(第16章)絵本

(第16章)絵本
 
閑岱。
ジルは地面に突き刺さったソウルメタルの短い棒を
蒼い澄んだ目でじっと見つめた。
やがて長い間、沈黙を守っていた
彼女はとうとう落ち込んだ口調でこう言った。
「やっぱり自分は憧れのヒーローには程遠い存在ね。」
それは?まさか?
翼はジルが取り出した絵本の表紙に狼を象った黄金の鎧。
さらに手に黄金に輝く長剣を構えた騎士の姿が描かれていた。
彼は両目を開き驚いた。
まさか?ありえない!俺達と彼女の世界は全く違う筈だ!
だが絵本に描かれているのは紛れもなく黄金騎士ガロだった。
絵本の物語は邪悪な錬金術師の手により、クナイと言う
勇気のある少女が住む街は恐ろしい力で支配されていた。
そして街の人々は邪悪な錬金術師の恐ろしい力に恐怖で怯えていた。
しかしクナイの母からあの邪悪な錬金術師が持っている
力の源である赤い石を封じ、邪悪な錬金術師と悪魔達を倒す為。
自分の父であり悪魔と闘う正義の黄金騎士と共に
邪悪な錬金術師がいるお城に向かって長い旅に出ると言う話だった。
クナイ?何処かで聞いたような?
ゴルバは珍しく口を閉じ、物思いに耽っていた。
邪悪な錬金術師は闇に堕ちた魔戒法師。
そして赤い石は恐らく賢者の石。
気になるのはクナイと言う女性の名前じゃ。
クナイ……まてのう……まさか本当に
あの魔戒法師の歴史書の記述の通りなら……。
 
全ての番犬所を束ねる上位機関『元老院』にある大魔導図書館。
鋼牙は魔獣ホラーに関する詳しい情報が載せられた分厚い本を借りた。
帰り道、鋼牙は分厚い本を抱え、
元老院の立派な大理石で出来た廊下を歩いていた。
その時、茶色の担架に乗せられて魔戒騎士が運ばれて来た。
しかも鋼牙は屈強な男に見覚えがあった。
「お前は!榊闘次!」
彼は以前、ザバックと言う魔戒騎士の大会で
零に反則技を使い、勝とうとした男である。
彼は今にも息絶えそうな表情で天井を見つめていた。
「しっかりしろ!なにがあった!」
闘次はしっかりと鋼牙の顔を見るとこう言った。
「ドラキュラがお前に伝えろと。
『始祖ホラーメシアが自分しか愛していない事に我慢できない!
いずれ私が真魔界の新たな創造主……つまり神に……なる……と……。
とまで言うと力尽きた様にぐったりとなった。
「おいっ!おいっ!」と鋼牙は動かなくなった
榊闘次の身体を激しく揺すった。
「落ち着け!鋼牙!失神しただけだ!」とザルバ。
「一体!?どういう事だ!ザルバ!」
「分からん。恐らく奴は自分の母であり
始祖たるメシアを見限ったと言う事か。」
さらに医師と思われる黒い髪の魔戒法師の男はこう語り出した。
「私は四道法師です。まだ魔戒医学生ですが。」
さらに四道法師は続けてこう言った。
「彼によればセディンベイルが封印された
魔導書をドラキュラが持ち去ったようです。」
「なんだって?鋼牙!ここでのんびりしている時間はないぞ!」
「ああ、すぐに魔戒道で閑岱に戻らなければ!」
「そうだな!ここから歩いて帰ったら15週間はかかるからな!」
「恐らくドラキュラは私の予想では
魔界黙示録を起こそうと画策している筈だ!
気付けてくれ!伯爵ホラードラキュラは
お前の予想以上に手ごわい相手だ!」
「心配ない。奴は必ず!俺が斬る!」
鋼牙は力強い口調でそう返すとクルリと踵を返し、
力強い足取りでスタスタと歩き去った。
四道法師はそんな鋼牙の白いコートの後ろ姿を心配そうな表情で見送った。
 
閑岱の森の奥にある草原。
「どうやら。例の石のネックレスの使い方に手間取っているようだな。
うーむ。ちゃんと教えたつもりだったが。」
白いスーツの男・ドラキュラである。
黒い服に丸いメガネをかけた男。倉町公平事、ガーゴイル
彼の隣には忙しなく指揮棒を振り続ける
丸い帽子に細長い黒い髭を生やした男がいた。
彼は天才指揮者のヨハンと言う男らしい。
そこに茂みを掻き分けて黒い革ジャンにスカートを履いた女が現われた。
丸顔でとても愛らしい表情だが両瞳は青く爛々と輝いていた。
「ふーっ、やっとこちら側に戻れた。」
「調べられたかね?」
「調べました!向こう側(バイオ)の世界から来た人間の女
ジル・バレンタイン』の過去の出来事。
所属組織のSTARSやBSAAについて。
彼女の両親について色々調べて。もう!疲れちまったよ!」
「御苦労、園田優理亜・セディンベイル」
彼女はドラキュラに石が埋め込まれたペンダント
ジルに関する情報が載せられた分厚いファイルを渡した。
「そう言えば質問だが。何故?俺やアディの石板に
封印されていた筈の変な指揮者のホラーが復活したのでしよう?」
「んもぉーっ!失礼ね!名前あるでしょ?!」
ヨハンと言う男はオカマ口調でブンブンと
倉町の目の前で指揮棒を振り回した。
そして指揮棒の先端は危うく倉町のメガネに引っ掛かりそうになった。
「おい!危ないだろ!人前で棒を振り回すなよ!」
倉町は体をのけ反らせてヨハンの指揮棒の先端を避けた。
「どうやら。このペンダントに埋め込まれていた石の影響が
こちらの世界に来たからだ!理由は不明だ。
これは偶然、時空の歪みから落ちて来たのを拾ってペンダントにした。
だからこの石の名前も知らない。」
それからドラキュラは溜息をつきこう言った。
「そして一つ問題が起こった。ヨハンと倉町君が復活した時空の歪みと
もう一つの時空の歪みから太古の魔獣レギュレイスが復活した。」
「へえーっ!あたし達のお仲間さんでしょ?」
「いや違う!種類がね!我々が既に見限った
始祖ホラーメシアから産まれた素体ホラーがいる。
だが始祖ホラーレギュレイスは人間や我々メシア一族の素体ホラーに
自ら細胞を寄生させてカラクリを産み出す。」
「あーらーおっかなぁーい事ね!」
「つまりあいつらと我々は始祖が違う別々のグループなのだよ。
さらに分かりやすく言えば我々メシア一族はクロアリ。
奴らレギュレイス一族はシロアリさ。」
「どうするつもりだ?レギュレイスは?」
「心配ない!魔戒騎士と魔戒法師、BSAAの人間達を
使って計画に邪魔なレギュレイスを排除するさ!」
「あっ!そうだわ!私!今!凄く気になる人間の女の子がいるの!」
「誰かね?ジル・バレンタインかね?」
「いや!違うわ!烈花って名前の女の子よ!
あの子!向こう側の世界の人間の男に恋しているのよね!」
ヨハンの嬉しそうな表情にドラキュラも同意する様に頷いた。
「成程。確かに面白そうだな。」
 
(第17章に続く)