(第16章)影

(第16章)影

大戸島近海を150mの巨大な軍艦が海底を進んでいた。 漆黒に塗られた船体。
更に目を引くのはその戦艦の先端に装備されている 巨大なメタリックに輝くドリルと巨大な格納庫等。
この戦艦はかつてⅩ星人と言う宇宙人や様々な怪獣から幾度となく
地球を救って来た名機の軍艦轟天号である。
この轟天号の艦長はかつてⅩ星人の侵略から地球を守った
英雄ダグラス・ゴードン上級大佐。尾崎真一少佐も搭乗している。
この機体は2004年から2031年、様々なメンテナンスを行い、 現在も使われ続けているのであった。
ゴジラ轟天号、ダグラス・ゴードン上級大佐とは大昔の南極の闘い以来、
長きに渡る因縁があり、現在に至るまで未決着のまま時が過ぎていた。
彼はこの轟天号に乗る度にその出来事を昨日の様に思い出していた。
轟天号の操縦席で。
「スノウ。君は2つだけ勘違いしている。」
「なんだい?ジェレルさん」
ジェレルは隣の操縦席に座っているスノウに視線を向けた。
「まず、ひとつ。アヤノはノスフェラトゥでは無くミュータントだ。
もうひとつ。
カナダやロシアに最初に移住した女性型ノスフェラトゥの生き残りは大勢いる。
日本の北海道にも東京にもね。
あとG塩基を保有する男性型のノスフェラトゥも大勢まだ生き残っている。
そして男女の比率も50と50で種は安定している。
それにたった1年で彼らの本体である宇宙寄生植物が激減するのはあり得ないね。」
「ほう、そりゃ初耳だな。
だが、それでも寄生出来たのは僅か一握りのミュータントや人間の死体だけだよ」
スノウはにっこりと笑った。

その隣の席でニックとグレンはヒソヒソ話をしていた。
「なあ、2週間の休日から職場に戻って来て以来さ。
急になんか40代から若返った気がしないか?」
「なんだって?」
とニックの話を聞いたグレンはジェレルの隣に座っているアヤノに視線を向けた。
確かに彼の言う通り、彼女はその極秘調査に向かう前より若く、20代にすら見えた気がした。
化粧のせいだろうか?
いや元々、彼女はモデル並みの超美顔の持ち主だ。
きっと何か肌の潤いや張りを保つ良い化粧品を見つけたに違いない。
皆に内緒でそれを使っているんだろう。
つまり気のせいである。
とグレンはそう結論付けたうえでこう返した。
「そんなのあり得ないね。」
しかしニックは昔読んだ日本の漫画のキャラクターが言うセリフを思い出し、こう切り返した。
「本当にそうかな?『あり得ないなんて事はあり得ない』かも知れないぞ?」
それを聞いたグレンはやれやれと首を振った。

