(第10章)更なる悪夢。

(第10章)更なる悪夢。
 
ジョナサンは吐き気を堪え続け、ようやく収まった頃、口を開いた。
「そいつは原始的な昆虫と寄生虫の特性を併せ持っているのか?」
「どうやらそのようです。しかも一部の寄生虫には。」
ノートン寄生虫について説明を始めた。
彼の説明によれば一部の寄生虫は宿主をコントロールする力があるらしい。
「例えばサナダムシの一種である蓮節条虫は羊や牛に寄生し、その後、狼や野犬を最終宿主にします。
羊や牛が寄生虫の卵を食べると卵からかえった幼虫は腸の中の血管を通って彼らの脳に寄生。
脳に寄生された牛や羊は元気が無くなり群れを離れてグルグルと円を書く様な行動を取るようになる訳です。
そして群れから離れて孤立した羊や牛は狼や野犬の絶好の餌になり、
狼や野犬の最終寄生として寄生する事に成功する訳です。
一方、ハリガネムシは諸説ありますが、彼らの卵は水中で孵化し、
幼虫はボウフラやヤゴといった水生昆虫に寄生します。
そして大型のバッタやカマキリなどに宿主ごと食べられ、宿主を変更します。
やがて大型のバッタやカマキリの体内で成虫になると交尾する為に水中に戻ります。」
「だが、どうやって陸上の昆虫を水中まで連れて行くんだ?」
「それに関して諸説はありますが、一説にはハリガネムシは昆虫の中枢神経に影響を及ぼすとされる
未知のたんぱく質を分泌し、昆虫の脳を完全に掌握し、水辺に誘導して、溺死させます。」
「………」
「あくまでも一説に過ぎませんが、もしかしたら?
目玉の異生物はアシュリーさんの体内で孵化した後にハリガネムシの様に
未知のたんぱく質を分泌し、彼女の脳を掌握した後、何処かに消えた可能性が高いでしよう。」
「奴らには人を操る力があるのか?」とジョナサン。
「恐らく……」とノートン
「マジかよ、神様いい加減してくれ……」とジム。
「とにかく彼女を探さないと。」
ハリガネムシは水辺に昆虫を連れて行くんだな?」
「はい」
「もしかしたら、水のあるところ、例えば風呂場とかにいるんじゃないか?」
「可能性はありますね。しかし皆、目玉の異生物との戦いで怪我もしているし、疲れています。
ジョーダンさん救助隊はいつ来ると思いますか?」
「分からん。もしかしたら3日後かもしれない。」
ジョーダンはハアッと大きくため息を付いた。
それから一週間後にようやくアメリカ政府のCIA、CDC国防総省の関係者で構成された救助隊が駆け付けた。
ジム、ジョーダン、ノートン、ジョナサンの4人は無事、極秘研究所の悪夢から救出された。
その後、ジョーダンは大勢の政府関係者に極秘研究所の隅々まで探し、
彼女の行方を捜索するように指示した。
ジョナサンは両手を握り、神に祈った。
せめてアシュリーだけは無事でいて欲しいと。
その後、救助隊はぼんやりとした表情で地下にある使い古されたバスタブの
ある広い部屋でアシュリーを発見した。
「アシュリーさんですか?救助に来ました。」
落ち着いた表情でCDCの関係者の一人であるベアーは錆に覆われた
バスタブの中にいるアシュリーに近づいた。
CCIAの凄腕のエージェントのホッジは天井に監視カメラが無い事に気が付いた。
アシュリーは裸のままバスタブの中に入ったまま動かなかった。
しかも顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「アシュリーさん?大丈夫ですか?」
もう一度、ベアーが呼びかけた。
しかしアシュリーは無反応だった。
ベアーが見るとバスタブの内側には茶色に乾いた僅かな血痕がこびりついていた。
さらにバスタブの底には茶色く乾いた血痕が彼女の股からバスタブの排水溝まで一直線に伸びていた。
うっ……そんな……。
やがてアシュリーは僅かに笑うとそのまま両目をつぶりぐったりとなった。
CIAのホッジは彼女の首筋を触り、脈を取った。
しばらくして彼は一言こう言うと首を左右に振った。
「残念だ。」
ベアーはその言葉を聞き、彼女は息を引き取ったのだと悟った。
 
