(第7章)繁殖

(第7章)繁殖
 
「これも『R型』の仕業なのか?」
「いや、分りません……どうでしょうか?
円形の大きな部屋の壁には多数の反メディア団体ケリヴァー
と思われる成人男性の遺体が大量の透明でネバネバした
粘液に包まれた繭になって糊の様に貼り付けられていた。
クエントは大量の透明でネバネバした粘液に包まれ、繭にされた
多数の成人男性の遺体を良く観察しようと注意深く、慎重に接近した。
ほとんどの繭にされた成人男性の遺体の肉体はあのカペラの部屋で見た
無数の植物の種子と卵子が融合した名状し難い冒涜的な球体
(恐らく受精卵)の形に変質しており、人間の原形を留めていなかった。
「人間の死体に何らかの物質を注入し……
まるで某完全生物の様な繁殖方法ですね。」
クエントは早速、ジェネシス改良型を懐から取り出した。
まずは通常のフィルターで大量の繭にされ、
無数の植物の種子や卵子が融合した名状し難い冒涜的な球体
(恐らく受精卵)に変質した成人男性の遺体を分析した。
するとその成人男性の遺体のほとんどは体液や
血液が消失している事が判明した。
「恐らく血液や体液を栄養にして宿主となった彼らの肉体を
無数の種子と卵子が融合した受精卵に変質させたのでしょう……うっ!」
「うえーっ、気持ち悪い……
と言う事はそいつらも何者かに襲われたのか?」
「もしかしたら、プラントデッドの突然変異体の仕業かも知れません。」
「なあ、あのカペラの部屋にあったあの植物の種子と卵子が融合した
あの受精卵も?もしかして?彼女が彼らを襲ったのか?」
「ウィルスで変異したカペラ氏が繁殖の為に
彼らを襲ったと言う可能性がありますね」
色々、頭の中で考えを巡らせつつもクエントは
ジェネシスの通常のフォルターから魔戒フィルターに切り替え、
大量の繭にされ、無数の植物の種子や卵子が融合した
名状し難い冒涜的な球体(恐らく受精卵)
に変質した成人男性の遺体を分析した。
その結果、それぞれ微量の魔導力や邪気を検出された。
もちろん新型のウィルス兵器『T-エリクサー』も検出されていた。」
「なあ、『R型』の言っていた『生きながら苦しむダンス』って」
「もしかしたらこの事かも知れません。
『R型』の復讐は順調に続いているようですね。」
クエントと烈花は急に憂鬱な気分に襲われた。
どうやら円形の部屋で行き止まりのようだった。
その為、2人は気持ちを切り替え、
洋館の一階の大きなホールまで一度、戻る事にした。
しかしふと烈花は白いドレスの中世の女性の絵が飾られている
右奥の壁部分が不自然に四角く切り取られているのに気付いた。
「なんだ?これは?」
烈花は何となくその四角い壁を手で軽く押した。
「ガシャン」と言う大きな音と共に曲がり角にあった
茶色の扉のすぐ傍の壁が自動で動き出し、四角い入口が現われた。
「おい……これは?」
「どうやら隠し扉の様ですね……」
四角い入口の奥は狭い四角い部屋になっていた。
同時に一人の金髪の若い男が飛び出して来た。
「たっ!助けてくれ!
この部屋の奥の壁を破った何かいるんだ!助けてくれ!」
すぐさま、クエントは両腕を伸ばし、金髪の若い男の右腕を掴んだ。
続けて烈花も両腕を伸ばし、金髪の若い男の左腕を掴んだ。
そして2人は必死に隠し部屋の外へ引っ張り出そうとした。
その時、2人は隠し部屋の奥を見た。
確かに彼の言う通り、隠し部屋の奥は
四角くぽっかりと大きな穴が開いていた。
そして大きな穴からは大蛇アナコンダ程の
太さのある緑色の長い触手が伸びていた。
更にその下面にはピンク色の吸盤がびっしりと並んでいた。
その吸盤は何百もの窄めた口の様に蠢いていた。
吸盤の形はどれもY型だった。
彼は大きな異音が気になり、首を曲げ、背後を振り返った。
びっしりと並んでいるピンク色の吸盤の内側から
無数のイバラの棘が伸びた。
そのおぞましい光景を見た金髪の若い男は
恐怖で顔を歪め、金切り声で絶叫した。
「うわあああああっ!助けてくれ!早く!早く!」
2人は大慌てでその若い男の身体を隠し部屋の外へ引っ張り出そうとした。
「なんだ!あれは?」
「分りません!T-エリクサーに感染した蛭か何かでしょうか?」
続けてブラッディの激痛で叫ぶ、悲痛な声が聞えた。
2人が見るとびっしりと並んでいる
ピンク色の吸盤から伸びた無数のイバラの棘が
金髪の若い男の背中、両腰、脇腹の白いTシャツを
引き裂き、皮膚に深々と食い込んでいた。
更にズルズルとまるで大型ポンプの様に
彼の体内から血液を吸い出し始めた。
「あああああああああああああっ!」
次第に金髪の若い男の顔はピンク色から急激に青く変色して行った。
しばらくしてクエントは長く力を込めすぎた為、
両腕の力に限界が現われ始めた。
その証拠に彼の両腕の力は徐々に抜けて行った。
「ああ、畜生!駄目です!力がこれ以上入りません!」
また流石の烈花も長く力を込めすぎた為、クエントに続いて
両腕の力に限界が現われ、両腕の力は徐々に抜けて行った。
「ああ、畜生!畜生!離れるんです!彼から離れて下さい!」
とうとうクエントの両腕の力は完全に抜け、
金髪の若い男の右腕から離れた。
烈花もクエントよりも更に限界まで力を込め、
無言で歯を食いしばり、頑張って引っ張り続けた。
しかしとうとう烈花も両腕は金髪の若い男の左腕をから離れた。
金髪の若い男は両腕を必死に上下左右に振り回し、
死に物狂いで掴む物を探した。
やがて金髪の若い男は隠し部屋の狭い部屋の壁に左右にぶつかりながら
隠し部屋の奥は四角くぽっかりと大きな穴の中へ引き込まれて行った。
そして甲高い悲鳴の後、直ぐに途絶えた。彼は……死んだ。
烈花は疲れ果て、その場に尻餅を付いたまま、ただただ茫然としていた。
いや、彼女の感情は高ぶり、息遣いは荒かった。
クエントも疲れ果て、同じくその場に尻餅を付いたまま、
ただただ茫然としていた。
彼は両膝の間に頭を下げて足元のすぐ辺りを強く握りしめた。
しばらくして2人はのろのろと立ち上がった。
クエントは再び慎重に両手にマシンガンを構え、隠し部屋に入った。
そこは四角い狭い部屋の隅の木の机にメモが置いてあるのに気付いた。
彼は無言でそのメモを取って読み始めた。
「俺は『R型』が暴走してから隠し部屋へ逃げたんだ!
俺は一人閉じこもり!助けを待った!しかし誰も来やしない!
何故なら俺達は万人が使っているメディア類、テレビ、スマートフォン
ラジオ、携帯の存在を否定し!持っていない!
お陰で助けも呼べない!
 
