(第15章)家族

(第15章)家族
 
牙浪の世界の閑岱。
クリスはジルの事が心配でたまらなかった。
彼にとってジルはSTAS時代の洋館事件からの長い付き合いだ。
それに自分が最も信頼できる相棒だ。
だからこそ彼女の事を誰よりも心配していた。
クリスは早速、無線機でBSAAの仲間を呼んだ。
「おい!クエント?パーカーはいるのか?」
「パーカーだ!クエントは烈花とPCゲームの
『DEAD SPACE』をしているぜ!」
クリスはPCゲームをしているクエントに内心、呆れた。
おいおい!船に乗って観光しに来たわけじゃないんだが、まあーいいか。
「実は最近、俺の相棒のジルの元気が無いから励まし欲しいんだ。」
「なんだって?君の相棒が元気無い?」
「ジルの元気が無いって?そうですか。
これはBSAAの仲間として見過ごせませんねぇ。」
「そうか分かった。彼女の元気を取り戻す方法か。うーん」
「なにを無線で話しているんだい?」
茂みを掻き分けクリスの前に邪美法師が現われた。
「ああっ。邪美か。最近相棒のジルの元気が無くてね。」
「そうか。お前の相棒のジルの元気を取り戻す方法ねぇ……。」
暫く邪美法師は腕を組み考えていた。
その時、何か閃いたらしくポンと拳で掌を叩いた。
「クイーン・ゼノビアと言う船にクエント、
パーカー、クリス、他に仲間はいるのかい?」
「えーと、クエント、パーカー、ヘリのカーク・マシソンがいたな!」
「そう、彼らから励ましのメッセージを無線でジルに送れば?」
「成程。いいアイディアだ!」
早速、クリスは無線でクエントとパーカーに邪美のアイディアを提案した。
「成程!早速、カーク・マシソンに連絡を取って見るよ!」
それからクエントにカークの連絡を頼み、
彼はようやく安堵した表情で無線を切った。
「へえ~ジルはお前の相棒か~。羨ましいな。」
「ああ、信頼できる最高の相棒さ!」
すると邪美は突然それとなくこう尋ねて来た。
「じゃあさ!それ以上の関係は?つまり恋人とか?」
「えっ?」クリスは困った表情で興味津々の邪美の顔を見た。
「だって長く付き合っている割には
それ以上の関係が無いなんておかしいじゃないか?」
邪美はまるでクリスの心を見透かす様な眼差しで見つめた。
「そんな事を……いわれても……」
「お前の茶色の瞳はどこか寂しそうだ。両親は?家族は?」
「もう両親は亡くなったよ。唯一の家族は妹のクレアだけだ。」
「そうか?だからか?あんた一昔前の冴島鋼牙に似てるんだよねぇ。」
「えっ?鋼牙と?」
「あいつも同じさ!両親は亡くなって
唯一の家族は執事のゴンザだったのさ」
「今の彼は執事のゴンザとホラーの魔の手から守り抜いた
御月カオルと言う名前の一般の女性がいる。2人は結婚したのさ」
「じゃ?君は?」
あたしもいるさ!弟子の山刀鈴法師に烈花法師それに……。」
邪美が瞼を閉じると脳裏に白を基調に赤と黒の装飾が
施されたコートを着た山刀翼の姿が思い浮かんだ。
「お前の大切な仲間のジルもいつか家族に迎え入れたいんだろ?」
暫くクリスは黙っていた。やがて口を開いた。
「ああ、いつかジルを俺の家族に迎え入れたらいいと思っている」
 
