(第44章)デメント

(第44章)デメント
 
「人は誰でも、多い少ないかは別として、ある一点では狂っている。」(R・キップリング)
 
大戸島近海・轟天号内。
アヤノは急に悲鳴を上げて怯え始めた杏子を落ち着かせようと何度も優しく話しかけた。
今度はニックがいきなり悲鳴を上げた。
彼によれば急に目の前に半ば腫瘍に覆われた人型の両腕がナイフに変形した異形の怪物が現れたと言う。
つまり幻覚である。
彼は悲鳴と叫び声を上げ、椅子から立ち上がろうとした。
しかし彼は自らシートベルトを外そうと試みたが怖慌状態で思う様に外せず、
自分の持ち場の椅子の上で幻覚に苦しみ悶え、暴れ続けた。
相棒のグレンは彼の異変を察知し、シートベルトを外し、自分の椅子から大慌てで立ち上がった。
「おちつけ!馬鹿っ!壊れちまうだろ!いい加減目を覚ませ!」
グレンは彼の右頬を平手でひっぱたいた。
しかしニックは正気に戻らず、とうとうその場で瞼を痙攣させ、失神してしまった。
そして更なる乗組員の異変は続いた。
今度は尾崎が轟天号のブリッジの外に出ようと扉に向かって歩き出した。
すると血相を変えてスノウは尾崎に大慌てで駆けつけると両脇を掴み、尾崎を抑えつけた。
「駄目です!行ってはいけません!」
「何故だ?風間が……風間勝則がここにいたんだ!信じてくれ!」
「風間さんは2004年にX星人の母船のバリアシールドを発生させる装置に特攻して殉職しています。
あれは旧支配者のクトゥルフの同族が造り出した幻覚です!ついて行ってはいけません!
もし、貴方が風間さんについて行ったら……貴方は轟天号の動力源を破壊して墜落させますよ!」
「おい……今何て言った?」
「言葉の通りです。だからシートベルトか何かで彼を固定しないと。」
スノウは暴れる尾崎を抱えて、無理やり自分の椅子に座らせ、シートベルトで固定した。
更に杏子も未だに両手で耳を塞ぎ、頭の中で聞こえる
TWinkle Twinkle Little star』の幻聴を聞き続け、かなりパニックの状態になっていた。
アヤノは杏子を落ち着かせる為、優しく穏やかに深呼吸をするように何度も呼びかけた。
だがその時アヤノは後頭部に何かが当たるのを感じた。
間もなくしてアヤノはそれが何か瞬時に理解した。
「ジェレル……何の真似?早くそのメ―サ・ハンドガンを降ろしなさい!」
アヤノはかなり厳しい口調でそう言った。
「何故ですか?貴方でしよ?乗組員に幻覚や幻聴を聞かせているのは?」
「おい、おい、おい、お前まで一体全体どうしたって言うんだ?」
グレンは首を左右に何度も振り、ジェレルに歩み寄った。
「近づくんじゃない!」
ジェレルは素早くメ―サ・ハンドガンをグレンの額に突き付けた。
「分かった。分かったから。近づかないから撃たないでくれ!」
グレンは反射的に両手を上げ、立ち止った。
ジェレルはグレンが足を止めた事を確認すると再びアヤノの後頭部にメ―サ・ハンドガンを突き付けた。
「貴方が原因だ。私は時々貴方が異形の神に見える時があった。
異形の神の正体は旧支配者のクトゥルフだ。
彼女は旧支配者のクトゥルフかもしくは彼らの眷族に変身させようと俺達を誘惑しているんだ。」
「それは嘘です。彼女はミュータントです。始めて私と会った時、貴方はそう言った筈。
自分の言葉を思い出して、冷静になって下さい。」
スノウは穏やかな口調で狂気に駆られるジェレルを説得した。
彼の両目の黒い瞳孔は大きく丸くなり、額に大量の汗を流していた。
しばらくの膠着状態の末、ジェレルは自分が言った事を思い出し、ようやく我に返った。
そしてアヤノの頭部に向けていたメ―サ・ハンドガンを腰のホルスターにしまった。
 
大戸島の無人島。
初代ゴジラのクローンはゴジラに放射熱線の吐き方を教わった。
僕は正直自信が無かった。
僕はゴジラの顔を見た。
ゴジラは酷く荒い息を吐き、かなり苦しそうだった。
しかも全身から青白い粒子の様なものが放出されているのが見えた。
私が消滅してこの世からいなくなればお前の目の前にいる旧支配者の
クトゥルフは危険な病気をばらまくだろう。
それは我々、同族や人間達や他の怪獣達が病気になるだろう。
それを防ぐにはお前の力が必要だ。
今回ばかりは人間達は助けてくれまい。
旧支配者のクトゥルフが放つテレパシーによる幻覚や幻聴に苛まされて
自分の正気を保つのに精一杯だろうからな。
だけど無理だよ。僕は放射熱線を撃った事は一度も。
お前が王位を受け継ぐんだ!お前はゴジラだ。誰も否定出来ない。
僕はどうしていいのか分からなかった。
この先はお前ひとりだ。
本当ならこんな終わり方は……出来ればお前ともっとモンスター語で話がしたかった。
それにできれば……息子や妻に愛していると言って別れを告げたかった。
最後にお前の仲間と私の愛する息子や妻はアドノア島にいる帰巣本能で位置は分かる筈だ。
新しく誕生した旧支配者のクトゥルフを打ち倒し、そして幸せを自分の手で掴め。
必ず。お前なら出来る!私はそう信じている。
その後、ゴジラはうつろな目で上空を見上げたあと大きく深呼吸した。
しばらくしてゴジラの両間からオレンジ色の光が徐々に失い、静かに瞼を降ろした。
そして大きく息が吐き出されると同時に完全に沈黙した。
僕は目の前のゴジラが本当に死んだ事をはっきりと悟った。
それ故、僕はその目の前で起こった残酷な事実を受け止めきれなかった。
僕はぐっと身体を僅かに痙攣させた。
僕は思わず顔を大きく右に逸らし、目を背けてしまった。
これで……本当に僕一人になってしまった。
一人であの旧支配者のクトゥルフの同族を倒さなければいけない。
僕がやらないと、嘆き悲しんでいる暇は無い。
僕は目の前に2本足で立っている旧支配者クトゥルフの姿を直視した。
僕は全長50mの自分よりも200mも巨大でおぞましい旧支配者クトゥルフの姿を見て僅かに身震いをした。
それでも僕は既に心は決めていた。
愛する妻や息子を残して僕の目の前で散った同族の代わりに彼らに愛していると伝えたい。
たった一匹でこの人間を狂わせる程、おぞましい旧支配者のクトゥルフを必ず倒すんだ!!
変身が完了し、僕の姿を見た旧支配者のクトゥルフは巨大な口の周辺の蛇とも触手
ともつかぬものと巨大な4本の牙をバックリと大きく開いた。
内部には無数の牙が覗いた。
ピィイイッギャアアーアーアーアアーアーン!グゥオオオン!
旧支配者のクトゥルフは僕に対し明らかに敵意むき出し、凄まじく甲高い威圧するかのような鳴き声を上げた。
僕の全身を凄まじい突風が正面から吹きつけられた。
僕はこの旧支配者のクトゥルフ同族の甲高い威圧するかのような鳴き声に圧倒された。
僕は大きく口を開け、応答するように凄まじい咆哮を上げた。
こうして初代ゴジラのクローンとクトゥルフの地球上のすべての生命を掛けた戦いが今!始まる。
 
(第45章に続く)