(第8章)大人の責任

(第8章)大人の責任
 
洋館の一階にある大きなホールの大きな階段の右側に
1998年製のタイプライターが置いてある
木の机の傍に一人の謎の女性がポツンと立っていた。
その謎の女性は無線で誰かと連絡を取っていた。
恐らくカブトムシの仮面をかぶっていた女性だろう。
謎の女性は1998年製のタイプライターが置かれている
丸い木の机に向かって黒い背中を見せていたので素顔は分らなかった。
「どうかね?我がシモンズ家の親戚・カペラ家の令嬢は見つかったかね?」
「はい、既に彼女はT-エリクサーに感染し、肉体は変質していました。」
「彼女の変異した姿は見たのかね?」
「はい!1階の試着室で『R型』
と異形の怪物となった彼女に遭遇しました。
ですが彼女は直ぐに緑の床に開いた
大穴から闘う事もせず『R型』と共に逃走しました。
それとカペラ家の御両親には娘についてなんて説明するつもりなの?」
「御両親には自分の娘を大金や御両親の権力で縛りつけた揚句に
娘の意思を尊重しない愚かな行いによって人間であった彼女の存在は
完全に抹消され、あの洋館で異形の怪物に
なってしまったと伝えておくよ。」
「幾らなんでも手厳し過ぎないでしょうか?」
「自分の娘の個人の意思を尊重せず、自分達の意思を自分の娘に
無理矢理押し付け、そしてこの危険極まりない洋館に連れて行かせた。
この際、はっきり言うが、それで彼女はそれで
果たして幸せだったのだろうか?
自分の娘がその洋館の『R型』の
バイオハザード(生物災害)に巻き込まれたのも
結局は自分の可愛い子供を危険な場所に行かせた御両親、
つまり大人の責任だ!非常に残念だが御両親にはこれ以上、
思い上がらない様に重い罰を受けて貰う!
その異形の怪物となったお陰で彼女は大金や御両親の権力、
反メディア団体ケリヴァーから解放された。
彼女はいずれ企業組織HCFの医療班が乗るヘリに回収されるだろう。
しかし君は既にT-エリクサーに感染し、カペラ氏は死亡したものと思い、
引き続きBSAAのエージェントの支援を続けたまえ。」
「いや!待って下さい!」
「何か?僕の命令に異議があるのか?」
「はい!異議あります!仮にHCFの医療チームが彼女を回収すれば!
彼らは異形の怪物となった彼女を利用してまた『E型』や
今回の洋館の『R型』のような悲劇が繰り返される蓋然性が高いです!」
「では?君はHCFの医療チームが来る前に我々が保護すべきだと?」
「その通りです!我々が保護しなければなりません!
あんなブラック企業のHCFの好きにはさせる訳にはいきません!
連中は今まで10歳の子供をBOW(生物兵器)として利用してきました。
彼女が19歳の子供と大人の狭間の存在だろうと
連中は全く気にしないでしょう。」
「それは何故かね?彼女とは知り合いかね?」
「いいえ、縁も所縁も無いただの見ず知らずの他人です。
ですが、私は20歳も過ぎた大人です!
世間の社会構造もよく理解しています。
しかし……あの子は……まだ成人になったばかりの19歳の子供です。
世間の社会構造もよく知らず大人と子供の狭間で迷子になっている
彼女を保護するのは世間の社会構造もよく理解している
我々、年上である大人達の責任であり、責務はないでしょうか?
それにあの異形の怪物になった彼女の瞳は
まるで牙を向いた獣に怯える少女の瞳でした。
彼女の瞳は『E型』の悲劇に巻き込まれた
無力な少女だった頃の私の瞳に似ています。
だから……私は『シイナ・カペラ』
を助けなくちゃいけないんです!大人の責任として!」
「成程、大人の責任・責務放棄、
つまり見て見ぬふりはしたくないと言う事だな……。
うむ、君は精神的肉体的に目覚ましい成長をしている。
これもあのブルーアンブレラの特殊部隊の隊長の
クリス・レッドフィールド死闘を繰り広げた
揚句に仲良く一緒にBSAAの医療施設の
集中治療室に放りこまれたお陰と言うべきかな?」
「フフフッ!そうかも知れません、今思い返せば、実に滑稽でしたよ。
何故ならかつてアンブレラ社の手先だった
タイラントとアンブレラ社を憎み、長い間、
闘い続けたクリス・レッドフィールドと同じベッドにいたんですから。」
「よろしい!では、君は本来『R型』の捕獲を支援する為に
君に持たせていた対BOW(生物兵器)用の麻酔薬が込められた
特殊弾が装填されたハンドガンを『シイナ・カペラ』
の捕獲に使用する事を許可する。
あと人助けが苦手なマルセロ・タワノビッチ博士と頭が石のように硬い、
秘密組織ファミリーの上層部達の説得は僕に任せたまえ。
そして君には新たな任務として『シイナ・カペラ』の捕獲を命ずる。
「了解しました!ジョン・C・シモンズ様!もちろん!
彼女の捕獲に失敗すれば全責任は私が取ります!では任務を続行します!」
そう答えると女性は無線を切り、懐にしまった後、
懐からインクリボンを取り出した。
彼女はインクリボンを1998年製のタイプライターにセットした。
彼女は両手でカシャカシャカシャカシャシャカシャとタイプライターの
幾つもの丸いキーを叩き、黒いインクで白い紙に文章を書いた。
そして文章を書き終わると同時にタイプライターはガシャッと音を立てた。
その女性は書き終わった白い紙を取ると丁寧に丸め、懐にしまった。
続けて彼女は木の机の上に兜の模様が刻まれた兜の鍵をそっと置いた。
ふと彼女は一階の試着室の出来事を思い出した。
 