とある山奥のボコボコした山道をある一人の
屈強な魔戒騎士・榊闘次が歩いていた。
行く手には小さな家が建っていた。
彼はかつて邪美と烈花が倒した強大な
闇の力を持つ魔戒法師・翡刈の復活を企む、
闇に堕ちた魔戒法師の女性グループが
セディンベイルを封印した魔導書を元老院から
持ち去り、この家で今、セディンベイルの復活が行われていると言う。
情報を受け、榊闘次は神官の指令により、魔導書の奪還。
闇に堕ちた魔戒法師グループの討伐の指令を受け、
この地に赴いたのだった。
彼は思いっ切り、その闇に堕ちた魔戒法師グループが
潜伏している家の扉を蹴り、強引に家の中に侵入した。
家の中は真っ暗でチカチカと電気が付いていた。
「うっ……これは……」
屈強な男である榊闘次も思わず吐きそうになった。
家中の壁、床、天井至る所に大量の血痕があった。
更に床には闇に堕ちた魔戒法師と思われる
女性のミイラ化した死体が幾つも見えた。
しかも死んだ闇に堕ちた魔戒法師達の人数は
恐らく500人か800人位だろう。
「酷い有様だ。これがホラーならこいつは大層な大喰いだな。」
すると家の奥から白いスーツを着た男・ドラキュラが現われた。
榊闘次は無言で自ら持っている巨大な魔戒剣を両手で構えた。
彼はまるで何かに憑かれた様にブツブツと何かを言っていた。
「私は彼女を手に入れる為に出来るだけ
多くの栄養分を蓄えなければいけない!
多数の闇に堕ちた魔戒法師達や
悪しき人間達は魔獣ホラーの救済の為の生贄となるのだ!」
「何をブツブツ言ってやがる!覚悟しろ!ホラー!」
しばらくして榊闘次の大声に我に返った
ドラキュラは彼の屈強な身体をまじまじと見た。
ふーん!変わった男だな!本当に魔戒騎士なのか?
ドラキュラはおよそ魔戒騎士らしくない榊闘次の姿をまじまじと見た。
彼は上半身が裸で至る所に魔戒文字の刺青が施され、頭部はスキンヘッド。
さたに頭まで刺青をしており、頭頂部に刈り残した髪を束ねていた。
ドラキュラは両目を赤く爛々と輝かせ、こう言い放った。
「悪いがセディンベイルの魔導書も頂くよ。
ついでに冴島鋼牙に伝えておけ!
『私は始祖ホラーメシアが自分しか愛していない事に我慢できない!
いずれ私が真魔界の新たな創造主、つまり神になる』とな。」
榊闘次は余りにもドラキュラの威圧的な言葉に圧倒された。
しかし彼は一瞬怯んだものの直ぐに覚悟を決め、巨大な魔戒剣を
両手で構えた後、真正面からドラキュラに突進した。
ドラキュラは闘次が振り上げた巨大な魔戒剣を片手で受け止めた。
しかし闘次は不敵な笑みを浮かべた。
ドラキュラは急に全身が鉛の様に重くなるのを感じた。
「ふーん術を使うか?」
と言うとバキッと4対の鋭利な細長い牙を生やした
彼は咆哮する様にドイツ語でベートベン交響曲第九番第四楽章
歓喜の歌』を歌い出した。
「おお友よ!このような旋律では無い!
もっと心地よいものを歌おうではないか!
もっと喜びに満ち溢れるものを!」
次の瞬間、ドラキュラの全身は急に軽くなった。
「バッ!馬鹿な!俺の術を自力で!」
「喜びよ!喜びよ!神々の麗しき霊感よ!天井の楽園の乙女よ!」
彼は軽く力を入れるだけで右腕に強大な闇の力が漲るのを感じた。
ドラキュラは目にも止まらぬ速さで
屈強な体格の榊闘次を軽々と持ち上げた。
「我々は火の様に酔いしれて!崇高な歓喜の聖所に入る!」
振り向き様に硬いコンクリートの上に凄まじいスピードに叩き伏せた。
余りの威力にバキッと言う音と
共に土埃とコンクリートの破片が宙に舞った。
榊闘次は全身に激痛を感じ、うつ伏せのまま
口からゲホッ!ゲホッ!と何度も血を吐いた。
一撃で榊闘次を地面に叩き伏せたドラキュラは背を向けた。
そして彼は咆哮する様なドイツ語で歌い続けるとドアから出て行った。
「汝が魔力は再び結び合わせる!時流が強く切り離したものを!
全ての人々は兄弟となる!汝の柔らかな翼が溜まる所で!」
 
(第16章に続く)