(第49章)ありがとう、そしてさよなら

(第49章)ありがとう、そしてさよなら
 
大戸島近海の無人島。
旧支配者クトゥルフをようやく倒した初代ゴジラのクローンはどうにか
生命活動に必要な最低限の核エネルギーを残していた。
しかしそれ以外のかなり膨大な核エネルギーを失った。
同時に僕の背びれの純白の発光はやがて完全に消えた。
僕は再び意識が朦朧となりガクッと身体が前のめりに倒れそうになった。
だが歯を食いしばり、身体を支え、それに耐えた。
僕は目の前に既に息絶えて動かないゴジラの方にフラフラとおぼつかない足取りで近付いた。
しばらくして上空は曇り始めた。
僕はじっと既に寿命が尽き、瞼を固く閉じたゴジラの顔を見た。
やったよ。倒した。勝ったんだ。
僕は勝利の余り、嬉しくなり、微笑んだ時、ゴジラが一瞬だけ僕の為に笑っているように見えた。
しばらくして寿命の尽き、銅像の様にピクリとも動かない
ゴジラの肉体は徐々に青白い粒子に変わり、肉体は崩壊した。
そして青白い粒子は一直線に天高く昇った。
僕は両目に涙を溜め、こう感謝の言葉を思い浮かべていた。
ありがとう。そしてさよならと。
 
大戸島近海・轟天号内のブリッジ。
ジェレルは以前とは違い静かで落ち着いた口調でスノウにこう問いかけた。
「貴方は何者ですか?何故?異形の神、いや旧支配者のクトゥルフの事を知っているんです。」
「私の正体は遥か宇宙の彼方、超銀河イスからこの地球に来訪した私は大いなるイースの種族です。」
スノウはとうとう最後にしてようやく轟天号の乗組員や艦長に自らの正体を告げるのであった。
グレンは両目が泳ぎ、茫然とした表情でスノウの顔を見ていた。
「貴方達が茫然とした表情をするのも無理はありませんね。確かに私は偉大なるイースの種族です。
我々、本来の姿は生命の設計図つまり貴方達が言う『DNA』と意思を持つ
熱エネルギーで構成されたいわゆる霊魂のような存在です。」
確かイースは我々人間や他の宇宙人よりも時間の秘密を解明した偉大なる種族だよな?
いやそれよりもなんでそんな奴が今、轟天号、いや地球防衛軍本部にいるんだ?
「そう遠くない未来、星辰の位置が完全に揃った時、彼らはルルイエの墓標から輝かしい復活を遂げます。
同時に貴方達人類やミュータント達の肉体は青い不定形な塊からクトゥルフに変身して行きます。
クトゥルフに変身した彼らは恍惚と解放感に満ち溢れた心弱き者達は
変身せずに生き残った者達を殺戮し性的な暴力を振るい始めるんです。
つまりクトゥルフ達による陰惨な黙示録が起こる事になるのです。」
「なんてこった……」
「そこで貴方達が良く言う『神』あるいは『父』に当たる存在は私達を2030年の時代に派遣しました。
それは我々種族の種の存亡を懸けた重要な任務でした。
「重要な任務とは?」
そして我々は音無凛さん、アヤノさん、島上冬樹さんに試作のある薬を投与しました。」
「一体何の話だ?お前は何を?アヤノや凛に何をしたんだ?」
クトゥルフ達は天敵であるゴジラの遺伝子を取り込めば生き残って子孫を多く残せると思ったようです。
でも実はゴジラの遺伝子は彼女の体内でクトゥルフの遺伝子を消滅させる機会を伺っていました。
しかし我々が開発したこの試作の薬をアヤノさんに投与した結果、ゴジラの遺伝子が覚醒。
最終的にゴジラの遺伝子は本来持っていた能力と免疫により、クトゥルフの遺伝子を消滅させました。
更にそのクトゥルフのDNAを消滅させる能力はキングギドラの遺伝子にも存在しています。」
「アヤノさんはゴジラのDNAを持ち、音無凛さんはキングギドラのDNAを持っています。
先に胎内に子供が出来るのはアヤノさんからです。2ヶ月後に音無凛さん、2人の子供は救世主です。」
アヤノはキョトンとした表情でスノウの顔を見ていた。
「今……お前……何を言って……」
ドックン!ドックン!ドックン!
急にアヤノは自分の下腹部から心臓の鼓動が聞えた様な気がした。
「今……心臓の音が……」
そう言うとアヤノは両手で自分の下腹部を優しく触った。
「私の時間通りです。これから明日には音無凛さんも妊娠するでしよう。」
スノウはにっこりと笑いそう言った。
「おい!ゴジラが失神したぞ。」
グレンはスノウの話を聞いて唖然とした表情から慌てふためいた表情に変わった。
するとスノウは彼を安心させようと優しくこう言った。
「心配ありません、恐らくエネルギーを使いすぎたからでしよう。しばらくすれば目覚めます。」
スノウの優しい言葉を聞くと何故か気持ちが落ち着き、ホッと一安心した。
 