日東テレビのレポーターの真鍋は、大戸島大学に 出現した怪獣についてリポートをしていた。
その様子を、体調が回復したカメラマンの山岸が自慢のカメラで、
マイクを持っている真鍋の笑顔をしっかりと録画していた。
「正体不明の小型怪獣が出現した大戸島大学内は安全の為、
警察やMBIの手により完全に封鎖されています。
大学の警備をしている30代の警備員の目撃情報によれば、正体不明の小型怪獣は、
見慣れない青みが掛った黒髪のアメリカ人女性に襲い掛かかろうとしていたようです。
警備員は咄嗟にその女性を助ける為に 対小型怪獣用ショットガン(散弾銃)で応戦。
正体不明の小型怪獣の胸元に3発の散弾を撃ち込んだようです。
正体不明の小型怪獣は大量の血痕を残し、大学の外へ逃亡。
 アメリカ人女性は四角い金庫らしき物を 持って慌てふためいた様子で逃げて行ったそうです。
その小型怪獣の血痕サンプルは ここ大戸島大学の寺川修教授の研究所で分析が行われています。」
真鍋は分厚い強化ガラス越しに見える 小さなシャーレに入った小型怪獣の赤黒い血痕を目で追った。
その先にはMBIの覇王と蓮、そして寺川教授が見えた。
「残念ながら我々は安全の為。 この強化ガラス越しからし
小型怪獣の血液を分析している様子は見られません。」
分厚い強化ガラス越しに寺川教授は電子顕微鏡で シャーレの中の赤黒い血液を観察していた。
「これは興味深い。」
「一体?この怪獣の血液は何なんだ?」
寺川教授は青いハンカチで額の汗をぬぐうとMBIの二人にこう説明した。
「赤黒い血液は人間の血液に似ている。
 目撃者の警備員の話は?」
「動物ではなく昆虫に似ていたらしい」
「昆虫?」
警備員はあまりにも異質な姿に驚き恐怖を感じたそうだ。
その正体不明の小型怪獣の特徴はこんな姿だったと言う。
青い複眼。
ハサミの様な牙のある下顎。
複雑に捻じれた2m余りの長い前脚に鋭いハサミを持つ。
赤茶色の頭部。 左右に付いている大きな青い複眼を持っていた。
さらに頭部に生えた2本の触角も赤茶色だったそうだ。
覇王圭介捜査官の話を聞いた寺川教授は慌ててこう言った。
「ちょっと待ってくれ!そいつはまるで巨大昆虫のメガヌロンそっくりじゃないか?」
「メガヌロンって?あの阿蘇山の炭鉱で目撃されたあのでっかい昆虫か?」
「確か?渋谷にも巨大化したメガヌロンが脱皮して 成長したメガギラスって怪獣がいたな。」
寺川教授は思わずもう一度、電子顕微鏡で シャーレの中の赤黒い血液を観察した。
「どういう事だ?血液にヘモグロビンが存在するなんて。」
「血液にヘモグロビンに存在するとは?」
小型怪獣の正体が巨大昆虫のメガヌロンだとしたらそれは明らかにおかしい。
何故なら昆虫の血液は酸素を運ぶ必要がないので ヘモグロビンが存在しない。
だから通常昆虫の血液は無色透明なのだ。
しかしこの小型怪獣の赤黒い血液には 人間や動物と同じヘモグロビンが存在している。
分厚い強化ガラス越しから寺川教授の解説を聞いていた真鍋は、
電子顕微鏡の透明な板のシャーレの中に置かれている 昆虫怪獣の赤黒い血液を見た。
なによりも真鍋がゾッとしたのは昆虫怪獣の赤黒い血液の中で
赤茶色の糸の塊のような物体が蠢くのが僅かに見えたからだ。
「なんなんだ?こりゃ?」
覇王は糸の塊 のような物体が蠢くのを興味津々な表情で見ていた。
「多分キノコの菌糸のようなものだろう。 恐らくこのキノコの菌糸は
メガヌロンや他の昆虫に寄生・同化するのでは?
例えば昆虫に寄生するキノコの仲間では冬虫夏草が有名だ。」
「この巨大なキノコの菌糸は巨大昆虫に寄生するのか?」
「人間に害は無いのか?」
「動物の血液にもヘモグロビンが含まれている。
 もしかしたら巨大昆虫以外にも動物や人間にも寄生するかも知れない。」
「つまり、メガヌロンごと他の生物に寄生するかもしれないと言う事だ。」
「なんだって!」
「幸いにもメガヌロンに類似した小型怪獣の血液は、この菌糸と一体化している可能性は低い。
だがこの昆虫怪獣の血液中の赤茶色の僅かな菌糸の塊だけでも他の生物に寄生出来るようだ。
だからメガヌロンが既に他の人間と同化・模倣して、
人間社会に紛れこんでいる可能性も十分に考えられるだろう。」
寺川教授の話を強化ガラス越しで聞いていた真鍋と山岸はカメラ越しで思わずお互いを見合わせた。
まさか小型怪獣が人間に寄生・同化して、しかも人間の形態に模倣して我々、
人間社会に紛れこむ などと言う事があり得るのだろうか? そう蓮は思った。
その蓮の言葉を「読み取った」覇王は冗談交じりにこう言った。
「それじゃまるでジョンWキャンベルの『影が行く』そっくりだな。
 ついでに巨大昆虫メガヌロンそっくりの小型怪獣の名前は『影』と呼称しようか?」

(第17章に続く)