(第8楽章)罰を与える百舌と働き蟻の協奏曲

(第8楽章)罰を与える百舌と働き蟻の協奏曲
 
翌朝。ニューヨーク市内にあるジルの自宅。
その日は日曜日で保育園が休みだったのでジルの娘の
アリス・トリニティ・バレンタインは1980年代のレトロゲーム
『イット・カム・フロム・ザ・デザート』を原作とした新しい映画が
地上波で初放送されると聞いて楽しみにしていた。
そこでアリスはその映画を観ようとテレビのスイッチを付けて
チャンネルのボタンを押して何度も合わせようと奮闘した。
ようやく放送ぎりぎりの時間で間に合った。
アリスは床にクッションを敷いてしばらく座った。
ちなみに1980年代のレトロゲームの『イット・カム・フロム・デザート』
を原作を基に制作されているが実際映画化は二度目である。
一度目は2018年にフィンランドで映画化されており、
今回はフィンランドアメリカ合作という形で映画化されたのだった。
今回は原作に沿って隕石がネバダ州の砂漠に落下する。
しかも隕石の正体はエイリアンが乗っていたUFOでエイリアンの死体を
餌として回収してしまい、それを食べた蟻が突然変異を起こして
人間に襲い掛かるという内容である。
蟻にはエイリアンと人間のDNAが混在していて。
と言うおバカ要素とやや大人向けのお色気が混ざったコメディ映画を
アリスは目を輝かせてキラキラと観ていた。
ジルも台所で朝食の皿を洗い片付け、鋼牙はシャワーを浴びて身体を洗っていた。
またテレビを見ているアリスのすぐ隣のベビーベッドにおっちゃんして一緒にテレビを
見ている1歳の息子のシェーシャ・バレンタインも「あぶあぶ」と赤ちゃん言葉を
交わしながらアリスと共にテレビを楽しそうに観ていた。
そう、既に御月製薬不正事件から丸一年も経っていた。
間も無くしてシェーシャはテレビに登場した巨大蟻のキャラクター
を観ると意味のある言葉を幾つかしゃべった。
「アント」「ガン」「ガン」「バン」「バン」「バブン!ブン!」
それから楽しそうに両手をパンパン叩いた。
「キャッ!キャッ!」と大きな声で笑い出した。
しかしアリスとシェーシャがテレビを観ている内に
急にテレビの画面に一瞬だけノイズが走った。
それを観ていたジルは「あっ!あの!」と言うとすぐさま
台所の庭を通じるドアを開けて、庭を出た。続けてジルは空を仰いだ。
すると思った通り、家の屋根の上に見知らぬ茶髪の若い青年が昇っていた。
しかもジルには無断でテレビのケーブルテレビとあまつや通常の
テレビアンテナさえ外そうと工具を使って試みていた。
ジルは眉間にブチっと怒りのマークを浮き上がらせた。
そしてジルは青い瞳でしっかりと若者の姿をマークした。
続けて目にも止まらぬ速さで右足と左足を上下に勢いよく振り上げた。
次の瞬間、履いていたピンク色のスリッパが
勢いよく上下に飛び上がるように放たれた。
同時にジルの両足から放たれたピンク色のスリッパの先端は勢いよく
その若者の茶髪の後頭部と背中に狙いたがわず直撃した。
急に感じた頭の痛みと背中の痛みで驚いた若者はうっかり両手を
アンテナから放してしまいそのままに2階の屋根から芝生の上にある庭の上で
ドサッと仰向けに落下した。若者は「いたた」
とつぶやいてこの場から立ち去ろうとした。
だが若者は顔から血の気は引き、顔面蒼白になり、震え出した。
何故ならジルが鬼のような形相で仰向けに倒れている
若者を睨みつけていたからである。
しかもジルは何故か右手に丈夫な銀色のワイアーの束。
左手に使い古したカビだらけのマットを持っていた。
「モズ・パニッシャー!」とジルはつぶやいた。
やがてジルの自宅の庭から若者の悲鳴が響いた。
「うっ!うわあああああああああああああっ!」
数分後。アリスはテレビの『イット・フロム・カム・デザート』
を観終えニコニコ笑いながらご機嫌な表情で窓の方を見た。
すると丁度、庭の中央に立っている樫の木の高い場所にある
太い丈夫そうな樫の木の一本に人の家のテレビのアンテナを無断で取り除こうとした
茶髪の若者が古びたカビだらけのマットで樫の木の枝ごと春巻きのようにされ、
更に古びたカビだらけのマットを若者の身体にしっかりと固定するが如く
銀色のワイアーを何重にも巻いてあり、文字通り、高所に吊るし上げられていた。
そして茶髪の若者は泣きながら必死に謝っていた。
「うっ!うわああああああっ!ごめんなさいっ!もう二度としません!
降ろして!降ろしてくれえっ!俺は高所恐怖症なんだ!!」
アリスは小首を傾げた。高所恐怖症ってなぁーに?
するとアリスの脳裏でトリニティが説明した。
「高い場所がとても怖いって言う事」
ちなみにアリスは生まれつき頭蓋骨の中に2つの独自の脳が存在する。
しかも2つの独自の脳には2つの独自の人格がそれぞれあるのである。
それでアリスは外敵
(例えば自分の好きなゲームやテレビの存在を否定して馬鹿にする者。
あるいはアリスに武器を向けて自分の命が危うくするか傷をつけようとする者。)
によって精神的、肉体的に追い詰められた時、無意識の内に
もう一つの人格のトリニティに助けを求める。
するとトリニティはそれに呼応し、壊れそうな純粋なアリスの
精神とまだ幼い肉体を守るべく人格を交代する。
そしてアリスと人格が交代したトリニティは彼女を苦しませる
外敵を徹底的に排除して攻撃し続けて無効化させる。
外敵を排除し終えるとトリニティはまたアリスと人格を交代させるのである。
お互い交代中に脳裏で話し合いコミニュケーションを取る事が可能である。
お互いした行為や言動を記録し、2つの脳の間で共有する事が出来るのである。
どうやら父親の遺伝らしいが?果たして?
またアリスの人格の時のIQが普通の人間と同じ数値の90に対して
トリニティの人格の時のIQは通常に人間を超えた
IQ220の数値を持っている事が最近判明した。
そこまで説明したので話を元に戻そう。
アリスは窓に映る高所の木の枝ににマットとワイアーで固定された茶髪の若者を見た。
その光景をアリスとトリニティは一緒にぼーつと見ていた。
するとその光景をアリスとトリニティと一緒に見ていた
息子のシェーシャがパチパチと手を叩き、嬉しそうに笑った。
更に嬉しそうに息子のシェーシャは新しく覚えた単語を連呼した。
「モーズ!モーズ!モーズ!モーズ!モーズ!モーズ!モーズ!モーズ!」
「ねえ?知ってるアリス?」
「うん?なーに?」
アリスは脳裏のトリニティに尋ねた。
アリスに尋ねられたトリニティはアリスの脳裏に語りかけた。
「モズってね!捕らえたイナゴや昆虫をね!
高所の枝に吊るし上げて保存食にするのよ!モズのはやにえって言うの知ってた?」
「モズ怖い!モズ怖い!モズ怖い!モズ怖い!モズ怖い!モズ怖い!モズ怖い!」
アリスは顔を真っ青にして恐怖におののいた。
「フフン♪♪豆知識らんらーら♪♪」
トリニティの鼻歌にアリスは「もう!意地悪!」と声を上げた。
するとトリニティは笑いながら謝罪した。
「御免!御免!怖かったのよね……ほらほらもう泣かないの!」
「うん!」とアリスは目に溜まった涙を拭いた。
やがてアリスはこう言った。
「ねえ!あの蟻さんは凄くカッコよくて強そうだったね!」
「アミメアリだっけ?日本の蟻さん!みたいだったね!」
「ええ!そうね!また続編も作れそうな感じだったね。」
「また続編が出たら一緒に見よう!」
「もちろんそうするわよ!楽しかったし!」
アリスとトリニティはお互い心の中で楽しそうに笑い合った。
そのアリスの様子を見ていた母親のジルと鋼牙は微笑ましくなった。
 