大戸島病院。
山岸、覇王、蓮は島大戸島自然史博物館の館長の田中健二氏が
この病院に入院している事をあとで島上冬樹の担当の医師から聞いた。
3人は日東テレビのドキュメンタリー番組の取材に協力して貰ったお礼も兼ねて
田中氏が入院している病室に足を運ぶ事にした。
彼を担当した医師の話によれば発狂した大戸島の大勢の島民達が大戸島自然博物館を襲撃したと言う。
(恐らくさっき現れた旧支配者のクトゥルフが放ったテレパシーのせいだろう)
彼らは島上冬樹が発見した例の遺骨を燃やそうと地下の展示室の保管庫に侵入しようとした。
館長の田中氏と数名の警備員はそれを制止しようと彼らとの間で激しいもみ合いになり、
田中健二はそのまま近くにあった展示用のガラスに後頭部を強打したと言う。
後に彼は病院に搬送され、緊急救命により、死の境をさまよった末、どうにか一命を取り留めた。
だが島上冬樹が発見した例の遺骨は島民達によってドラム缶の中で焼かれ灰にされた。
彼は自分の治療を担当している医師や看護婦以外の大戸島の住民達とは誰とも口を開かなくなったと言う。
凛はどうにか彼を元気づけようと優しく語りかけようと心掛けた。
「こんにちは。田中健二さん、覚えていますか?」
彼は黒縁の眼鏡を掛け、頭部に包帯を巻き、憔悴し切った表情で5人の顔を見た。
「貴方にお礼とお見舞いに来たの。」
すると田中健二は声を掛けてくれた女性が凛だと知ると僅かに口元を緩ませた。
「私は……信じられない、あの穏やか出来のよくて優しい島民の皆がまるで両目を獣のように光らせ、
彼がようやく発見したあの女性の遺骨を完全に破壊しようと襲い掛かるなんて。
信じられんよ。信じたくは無い!あれはきっと悪魔の仕業だ!
そうだ!彼らがあんな狂気じみた事なんか絶対にしない!」         
5人はそれをただ黙って聞いていた。
真鍋はただただ戦慄し、彼にとって一生忘れられない経験だったのは容易に想像出来た。
「彼女は生前、神主の家系で呉爾羅族の生贄として家から出していた。
そして生きて帰り、その家系は周囲の島民から差別される事になって行った。
やはり、あの女性の遺骨は元の洞窟に戻してやるべきだった。
自分は愚かな過ちをしてしまった。でなければ。こんな。」
やがて田中健二はそう震える声で言い終えると両目に涙を溜め、おいおい泣きだした。
凛は泣いて震えている彼の猫背の背中を優しくさすりこう言った。
「貴方のせいじゃありません。どうか自分を責めたりしないでください。」
しばらく田中健二は無言だったがやがて静かに口を開いた。
「ありがとう、ありがとう」と。
 
(第50章に続く)