(第14章)試練

(第14章)試練
 
牙浪の世界・閑岱。
ジルは地面に突き刺さったソウルメタルの
短い棒を引き抜こうと両手に力を込めた。
だが幾ら力を入れてもソウルメタルの棒は
隕鉄の様に重く1mmも動かなかった。
しかし諦めず彼女はもう一度、両手で
地面に突き刺さったソウルメタルの棒を掴んだ。
その時、突然、彼女の目の前がフラッシュバックした。
「うっ!」
しばらくして彼女は静かに両目を開けた。
「ここは?」
ジルは周りを見渡した。
そこは真っ白な景色で天井から黒い文字のような
物体がまるで柱の様になっていた。
「ここは真魔界に続くあなたの内なる魔界よ。」
目の前には茶色のポニーテールの女性が現われた。
「嘘……でしよ?……」
その茶色のポニーテールの女性の正体はもう一人のジルだった。
証拠に自分と同じ青いウェットスーツを着ていた。
「貴方は?」
「あたしは貴方の最も恐れる存在!」
次の瞬間、もう一人のジルは目にも止まらぬ速さで回し蹴りを仕掛けた。
それは何の前触れも無い、いきなりの不意打ちだった。
故に反撃も回避もできぬまま、ジルはもろに顔面に食らってしまった。
同時にジルは白い空で一回転した後、白い床に叩きつけられた。
ジルは頬に鋭い痛みを感じ、フラフラと起き上がった。
「どっ!どうなって……」
戸惑うジルに対してもう一人のジルは淡々とこう言った。
「あたしはあなたの内なる影よ。
貴方はソウルメタルを使いこなしたいと強く願っている。
でも、それには貴方の心が強くないと駄目よ。そして貴方の心は弱い。」
「あたしはさっき認めたわ!確かにあたしの心は弱い!でも……」
「じゃ!あたしを倒しなさい!ソウルメタルを操りたければね。」
ジルは馬鹿馬鹿しくなり、もう一人のジルに背を向けた。
「背を向けないで!アンブレラ社のウィルス兵器開発、
そしてウィルスの漏えい事故で地獄と化したラクーンシティ
ラクーンシティの住民が辿った破滅の道。
それを止められずに大勢のラクーンシティ
の住民達を殺したのはあなた自身なのよ!」
ジルの馬鹿馬鹿しいと言う表情は瞬時に憤怒の表情に変わった。
同時にSTASの仲間達、
ラクーンシティの大勢の人々を助けられなかった事を思い出し、
アンブレラ社に対する憎悪と後悔の念が湧き上がるのを感じた。
「貴方に何が!」
ジルは素早く振り向くと勢い良く足を真上に振り上げた。
しかしもう一人のジルは身体を大きく逸らし、バック転をした。
その為、彼女の真上に振り上げた足のつま先は
もう一人のジルの下顎には届かなかった。
「貴方は自らの心の闇をクリスに隠し、気丈に振る舞っていた!」
「ウルサイ!」
ジルは甲高い憤怒の声を上げた。
そして拳でもう一人のジルに殴りかかった。
しかしもう一人のジルは目にも止まらぬ速さでそれを回避した。
続いて回し蹴りでカウンター攻撃を決めた。
ジルは目にも止まらぬ速さで吹き飛ばされ、白い床に叩きつけられた。
なんで?なんで?こいつはこんなに強いの?
あたしなのに!自分自身なのに!
ジルは両掌と両足を使って素早く起き上がった。
激しい嫉妬と悔しさの余り、彼女は歯ぎしりをした。
「今の貴方じゃ。あたしに触れる事すらできないわ。」
ジルは甲高く咆哮し、もう一人のジルに体当たりを仕掛けた。
だが、もう一人のジルはサッと横に避けた。
同時に大きく右脚を上げ、ジルの背中にかかと落としを喰らわせた。
ジルはそのままうつ伏せに倒れた。
さらにもう一人のジルはそのままジルの背中を踏みつけた。
続けて胸部を思い切り、足のつま先で蹴り上げた。
彼女は宙を舞い、再び白い床に叩きつけられた。
ジルは胸部と背中に激痛を感じ、しばらく起き上がれなかった。
もう一人のジルは不様なジルの姿を哀れむような物悲しい眼で見た。
「弱いわ。貴方は口先だけ。本当に心の弱さを認めたならば。
あたしを倒せる筈。でも弱過ぎて話にならないわ。
今日はもうこの辺で勘弁してあげる。」
「あたしは弱くなんか……」
ジルは弱い声でもう一人のジルに抗議したが
虚しくも再び目の前がフラッシュバックした。
彼女は我に返ると目の前には地面に
突き刺さったソウルメタルの短い棒があった。
背中と胸部に鈍い痛みが残っていた。
どうやら夢ではないようだ。
暫くしてジルはその場に座り込み、両拳で何度も地面に叩きつけた。
「くそっ!くそったれ!何がオリジナルイレブンよ!
あたしの心が弱いままで誰一人の命も救えない!このあたしが!」
「まさか?ジル?内なる魔界に取り込まれたのか?」
「へっ?」
ジルは両目に涙を溜めたまま呆けた表情で顔を上げた。
目の前には翼が立っていた。
「珍しい事がこのところ続くのう……
まさか一般人が内なる魔界に入り込むとはのう」
ジルは背中や胸部の痛みが引いて来たのでようやく起き上がった。
ジルは体育座りになった。
その隣に翼は腰を下ろした。
魔導具のゴルバは懐かしそうにこう言った。
「お主を見ておると修練時代に修行に励んでいる翼を思い出すのう」
「ああ、あのソウルメタルを持つのに俺も四苦八苦していたな。」
翼も懐かしそうに思い出していた。
「内なる魔界って何?」
「内なる魔界とは人間の精神世界の様なものじゃ」
「あのもう一人のジルが現れたわ……あれは?」
「あれはお前の内なる影だ」
「内なる影?」
「昔、俺も内なる影と闘った。俺も苦戦していたよ」
その翼の言葉を聞いていたジルは悔しそうに無言で唇を噛んだ。
 
全ての番犬所を束ねる上位機関『元老院』にある大魔導図書館。
人間の世界の仕事に置き換えれば、
番犬所は交番で上位機関の元老院は警察署に当たる。
大図書館で鋼牙と相棒の魔導輪ザルバは分厚い本のページを読んでいた。
「どうやらクナイと言う名前の魔戒法師が
賢者の石を研究していたらしいな。」
「クナイ?!おい!待て!彼女は親父の……。」
「親父の?なんだ?身内なのか?
道理で阿門法師の時みたいに懐かしい感じがする訳だ!」
「お前は暗黒騎士キバから俺や仲間達を守る為に
力を使い果たし俺の掌の上で壊れた。
だが、お前は元老院の魔戒法師達に再び魔導輪として修復された。
しかし魔導輪の修復を引き換えに
暗黒騎士キバと闘い以前の記憶を全て失った。
彼女を覚えていないのも無理はないな。」
鋼牙がさらに分厚い本のページをめくった。
その時ザルバは驚き瞠目した後、カチカチと音を立てて早口でこう言った。
新約聖書ヨハネの黙示録の基になった魔界黙示録だ!
やはり俺様の思った通りだ!」
 
(第15章に続く)