再びアメリカ政府のとある部屋。
ジョーダンは極秘研究所で起こったおぞましい恐怖の事件の終わりの映像を見た。
テレビ画面には精神も肉体も疲れ果てやつれた表情をしている生き残りのジムの顔が現れた。
更にジムはカメラの前でこうメッセージを残した。
「ハイ、私は有名な物理学者で素粒子加速器を開発したジムです。
我々はあの前代未聞の実験で8次元の扉を開ける事に成功しました。
ですが我々いや、私は8次元の扉を開ける行為は愚かな過ちだったと今は後悔しています。
何故なら未知の8次元の扉から現れた凶暴な目玉の異生物の襲撃により、
4人の仲間が犠牲となったからです。
ジムがテレビカメラを動かすと救助隊により銀の袋に詰め込まれたアシュリーの死体を担架で運んでいた。
政府関係者達と目玉の異生物についての対策を話しているノートンとジョーダン。
救助隊により、アシュリーの死を知り、顔を真っ赤にして泣き崩れずジョナサン。
「しかも残念な事に目玉の異生物は……。」
そこでジムは言葉を切り、しばらく沈黙していた。
「あの目玉の異生物は我々だけでは到底制御できる怪物ではありませんでした。
あいつはこの極秘研究施設の制御室のコンクリートの壁に穴を開け、そこから外へ逃亡しました。
現在、辛うじて生き延びたのは私、ノートンさん、ジョーダンさん、ジョナサンさんの4人だけです。
皆さま、こいつは一般市民で男でも女でも容赦なく襲い掛かります。
巨大な眼球を持つ視神経に似た胴体を持った紙魚の様な
異生物を見つけたらすぐにその場から逃げて下さい!」
ジョーダンは映像が終わったカセットテープをビデオデッキから取り出した。
アメリカ国防総省の管轄下で目玉の異生物の生態を知る貴重な映像資料として厳重に保存されていた。
そしてジョーダンはうっかり椅子の上でウトウトと居眠りをしてしまった。
結果、彼は更なる悪夢を見る事になった。
悪夢では目玉の異生物の急激な増殖によりニュージャージ州の
大きな都市と中規模な都市の半分は危険地帯として隔離されていた。
そして極秘研究所のあった中規模な都市ユニオンシティにある巨大なフェンスで囲われた
隔離区域内では米軍陸軍の部隊と5mまで巨大化した目玉の異生物の大きな群れと交戦していた。
だが、目玉の異生物は恐ろしいほど強く、アサルトライフルでも傷一つ付けられなかった。
また一人が目玉の異生物の巨大な眼球をアサルトライフルで攻撃した。
だが、アサルトライフルの弾丸は巨大な眼球を包む緑色の壁に遮られ、全く効果は無かった。
目玉の異生物の群れは一斉に巨大な眼球の下部の昆虫に似た口吻を伸ばした。
伸びた昆虫に似た口吻は次々と男性米軍兵の迷彩のヘルメットを貫通し、額や後頭部に突き刺さった。
しかもジョーダンはその目玉の異生物と米軍が交戦している戦場に何故かたった一人で取り残されていた。
不意に彼の目の前に目玉の異生物が出現した。
そして目玉の異生物は巨大な眼球の下部の昆虫に似た口吻を伸ばした。
『うわああああああああっ!』
彼は悲鳴を上げ、両目を開けて、椅子からそのまま落下した。
ジョーダンは荒い息を吐き、ようやく立ち上がった。
なんだ……悪夢か……。
ジョーダンはホッと一安心したと同時にあの目玉の異生物を8次元の世界に
追い返すよりも捕獲を優先させようとした自分の愚かな考えを今更ながら酷く後悔した。
 
8次元の世界を観察する前代未聞の研究が行われた極秘研究所がある中規模な都市ユニオンシティ。
目玉の異生物は極秘研究所の換気用ダクトの制御室の
コンクリートの壁を破壊し、研究所の外に脱走していた。
その後、目玉の異生物は餌や繁殖相手を求めて不必要な人間との接触を避け、密かに行動していた。
目玉の異生物はレンガ造りの建物とコンクリート作りの建物の僅かな隙間から人が行き交う道路を見ていた。
目玉の異生物の巨大な眼球は携帯を耳に当てて会話しているある一人の女性を捉えた。
肩まで長く伸びた赤い髪にメガネを掛けた知的な女性。
目玉の異生物は美しい女性にすっかり夢中になった。
目玉の異生物は彼女を追ってズルズルと移動を開始した。
 
「ああ、デートはまた明日ね!ありがとう!」
赤い髪にメガネを掛けた知的な女性は携帯を切った。
そして2階建ての自宅のドアを開け、中に入って行った。
自宅には誰もいなかった。
女性は机を見ると置き手紙があった。
ジェシカへ。
すまん。今、パイルマインド磁気研究所の仕事が多忙で!上司に呼び出されたんだ!
だから今夜は遅れるよ!埋め合わせは必ず明日にはするよ!
君が愛するダンより。」
ジェシカは顔をしかめた。
「何なのよ……今日は一緒に夕食を楽しもうって約束したのに……」
そう言うと両拳を握りしめ、フローリングを踏み鳴らし、自分の部屋まで歩き去った。
彼女が歩き去った後、空きっ放しの窓から目玉の異生物の巨大な眼球が現われた。
続いて視神経の様な赤い胴体。
赤い4本の視神経に似た黒い縞模様の触手が現れた。
 
(終章に続く)