(第6話)惨劇

(第6話)惨劇
 
牙浪の世界。
森の中で最も冒涜的でおぞましい惨劇現場を目撃した
ジルの顔は血の気が引いた。
人間の姿をしたホラーに食われたであろう女性は魔戒法師では無い、
普通の街に暮らしているごく普通の女子大生だった。
しかも遺体はかなり酷い状態だった。
両腕が両肩からすっぱりと切断されていた。
さらに両脚も膝の下から切断され、残っているのは頭部と胴体のみだった。
女は両目をぱっちりと開け、激痛と恐怖で顔を歪めたまま死んでいた。
更に女の遺体の近くにホラーと思われる黒い服を着た男が
うずくまっていた。
「あ、貴方が殺したの?」
黒い服の男は丸いメガネを掛け直した。
そして既に死んでいる女の目玉にキスを始めた。
嫌……何なのよ……こいつ?
彼女の全身を生理的嫌悪に伴う激しい悪寒が貫いた。
恐怖を感じすぐに逃げ出したい衝動に駆られた。
だが「悪を許さない」と言う自分のプライドが逃げる事を許さなかった。
逃げたい。でもこいつは市民を苦しめている!闘わないと!
そう自分に言い聞かせ、『サムライエッジ』の引き金に指を掛けた。
しかし両脚や全身が震えていた。
『サムライエッジ』の引き金にかけた指に
力が入らず引く事が出来なかった。
そればかりか両腕が震え、カタカタと音を立てていた。
30分もしない内にホラーに襲われた
女子大生の遺体は跡形もなく食い尽くされた。
女性の遺体があった場所には大きな血溜まりが残されていた。
黒い服の男は口に残っている女性の束になっている
長い黒髪をズズッと啜った。
黒い服の男は丸いメガネの奥の狂気に満ちた目でジルの顔を見た。
ジルは思わず悲鳴を上げそうになったがようやく堪えた。
だがふと近くの切り株を見るとさっき捕食した
女子大生そっくりの彫刻が置かれていた。
彫刻は両腕と両足が切断され、頭部と胴体が残っていた。
さらにジルは彼の腰に僅かに彫刻の粘土が付いた長い彫刻刀が目に入った。
うっ、まさか……。
彼女は思わず想像を巡らせた。
彼、いや、あの魔獣ホラーは人間を。
いや、彫刻を使って人間を操れる?
つまり彼が彫刻の手を捻ると人間の手が捻られて。
彼が彫刻の脚を切り取ると人間の脚が。
「いっ!嫌ああああっ!嫌!嫌!嫌ああああっ!」
ジルはとうとう甲高い声で絶叫した。
さらにパニック状態になり、闇雲に拳銃の引き金を引いた。
銃弾は目の前の男を狙っているつもりだった。
しかし全て外れ、次々と周囲の大木、地面に着弾した。
やがて弾切れとなった。
でない!でない!でない!早く弾を!とっ!取りかえ!ああっ!
ジルは新しい弾を交換しようと『サムライエッジ』
のシリンダーかを抜いた。
しかし新しいシリンダーを取り出したもののボトリと落としてしまった。
「無駄ですよ。我々ホラーに人間の通常武器は通用しません。」
ジルは顔面蒼白の表情で男を見ていた。
「私の名前は倉町公平、またの名をガーゴイルです。」
彼女は震える口でそう言った。
さらに彼女は今ここにいる自分があのラクーンシティの英雄。
オリジナルイレブンの一人であり、
そして勇敢で正義のBSAAのエージェント。
正義の女性では無く、人知を超えた能力を持つ
魔獣ホラーの凶行にひたすら怯え、
恐怖の余り発狂寸前になっているただの
人間の女性だと言う事実に気付いた。
その瞬間、悔しさと怒りがこみ上げて来た。
あたしは心なんか弱く無い!弱く無いのよ!
ジルは青い瞳から敵意むき出しの鋭い眼光を放った。
「安心してください!貴方は喰らいません。
神の命でね!私は神の使いです!貴方はたった今、選ばれました。」
「なっ!なんで神に選ばれたって……」
「くくくっ!アハハハハハハッ!」
「そこまでだ!」
「観念するんだな!」
ジルと倉町が反射的に茂みの方を見た。
すると白いコートの男の冴島鋼牙。
白を基調とした赤と黒の装飾品を付けた
コートを着た男の山刀翼が立っていた。
「やれやれまたジルとクリスが言っていた
時空の歪みとやらから復活したのか……」
倉町幸平はまるで獣の様に爛々と光る水色の両目で鋼牙と翼を睨みつけた。
「まさに良い実例だな。レギュレイスは。」
鋼牙はぶっきらぼうにそう言うとコートの
赤い内側から魔戒剣を取り出した。
続けて翼も魔戒槍を両手で構え、先端を倉町に突き付けた。
「残念だったな!さっきの女は俺が食っちまったぜ!」
倉町はスクッと立ち上がった。
同時に背中から巨大な緑色のコウモリに似た翼が生えた。
うおおおおっ!
翼が魔導槍を構え、猛然と倉町に突進した。
しかし彼は冷静に飛翔して回避した。
倉町は狂気の笑みを浮かべるとこう言った。
「残念!俺は今忙しい!まさか彼女に見られるとは思わなかったが。
ある人物に造形の仕事を依頼されている!早く作業に取り掛かりたいのさ!
完成したら!見せてやるし!遊んでやるぜ!」
彼は黒い服の懐から20個余りの球体をバラバラ落とした。」
「なんだ?あの球体は?」
その時ちょうどクリスが駆け付け、大声でこう言った。
「あれは閃光弾だ!」
次の瞬間、20個余りの球体が次々と破裂した。
途端にその場にいた全員の視界が真っ白になった。
「うおおおっ!」
「閃光だと!」
鋼牙も翼もジルもクリスも眩しさの余り、両腕で目を塞いだ。
しばらくして閃光が収まり、3人が周囲を見渡した。
既に倉町公平の姿は消えていた。
「逃げられたか……」
「全く、相変わらず逃げ脚が早い奴だ……」
クリスはジルの元に駆け寄った。
次の瞬間、ジルは仲間が駆け付けて安心したのか全身の力が抜けた。
彼女は地面にぺたりと腰を下ろした。
ジルの青い瞳から涙が溢れた。
更に嗚咽を漏らし、口を押さえ、泣き出した。
「えぐっ……えぐっ……悔しい……悔しいよ……怖かった……」
「大丈夫だ。もう心配はない。」
クリスはジルの肩に手を置いた。
彼女は震えていた。
クリスは肩に置いた掌を通して彼女の震えが伝わって来た。
 
(第7話に続く)