突如、1階の試着室に現れた『R型』は
何故か楽しそうに謎の女に語りかけた。
「ねえ!あたしが今、馬鹿な大人達に
何をしたいかも分かる?つまり目的?」
『R型』は子供らしく意地悪な笑みを浮かべた。
「ああ、お前の目的はあたしと同じ
『大事な物を奪った大人達に対する復讐』だね」
「あたしはその『大事なものを奪う事しか
出来ない哀れで馬鹿な大人達』がね。
生きながら苦しむダンスを踊りながら最後に死んで行くのをね。
あたしは精一杯!楽しもうと考えているの!凄く楽しいのよ!
貴方も見て見てよ!きっと楽しくて!興奮するから!」。」
「そんな事をしても!何の解決にもならない!」
謎の女は唸る様にそう言うと『R型』はいきなり
凄まじく不愉快な表情を見せた。
「別に解決しなくていい!大事なものを奪う事しか出来ない!
馬鹿な大人達が生きながら苦しんで死んでしまえばそれでいいもん!」
「くだらん!そんなものを見て何が楽しい!!
生きながら死ぬ人間を見て何が楽しい!!
大人を馬鹿にするのも!いい加減にしろ!」
謎の女は鋭く突き刺すような大きな声で『R型』を一喝した。
『R型』は謎の女の鋭く突き刺すような
大きな声に驚き、一瞬だけ全身が固まった。
「じゃあさ! あたしの力の凄さ!
あたしの中にある凄い力!貴方に見せてあげる!!」
『R型』がそう叫んだ次の瞬間、試着室の緑の床は大きく隆起した。
続けてバゴオオンと言う騒がしい大きな音と共に緑の床が粉々に割れた。
同時に割れた緑の床の大穴から巨大な異形の怪物が出現した。
タツムリの形をした頭部。
後頭部には複雑に絡み合った長い角が生えていた。
茶色の眼球も異様に飛び出し、カタツムリの角になっていた。
やがて異形の怪物と化したカペラは上顎と下顎を大きく開けた。
そして甲高い声で咆哮を上げ、狭い試着室の部屋の空気を振るわせた。
「キイイイイイイイイイイイイイイン!」
同時に壁に貼り付けられていたガラスがバリイインと
騒がしい音を立てて割れた。
「なっ!まさか?シイナ・カペラなのか??」
『R型』は異形の怪物と化したカペラの背中にちょこんと乗っかっていた。
「今のカペラちゃんにはね!
『大事なものを奪う事しか出来ない馬鹿な大人達』
を掃除する役割を与えたの!
カペラちゃんはね!大きな!大きな!掃除機なの!」
「じゃ?あのカペラ氏の部屋にあった、
無数の植物の種子や卵子が融合した受精卵も!
あの円形の大きな部屋にあった大量の繭にされ、
無数の植物の種子や卵子が融合した受精卵に変質した
人男性の遺体も全部?彼女の仕業なのか?彼女が?彼らを?」
「そう!カペラちゃんが『大事な物を奪う事しか出来ない馬鹿な大人達』
を大掃除したのよ!どう凄いでしょ?!
あたしの中にある凄い力!だから拍手してよ!」
「拍手は断固として拒否させて貰う!それに『R型』あんたは!
その凄い力に振り回されているだけの
ただの未熟な10歳の子供に過ぎない!」
返って来た謎の女の言葉に『R型』は悲しい表情をした。
「残念。あたしのやることやっぱり受け入れてくれないんだ……
貴方も同じよ!『反メディア団体ケリヴァー』の大人達と!
あの、あの坊主のお兄さん!偉そうなお姉さんも!
大事なものを奪う事しか出来ない!穢れ切った大人!
一人残らず殺す!確実に殺す!汚らわしい害虫!殲滅してやる!」
「やめろ!そんな事をしても誰もあんたのやる事を
受け入れちゃくれないよ!」
「あたしの純粋な思いを受け入れない穢れ切った馬鹿な大人達はみんな!
みんな!みんな!みんな!この洋館内で確実に追いつめて!
生きながら苦しむダンスを踊らせて!殺し尽してやる!!」
そう、甲高く喚き散らすと『R型』は異形の怪物と化したシイナ・カペラを
自由自在に操り、あっと言う間に緑色の床の大穴の中に逃げ込んだ。
「まて!それ以上!罪を重ねるんじゃない!
『E型』と同じ過ちを犯すな!」
謎の女はそのまま駆け出し、
勇敢にも大きく裂けた大穴に両腕を突っ込んだ。
異形と化したカペラが逃げてもどうにか
『R型』だけでも引っ張り出そうと試みた。
しかし間も無くして手応えが無いと分かると
大穴から両腕を引っ込め、立ち上がった。
「『R型』……お前……やっぱり
『E型』エヴリンと同じだったんだな……」
やがて謎の女の右目からツーと涙が頬に流れて行った。
 
(第9章に続く)