ニューヨーク市内にある秘密組織ファミリーの本部に当たる大きな屋敷。
秘密組織ファミリーの長のジョン・C・シモンズは屋敷に帰宅後、
自分の書斎で大きな豪華な金色の縁取りされた木製の椅子に座っていた。
やがて書斎の扉が開き、「失礼します」とメイドのメアリーが入って来た。
「それで。あの大規模な人体実験『DEBIRUSAMA計画』は進んでいるかね?」
ジョンの質問にメアリーは表情を変えずにいつもの穏やかな口調で答えた。
「はい!ご主人様!順調のようです!バエルの依頼でアレックス・M・スタンリー氏は
『変異型賢者の石』をこちら側(バイオ)の世界に住むニューヨークの町中
のできるだけ大勢の若いチボーチカ(女)
の胎内に運ぶのが仕事を完璧にこなしています。
最もネットの掲示板やSNSでは1万人もの
彼と接触したと思われる若い女性の母親達は
直ぐに手元にあるスマホで自分の娘の様子がおかしい。
何かが違うと騒いでいるようです。
具体的には自分の娘の両眼が逆五芒星の形に
オレンジ色にらんらんと輝かせていたとか。」
「勘の鋭いご両親は仕方がない。精神科の専門家の診察と判断を聞けば大概は
納得してくれるだろう。それでも怪しいと言って調べ始めたら残念だが最終手段だ。」
「はい、分かりました口封じもしくは社会的抹殺ですね。」
「そんな悲しい事態にならない事を祈りたいね。」
「どうやら人間の母親達は大事な娘の些細な変化も見逃さないようですね。」
そう言うとメアリーはもう一枚の書類を大理石の机に置いた。
「ほお~仕事は早いようだね。もう既にニューヨーク市内の病院で
一万人の変化した女性達を診察した医師達に働きかけてその眼球が
逆五芒星の形にオレンジ色に輝くと言う未知の症状を起こした
若い女性達の患者のカルテとその個人情報を全て集めて僕の所へ集めたのかね?」
「はい!ですがまだほんの一部です。病院に親御さんがなかなか連れて行かないので」
「構わないよ!引き続き一万人分の変化した女性達を
診察した医師達に働きかけてその眼球が逆五芒星の形にオレンジ色に
輝くと言う未知の症状を起こした若い女性達の患者のカルテとその個人情報を
全て集めて来るようにファミリーの構成員に伝えてくれ、」
「かしこまりました。すぐにファミリーの構成員達にお伝えします。」
そう答えるとメアリーはつかつかとジョンの書斎を後にした。
ジョンは手に持っている7人分の名前が書かれた書類を確認した。
「エレナ・ラゴ。
サラ・ヘイズ。
アサヒナ・ルナ。
ジョイ・アルマス。
レイン・キャンディ・ラッキーキャンディ。
マリエット・ディヴィス。
コバルト・ローラン。現在集まった7人分は以上である。」
その7人分の名前を確認したジョンは自然に口元緩ませてニヤリと笑った。
 
(第9楽章に続く)