(第7話)幻影

(第7話)幻影
 
翌朝。
「うおおおっ!」
ジルは唸り声を上げ、翼の首筋に強力な
回し蹴りを仕掛けようと身体を大きく捻った。
だが翼は冷静に右腕でジルの回し蹴りを受け止めた。
続いて右腕で軽々とジルの右腕を跳ね退けた。
「昨日の君は恐怖の余り発狂寸前になっているただの人間の女性だった。
そんな心の弱さを露呈させた自分がそんなに悔しいのか?
怒りに駆られるのか?」
翼の心を抉る様な言葉を聞き、ジルは急に怒りを露わにした。
「ええ、そうよ!悔しいわよ!怒りに駆られるわよ!」
ジルは絶叫すると翼に向かって猛烈な回し蹴りを何度も仕掛けた。
すかさず翼は両腕を組み、全てガードした。
その勢いで彼の身体はズズッと土埃を上げ、後退した。
「ハアハア……」
ジルは激しい運動の末、息を切らした。
「力に頼り過ぎだ!私との戦いを通して心の強さを認めようとしている!
だがお前は心の弱さを認めていない!」
翼は魔戒槍をコートの内側から取り出し、ジルの隣に立った。
「はあああっ!」
翼は勢い良く魔戒槍をひと振りした。
ぶうんと音を立て、空気が震えた。
同時に大地がしなった。
そしていきなり青く澄み渡った空がまるで槍を中心に一刀両断された。
ジルは驚きの余り口をポカンと開けていた。
しかしジルは次の瞬間、戦慄が走った。
切断された青く澄み渡った空の隙間から
全身が腐乱した無数のイヌの群れが現われた。
そして1匹目がかつてSTASの仲間だった
ジョゼフの右腕を食いちぎった。
さらに2匹目が首筋に噛みつき、
更にもう3匹目は彼の腸を引きずり出した。
しかも生きたまま絶叫したまま。
続いて場面が変わり、同じくSTASの
仲間のケネスの頭と体を喰らっていた。
口は血まみれでまるで獣の様に飢えた表情をしていた。
再び場面は変わり、バスタブの中から汚水が溢れ、ゾンビが浮上した。
ジルは咄嗟にゾンビの頭を踏みつぶした。
彼女はゾンビの頭をグシャッと踏みつぶした感覚が蘇り、吐き気を覚えた。
最後の場面はアメリカ中西部の工業町の
ラクーンシティにミサイルが撃ち込まれ、
研究所から流出したTウィルスにより、他の生者を喰うゾンビと化した
人口十万余りの街の住民達と共に街は閃光と爆風に呑み込まれ、
巨大なオレンジ色のキノコ雲が上がった。
やがて両断された空は元通りになり、静かになった。
「それはお前が無意識の内に心の奥底に封印していた記憶だ。
ソウルメタルで出来た牙浪剣や魔戒槍は時間さえも切り裂く。」
しばらくするとジルは両手で口を塞ぎ、
慌てて近くの草むらに駆け込んだ。
ジルは草むらの中で激しく嘔吐した。
彼女の顔は真っ青で両目に涙がにじんでいた。
「誰も救えなかった。ラクーンシティの人々も
SARSの仲間達も皆死んでしまった。
あたしはその事実を認めたくなかった。あたしは無力だった……」
ジルは生まれて初めて自分の心の弱さを認めた。
やがて膝を付くとそのまま草むらにうずくまった。
そして彼女は己の無力さを呪い、悔しさと悲しみの余り泣き叫んだ。
さらに翼は突き放すようにジルにこう言い放った。
「人間には誰しも無意識の内に小さな邪心を持っている。
お前の心の問題は自分自身で解決しなければならない。」
「それが出来なければ、ソウルメタルは持ち上げる事は不可能だ。」
翼はそう言うと泣き崩れ、草むらにうずくまったままの
ジルを置いて歩き去った。
 
「おかしくないか?ザルバ?」
「ああ、奴の言った言葉。どうも引っかかる……」
昨日の夜、倉町は狂気の笑みを浮かべるとこう言い残し、
閃光弾を使い、逃亡した。
「残念!俺は今忙しい!まさか彼女に見られるとは思わなかったが。
ある人物に造形の仕事を依頼されている!早く作業に取り掛かりたいのさ!
完成したら!見せてやるし!遊んでやるぜ!」
「とするとある人物は奴の事だろうか?」
「まさか?奴がガ―ゴイルに造形の依頼を?」
「奴は策略に長けているとグレス神官から聞いた。
造形をガーゴイルに造らせて奴は閑岱で一体何を企んでいる?」
「さあな、奴は気紛れだからな。流石の俺様も奴の心理は読めない。」
「ならば奴に直接聞くまでだ。」
「あっさり、お前さんに話すとは思えないが……」
しばらくしてザルバは話題を変えた。
「ところで青い瞳のお嬢さんは?」
「かなり酷い状態だ。ソウルメタルは暫く持ち上げられそうもない。」
「もちろん、黄金騎士様のアドバイスはしたんだろ?」
ザルバはピンと片目をつぶり、ウインクした。
「ああ、『俺達魔戒騎士も法師も一人では強くなれないと。』」
「今のお嬢さんには難しいアドバイスだな。」
「その方がいい、自分で考えている内におのずと答えが出る筈だ。
それに……」
「ザルバ!大魔戒道はいつ開く?」
「あっ、ああ、確か今日の夜だ。何か用があるのか?」
「ああ、奴についてもう少し調べたい事がある。」
「じゃ!行くなら元老院の大図書館だな!」
「そうだ。あそこなら奴に関する資料を幾つか見つけられるかも知れん」
 
閑岱の民家の近くの森の切り株に白いスーツの男が座っていた。
男は翼が去った後、榛色の瞳で未だに泣き続けているジルの姿を見据えた。
どうやら彼女は自らの闇に怯えているようだな。
だが心配する事は無い。
闇は君の精神と肉体を必ず美しく強くさせるだろう。
彼はそう心の中で考えると再び口元を緩ませ、静かに微笑んだ。
だが異変に気付いた邪美が彼の背後から音も立てずに現われた。
そして彼女は白いスーツの男を鋭い眼光で睨みつけた。
「まて!」
邪美は黒い服と黒いポニーテールの髪をなびかせ、
妖しい白いスーツの男を追跡した。
白いスーツを着た男は物凄い速さで
この葉を舞い散らせ、逃亡を続けていた。
やがて森の中を駆け回ってから10時間余りは経過しただろうか。
白いスーツの男は急に足を止めたので邪美は驚き足を止めた。
「あんた!何者だ!何故?ジルの事を森の中から見ていたんだい!」
目の前に立っていた白いスーツの男の姿がふいに消えた。
「残念ですね。邪美法師。」
気が付くと白いスーツの男はいつの間にか邪美の背後に回り込んでいた。
白いスーツの男は右腕で彼女を羽交い絞めにした。
邪美は必死にもがくが全く効果が無かった。
白いスーツの男は大きく口を開けた。
上顎の4対の鋭利な細長い牙邪美の
首筋の皮膚を突き破り、グサリと突き刺さった。
邪美は首筋に激痛が走り、痛みの余り悲鳴を上げた。
 
(第8話に続く)