(第18章)組曲(前編)

(第18章)組曲(前編)
 
バイオの世界。
PCゲームの『DEAD SPACE』をプレイし終えた後、
パーカーの提案でクエントは烈花を誘って
エレベーターで展望台に上がって行った。
そしてエレベーターを降りると烈花は歓声を上げた。
彼女は目の前の窓に駆け寄った。
その姿はどこにでもいる普通の女の子と変わらなかった。
窓の外には三日月が浮いていた。
また月光を避ける様に沢山の星が輝いていた。
烈花はどこまでも続く海と空の地平線の彼方をずっと眺めていた。
その時、何処からか美しいバイオリンの音色が聞えた。
 
「なんでしよう?」クエントは烈花を連れて展望台の中央へ行った。
その後にパーカーも続いた。
展望台の中央には指揮者ヨハンとオーケストラ楽団が
バイオリンやビオラ等の楽器で曲を奏でていた。
曲は二コロ・パガニーニの24の奇想曲カプリース第24番イ短調だった。
「なんだかすごく楽しそうな曲だ!」
烈花とクエントは吸い寄せられるように
指揮者ヨハンとオーケストラ楽団に近づいた。
「まて!何か変だぞ!おい!クエント!烈花!」
パーカーは烈花とクエントがまるで曲に操られている様に見えた。
彼は大慌てで引き留めようと走り出した。
しかしいきなり目の前にガラスの様な壁が現われ、
先に進む事は出来なかった。
「くそっ!なんだ?壁かよ!マジか?おい!クエント!烈花!」
パーカーは両拳で壁を叩き壊そうとするが余りにも硬く壊れなかった。
烈花とクエントはオーケストラ楽団と指揮者ヨハンをバックに
お互い手を取り合い踊り始めた。
2人は曲に合わせ、身体を回転させ、お互い楽しそうに笑い踊り続けた。
更に2人は見つめ合いキスを交わした。
烈花はクエントを抱き上げ、クルクルと回り続けた。
「そう!これは貴方達の命のスコア(楽譜)です!」
「クソっ!クソっ!」
パーカーは曲に合わせて何度も
全身を見えない壁に叩きつけたが無駄だった。
一方、見えない壁の向こうでは未だにクエントと烈花は
クルクルと身体を回転させ、踊り続けていた。
「おい!そこをどいてくれ!」
背後で男の声がした。
パーカーが振り向くと白いコートの男。冴島鋼牙が時空の歪みから現れた。
「はあああっ!」
鋼牙は一直線に拳を突き出した。
すると見えない壁はクモの巣状にヒビが入り、やがて粉々に破壊された。
「烈花!クエント!」
パーカーと鋼牙は楽しそうに踊っている烈花とクエントに声を掛けた。
2人はハッと我に返った。
同時に24の奇想曲カプリース第24番イ短調はピタリと止んだ。
「あれ?」
「俺達は一体何を?」
「大丈夫か?二人共!」
「あいつか?」
「ああ、だが変だぞ!こいつは確かアディの石板に封印されていた筈だ!」
鋼牙の質問に魔導輪ザルバはそう答えた。
「こいつは一体?なんだ?俺とクエントは何を?」
「こいつは魔獣ホラーアビスコア。
どうやらお前とクエントと言う男の魂を
音楽に変えて、弄んでいたようだぜ!
下手をすれば喰われていたかもな!」
「ひいいっ!喰われる寸前だった訳ですか?」
クエントはザルバの言葉に思わず背筋が凍りついた。
ようやく我に返った烈花は魔導筆を。
クエントホルスターから鋼の牙が取り付けられた
サムライエッジを取り出し、両手で構えた。
パーカーもサムライエッジを構えた。
「畜生!俺とした事が!ホラーの術中に嵌るなんて……」
「もう!油断しませんよ!」
「さあー黄金騎士ガロ!雷牙のお父さん!冴島鋼牙さん!
お待ちしておりました!」
指揮者ヨハンは指揮棒を胸に構え恭しくお辞儀をした。
「まて!俺の息子とはどういう事だ?」
「あーそうでしたーねぇーっ!貴方の息子さんはまーだー。
産まれていませんでしたね!」
鋼牙は訳が分からずザルバを見た。
ザルバも困惑しているようだったがこう説明した。
「恐らくこいつは俺達よりも未来に復活したホラーだろう!」
戸惑う鋼牙に対し、烈花は魔導筆で魔戒文字と円を描くとハアアッ!
