(第3話)陰我

(第3話)陰我
 
ジルとクリスが時空の歪みを通って閑岱に現れる3日前。
ポートシティのラブホテルのとある一室。
「ふう~疲れたな~」
「お疲れ様です!DVD化が楽しみですね!」
「ああ、そうですね!」
AVの仕事を終えたフィンランド人でAV男優のスカルは
通訳の男性を通して相手の日本人のAV女優と暫く話をしていた。
それから通訳の男性と日本人のAV女優が部屋の外に出た。
スカルはベッドの上に仰向けになった。
その時、部屋の奥から不気味な呻き声が聞えた。
しかしスカルが幾ら英語で「誰だ?」
と呼びかけても不気味な呻き声は聞こえ続けた。
彼はベッドから起き上がり部屋の片隅に無造作に置かれていた
裸体の女性の石像を見た。
不意に裸体の女性の石像から太い男性の声がした。
「お前は人間の若い女の裸体を両腕で抱くのが好きか?」
スカルはつい反射的に首を上下に振ってしまった。
「じゃ!俺と同じだな!」
不意に不気味な声は止んだ。
スカルは恐る恐る石像に近づいて行った。
「キシャアアアッ!」
凄まじい獣の咆哮と共に裸体の女性の石像の影から
得体の知れない怪物が飛び出して来た。
得体の知れない怪物は無数の棘に覆われた2本の長い触角を持ち。
ゴツゴツとした真っ白な身体。
更に背中から通常の素体ホラーに見られる
天使と悪魔の両翼とは異なり、純白の巨大なコウモリの翼を持っていた
大きく反り返った鼻。
正体は人間に憑依する前の素体ホラーである。
さらに両目は赤く爛々と輝いていた。
通常の素体ホラーに見られる死人の様な
白く濁った眼とは全く異質な特徴だった。
素体ホラーは真っ白で細長い5本の指と短い爪を大きく広げた。
そして彼に飛びかかり、そのまま茶色のカーペットの上に押し倒した。
しばらくして素体ホラーの身体がまるで糸が
ほつれる様に無数の細長い線に変化した。
真っ白な光を放つ無数の細長い線はスカルの榛色の瞳、鼻の穴、
耳の穴、大きく開いた口から次々の侵入して行った。
彼は両脚をジタバタさせ、凄まじい声で絶叫した。
「フォーリーシット!NOOOOOOOOOOOOOO!」
数時間後、失神していたスカルは静かに瞼を開け、目覚めた。
彼の榛色の瞳は一瞬だけ爛々と赤い光を放つ瞳に変わった。
「さて、肉体も手に入れた事だし。もう少し腹ごしらえするかな。」
そう言うと彼は筋肉質な上半身を起こし、妖艶な笑みを浮かべた。
 
3日後の閑岱。
翌朝、ジルとクリスはようやく体の痛みが引き、
起き上がれるようになった。
しかし2人はこの閑岱のある牙浪の世界を全く知らなかった。
魔戒騎士、魔戒法師、魔獣ホラー。
すると鋼牙は困った2人の事を察したのか。
2人の部屋に白いコートを翻し、颯爽と現れた。
そして彼の指に嵌められた魔導輪ザルバが丁寧に解説をしてくれた。
「魔戒法師とは魔導力を駆使し、魔戒騎士をサポートする錬金術師だ。」
錬金術師?」
「ああ、彼らは魔戒騎士が持つホラーを封印する魔戒剣、
魔戒槍等の武器の製造。
ホラーの攻撃を防ぐ鎧の製造。
通常の人間と魔獣ホラーを見分ける魔導火の宿ったライター。
また魔獣ホラーの居場所を探知する能力がある指輪や導具の製造。
時には体術や封印術を駆使し、魔獣ホラーを撃退する事も
あるが基本は裏方仕事さ。」
「魔戒騎士とは?」
「魔戒騎士とは太古の昔から人知れず命懸けで魔獣ホラーを狩り、
人間達を守る騎士だ。」
「その魔獣ホラーとは何だ?」
「昨日の夜に出たあいつもそうなの?」
「ああ、まずは人間の邪心から生じる
この世の様々な闇の事を俺達は陰我と呼ぶのだが。
陰我の宿ったオブジェ、即ち物体の陰から魔獣ホラーは出現する。
そして陰我のある人間に憑依し、その者の魂を食らい、肉体を乗っ取る。
人間の肉体に憑依したホラーは憑依した
人間の陰我に応じて様々な形態に変身する。」
「やつらの主食は?」
「人間の魂と肉体、血だ。」
このザルバの答えには流石のジルとクリスも言葉を失った。
「じゃ…目的は……」
「単純な話さ。お前達だって腹が減ったらなんか喰うだろ?
それと同じさ。」
「成程ね。」
ジルは平静を装っていたが顔は少し、引き攣っていた。
なんだかとんでもない世界に流れついちゃったみたい。
「基本、魔獣ホラーは人間を食らい続けるのが目的だ。
だが昨日の夜に現れたあいつは少し違う。」
「と言うと?」
「あいつは魔獣ホラーレギュレイス。
古代、天空に現れる白夜の結界を利用し、
一族を復活させ猛威を振るった恐るべき魔獣だ。
奴は首を跳ねられようが切りつけられようが
死なない不死の身体を持っている。」
「道理でマシンガンでハチの巣にしても通用しない訳だ……」
「奴は千年前、鷹麟の矢を持った白夜騎士の力により、
奇巌石に一度は封印されたものの自然界の崩壊により封印の効力が切れ、
恐らく何らかの原因で死体の血が岩に染み込み、復活してしまったんだ。
しかし鋼牙や信頼できる仲間達の協力で鷹麟の矢で天空の結界を破壊し、
奴を封印した。
だが、時空の歪みにより、奴が復活してしまった。厄介な話だぜ。」
するとジルは白夜騎士と言う単語に強く反応した。
「ねえ!白夜騎士ってなに?」
「白夜騎士とは天魔降伏の儀を司る神官的な役割がある魔戒騎士だ。」
「実は昨日の夜の戦いで貴方が使っていた赤い鞘に両刃の長剣。
小さい頃、何処かで……。」
「まさか?魔戒剣を見た事があるのか?」と鋼牙。
「ええ、実物を見るのは初めて。いや、
そもそもまさか実在していたなんて……」
ジルは考え深げに鋼牙が持っていた魔戒剣の赤い鞘をまじまじと見つめた。
そしてジルとクリスは鋼牙に案内され、大きなお社がある場所に来た。
2人はお社に安置されている銀色に輝く細長い短い槍を見た。
「これが鷹麟の矢だ。」
いつの間にか鋼牙の横に翼が立っていた。
「この鷹麟の矢を白夜の結界に放ち、結界を破壊し、
レギュレイスを封印する。」
「これじゃないと奴は倒せないのか?」
「その通り。ホラーの陰我を断ち切る魔戒剣や魔戒槍等のあらゆる
ソウルメタル製の武器や強力な封印術を駆使しても奴を封印できない。」
ジルはソウルメタルと言う単語に強い興味を示した。
ソ・ウ・ル・メ・タ・ル?
「貴方達はどうしてあれを扱えるの?」
「ソウルメタルは持ち主の心有り方によって
時には隕鉄の様に重く、時には羽毛のように軽くなる。
あれを扱うには厳しい精神と肉体の修業が必要だ。
常人には重くて扱えない。」
厳しい修業をすれば……あたしも持ち上げられるのかしら?
ジルはそんな事を考えていた。
 
(第4話に続く)