばされた。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
やがて彼は幼稚園のコンクリートの柱に背中を激突させた。
それを見ていた仲間達は明らかに6歳児とは思えない怪力で
軽く大人一人を殴り飛ばすトリニティの姿を見てショックを受けた。
「おい!6歳児だぞ!一体どうなって?ぐあああああああああああっ!」
トリニティは更に畳みかける様にニックと言う名前の男の真横に現れた。
同時に空中で腰を大きく捻り、
小さな右脚で二ックの右頬を蹴り飛ばした。
ズッゴオオン!
二ックは反撃する間も無く風の様に吹き飛ばされた。
ガッシャアアアアアアアアン!
二ックの身体は窓ガラスを突き破り、
外のグラウンドに不様に転がって行った。
「ダメね!全然ダメよ!」
トリニティは木の床に着地したと同時に木の床を力強く踏みしめた。
再びトリニティは風の様なスピードで駆け、高速で疾走した。
カイルと言う男の眼には小さな
黒い影が高速で目の前に接近して来るように見えていた。
「ちくしょう!どうなってやがる!わああああっ!来るな!来るな!」
錯乱状態になったカイルは隠し持っていた
木刀をトリニティの頭上目掛けて振り降ろした。
それを見ていた先生達や子供達は悲鳴を上げた。
しかしトリニティはカイルが闇雲に
振り降ろした木刀の一撃を高速移動で右に回避した。
続けて彼の懐にあっという間に潜り込んだ。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
トリニティは小さな拳でカイルの下顎を殴った。
カイルは宙へ吹き飛ばされ、やがて木の床に落下した。
とりあえずまだ意識のある2人の仲間は超人的な強さを持つ
トリニティに恐怖を感じ、もはや本来の目的すら頭から消し飛んでいた。
「ここであたしを倒さないと貴方達に明日は無いわよ!」
次の瞬間、マークと言う男が
背中に凄まじい激痛を感じ、いきなり絶叫した。
「ああ、神よ」
トリニティの不意打ちによる攻撃でやられている
マークの姿を見たダイムは生まれて初めて神に祈りを捧げた。
トリニティは高速でマークの背骨に小さな右足を叩きこんでいた。
マークは吹き飛ばされ、木の床に落下した。
トリニティは宙でバック転をした後、木の床に着地した。
やがて彼女は天使の様な悪魔の笑顔をダイムに向けた。
ダイムは思わず背筋がぞっとした。
彼はとうとう降参し、木刀を床に放り投げた。
「分ったよ!俺達の負けだ!間違っていたよ!」
「そう、何でもかんでも全否定するのは良くないわ!」
トリニティの言葉を聞いたダイムは大きく溜息を付いた。
間もなくしてレスキュー隊員や警察官が幼稚園内に入って来た。
勿論、警察官やレスキュー隊員、周囲で見ていた大人達も唖然としていた。
一方、彼らに自分の好きなテレビアニメやゲームキャラクターを否定され、
頭にきていた園児達は「ざまあみろ!」とか「薄汚い大人め!」とか
「卑怯者の悪党め!」と気絶している4人の団員達とダイムを罵った。
一方、園児達はトリニティの事を
「僕達の夢を守ったヒーロー」と褒め称えた。
のちに外に吹き飛ばされた者も含めて
自己中心的で身勝手な団体メンバー
5人組はたったひとりの6歳児により、惨敗した。
現場に駆け付けていたジルは警察官や
レスキュー隊員に正直に自分の娘について話した。
それは奇妙な話で自分の娘の一つの頭蓋骨の中に二つの独自の脳があって
二つの脳の中に二つの人格がそれぞれあると言う。
今回はアリスと言う人格が好きなテレビやゲームの存在を否定され、
馬鹿にされた事で精神的に追い詰められ、アリスは無意識の内に
もう一つの人格のトリニティに助けを求めた。
アリスの人格に助けを求められたトリニティはアリスと人格を交代し、
そのアリスの人格の精神を守る為に彼らと闘ったと説明した。
警察官やレスキュー隊員も信じられない表情でお互いの顔を見合わせた。
トリニティに撃退されたあの5人組の団体は全員、数々の乱暴行為、
無断侵入、人権侵害の犯罪の容疑で逮捕された。
 
この事件はニューヨークを中心に全米のテレビ、新聞、
ネットのSNS、動画で紹介され、話題となった。
その事でジルの娘のトリニティとアリスは巷の有名人となった。
しかし実は母親のジルは警察官や
レスキュー隊員にひとつだけ説明していない事があった。
それは自分の娘は潜在的かつての宿敵の
アルバート・ウェスカーと同等の力を持つ事を。
だからこそ、母親のジルはアルバートの様に賢者の石の力を悪用し、
道を誤らぬように自分の娘を導いていかなかなければいけない。
今回の事件でジルはそう強く心に思う様になった。
何故なら?強すぎる力は自身の肉体と精神を破滅させるからである。
自分の娘が不幸な結末を迎えない為にも。
 
(第12章に続く)