と気合を入れた。
すると筆からオレンジ色の光線が発射された。
しかしヨハンは指揮棒であっさりと弾き返した。
「さっきは良くも!俺の仲間の魂を弄んだな!」
パーカーは真正面からヨハンにタックルを仕掛けた。
一瞬余裕の笑みを浮かべ油断していたヨハンはパーカーに
太い両腕で身体を掴まれ、そのまま力任せに投げ飛ばされた。
「うっそーおーん。あーれーまーっ!」
彼は間抜けな声を上げ、宙へ飛んだ後、ビタンと背中を打ちつけた。
「もおーっ!痛いじゃないのよ!」
腰を押さえ、ヨハンは千鳥足で立ち上がった。
再び指揮棒を振るとまたオーケストラ楽団は演奏を始めた。
「今度もまた二コロ・パガニーニのバイオリン
協奏曲第4番二短調二楽章か?」
パーカーは何故か怒りを滲ませた。
どうやら鋼牙も同じらしい。
「何処まで人に命を弄べば気が済むんだ?」
「あーらー怒らないで頂戴!さーてーさーて
ここからは悲しく切ない恋の物語よ!
ある日別々の世界に暮らしていた女と男は恋に落ちた!
しかーしーその恋は報われる事はないの!このようにねぇっ!」
ヨハンは指揮棒を乱暴に振り回した。
その僅か数秒後、突如天井から轟音と共に青く光る稲妻が落下した。
「危ない!」
「うわわわっ!」
烈花はクエントを抱え、ジャンプした。
落雷は丁度、二人の背後に落下した。
「どっ!どうなって!」
「ホラーの攻撃だ!」
鋼牙は白いコートの赤い内側から魔戒剣を取り出し、水平に構えた。
そしてヨハンの細長い指揮棒と鋼牙の
魔戒剣は激しく激突し、火花を散らした。
「二人の恋は困難があるからこそ!激しく燃え上がるのよ!」
彼は語りつつも指揮棒を振り回し、巧みに四方八方から襲い掛かる
魔戒剣の刃を次々と受け流して行った。
「鋼牙!こいつは手ごわいぞ!」
「分かってる!」
ザルバの声掛けに鋼牙は冷静に答えた。
しかも話しつつも巧みな剣捌きでヨハンの
指揮棒の攻撃を受け流して行った。
流石のパーカーもクエントも鋼牙と
ヨハンの戦いに圧倒され茫然と立っていた。
鋼牙は一瞬の隙を突き、魔戒剣でヨハンの胸部を一直線に切り裂いた。
彼は痛みで呻き、弾き飛ばされた。
その勢いで床を仰向けのまま滑り停止した。
しかし多少切られても平気らしく素早く
立ち上がると再び指揮棒を両手で構えた。
「さあーフィナーレです!」
ヨハンはそう言うと指揮棒を両目の所で構えてサッと振った。
次の瞬間。ヨハンは指揮者の姿から両耳からコウモリに似た翼。
魔女の様な大きな鼻、
そして黒いドレスを纏った本来の姿・アビスコアに変身した。
「フィナーレを迎えるのは貴様の方だ!」
鋼牙は力強くそう言うと頭上で魔戒剣をひと振りした。
頭上に円形の裂け目が現われた。
円形の裂け目から黄金の光が差し込んだ。
眩しさの余り、パーカーとクエントは両手で顔を覆った。
しかし狼の唸り声がしたので二人は両手を退けた。
「あの鎧!一体どこから来たんだ?」
「どうやら騎士の様ですが。」
パーカーとクエントは目の前には狼を
象った黄金の鎧を纏った鋼牙が立っていた。
黄金騎士ガロである。
更に銀色に光る魔戒剣は黄金に輝く牙浪剣に変化していた。
それに気付いたパーカーは首を傾げた。
「剣まで変化している。どうやって?」
ビスコアは大きくジャンプし、変わらない指揮棒で鋼牙に切りかかった。
しかし幾ら指揮棒で鋼牙を切りつけても、
分厚い黄金の鎧が鋼牙の身体を守り、
火花は散れど、傷一つ負う事も無かった。
鋼牙は黄金の右脚でアビスコアの下顎を蹴り飛ばした。
ビスコアはそのまま宙へ吹き飛ばされ天井に直撃した後、床に落下した。
ビスコアはフラフラと立ち上がった。
「そうだわ!黄金騎士ガロ!
実はあたし達ホラーに二つの問題がある事をご存じ?」
「何の話だ!」
「一つはね!多くのホラー達がメシアを見限っちゃっているのよ!
あーらー気の毒な始祖様!」
「まさかお前?」
ビスコアはフフフフッと不敵に笑った。
 
(第19章・組曲『後編』に続く)