俺はずっと反社会人として死ぬまで一人なのか?
俺は周りの友人、両親達に二度と会えないのか?
俺の誕生日を祝う奴もいない!
俺のクリスマス祝う奴もいない!
妻もいない!息子も娘もいない!
俺は馬鹿だった!ダイムみたく改心すれば!生きていられたのに!
メディアを素直に受け入れていれば!
俺は一人で!ここで死なずに済んだんだ!
馬鹿だ!畜生!畜生!
反メディア団体ケリヴァーになんか入らなきゃよかった!
あのクソ野郎!若村は人間の屑だった!早く気付けば……
助けてくれ……まま」
更に鮮血に濡れた床の上には名札があった。クエントはそれを拾った。
名前は『ブラッディ・サイラス』とあった。
しばらくしてクエントの背後で「ドン!」と言う大きな音が聞えた。
彼が振り向くと疲れ果て、感情が高ぶったままの
烈花が右膝を付き、自らの右拳を木の床に叩き付けていた。
「畜生……俺は……何も出来なかったのか……くそっ!」
続けて烈花は両拳を木の床に叩き付けた。
「ドゴン」と言う大きな音が長い廊下に虚しく響いた。
彼女は涙目になり、悔しさで顔を大きく歪めていた。
そこにクエントが傍に座り優しくこう言った。
「行きましょう……せめて彼の冥福を祈りましょう・・・・・・」
「ああ……そう……だな……」
やや掠れた声で烈花が答えるとおぼつかない足取りで立ち上がった。
「救える筈だった……俺なら!何故?」
「救える人間には限りがあります……
しかしもっと早く駆けつけていれば……」
クエントも悔しそうに顔を歪め、隠し部屋の奥は
四角くぽっかりと大きな穴を見た。
その後、二人はこの長い廊下の先は全て行き止まりになり、
先へ進めない事を確認した後、一度、来た道を引き返し、
洋館の一階の大きなホールまで戻る事にした。
 
(第8章に続く)