(第21章)賢者

(第21章)賢者
 
牙浪の世界・閑岱。
無愛想な鋼牙以外全員が恥ずかしがっている中。
たったひとり切ない表情を浮かべている仲間
がいる事に美と鋼牙は気付いた。
それは何を隠そう烈花だった。
「どうしたんだい?烈花」
額にしわを寄せ、心配した表情で邪美が尋ねた。
「いや……何でもないよ……邪美姉……」
鋼牙は邪美に向き合うと「話がある」と言って仲間達の輪から離れた。
人気のない場所で鋼牙は烈花の恋人のクエントと言う男に
ついて事細かに話し始めた。
しかも鋼牙によればその恋人のクエントと言う男が
向こう側(バイオ)の世界にいる事。
さらに烈花にとってそのクエントと言う男は
『命を賭して守りたい男』だったと。
彼女は「『さよなら』と言えば二度と会えないと思い、
『また会う』としか言う事は出来なかった事。
また時空の歪みにより過去に封印したホラーが出現した
この一連の事件が解決すれば
彼女はせっかく出来た恋人のクエントに会えなくなるのが
とても寂しいと言う事。
「『命を賭して守りたい男』か。烈花もすっかり恋する女になったね。」
邪美は自分の弟子が大人の女として成長した事に喜びを覚えた。
しかしそれと同時にこの事件が解決し、
全ての時空の歪みが消えたらその向こう側(バイオ)
の世界の恋人に会えなくなる
自分の弟子である彼女の切ない寂しい気持ちも理解できた。
「そうかい……でも……こればかりは
魔戒法師のあたしでもどうしようもないね。」
流石の邪美も複雑な表情を浮かべた。
 
鋼牙は一人、閑岱の小屋で胡坐をかき、
元老院』にある大魔導図書館から借りて来た
魔獣ホラーに関する詳しい情報が載せられた分厚い本を読んでいた。
彼は分厚いページを次々とめくった。
伯爵ホラードラキュラについての情報。
新約聖書ヨハネの黙示録の基になった魔界黙示録の詳細な説明。
それらは記載されていたがクナイと言う名前の魔戒法師が賢者の石の
研究資料は幾らページをめくっても一向に見つからなかった。
「何故?見つからない?名前だけなのか?……」
「もしかしたら?元老院の神官達が情報を隠蔽したのかもな」
「まさか!いや……ありうるな……」
その時、分厚い本のページに一枚のメモが挟まっているのが見えた。
「んっ?」
鋼牙は一枚のメモを取り、読み始めた。
「賢者の石は赤く輝く球体の姿をしているようだ。
瓶の中でほとんど動き回っていない。
しかも驚くべき事に始祖ホラーの設計図の情報が封印されていた。」
「どうやらこの先は誰かに破り捨てられて読めないな。」
鋼牙の指摘でザルバが見るとメモの先はビリビリに破り捨てられていた。
「鋼牙!やはり思った通りだ!
人間の科学者が偶然、これを手に入れて、研究した末に世間に公表した。
それでテレビで話題になったあのSTP細胞の構造とそっくりだ!」
「確か元老院付きの魔戒法師達がそのSTP細胞に
関する情報を全て隠蔽したらしいな。」
「ああ、おかげでその有名な研究所にいた
研究者が嘘付き呼ばわりされたがな。」
しかも、その研究者はSTP細胞が
存在すると未だに主張し続けているとか?」
「だが、物的証拠は無いから周囲のお偉いさんや
仲間達は誰も信じていないらしい。」
「仕方があるまい。あれは人間達が
触れてはいけない禁断の細胞なのだから。」
鋼牙は分厚い本のページからメモを抜き取り、
白いコートの赤い内側に大事にしまった。
 
白い空間に魔戒文字の黒い柱が立ち並ぶ内なる魔界。
ジルは堂々と白い床を早足で歩いていた。
やがて彼女は以前、闘って敗北した内なる影で
あるもう一人のジルと対峙した。
「仲間に励まされて希望の光を手に入れて来たのね。」
もう一人のジルは冷たく笑った。
「でも、今の貴方の力じゃあたしにかすり傷一つも負わせられないわ。」
ジルは両拳をぎゅっと硬く握りしめた。
それから白い床を力強く蹴り、駆け出した。
「はあああああっ!」
ジルは内なる影であるもう一人のジルに向かって
出来るだけ早く回し蹴りを仕掛けた。
しかしもう一人のジルは大きく上半身を後ろに逸らし、回避した。
続けてもう一人のジルは右足を大きく真上に振り上げた。
ジルは咄嗟に両手を下顎で構えた。
もう一人のジルはつま先を両掌で受け止めた。
だがそれでも蹴り上げる力は凄まじく、真上に吹き飛ばされた。
ジルは宙に弾き飛ばされたが直ぐにスタッと白い床に着地した。
それから再び白い床をドンと蹴り、駆け出した。
右脚を大きく上げ、身体を捻り、
もう一人のジルの首筋に回し蹴りを仕掛けた。
しかしもう一人のジルは右脚を左肘で受け流した。
次の瞬間、ジルは腹部に強い衝撃を感じた。
「なっ?!嘘!」
ジルが青い瞳で自分の腹部を見るともう一人のジルの
強烈な拳が深々と入っていた。
ジルは身体をくの字に曲げ、吹き飛ばされた。
しかし彼女は不屈の精神力で両足を踏ん張った。
彼女は白い床を滑った後、仁王立ちのままようやく停止した。
そしてジルは顔を上げ、青い瞳でもう一人のジルを見据えた。
再びジルは雄叫びを上げ、また白い床を力強く踏みしめ、駆け出した。
もう一人のジルは冷静にまるで機械の様に正面から突っ込んで来た
ジルの顔面にドンと蹴りを入れた。
彼女は何度もグルグルとバック転を繰り返した後、
うつ伏せに白い床にドンと叩き伏せられた。
それでもジルは諦めずフラフラと立ち上がった。
続けてまた白い床をドンと力強く踏みしめ、走り出した。
しかし彼女が幾ら内なる影であるもう一人のジルに突進しても、
全て受け流された揚句にカウンターで攻撃を返され、逆に殴られ蹴られ、
その度にジルの身体は回転を繰り返し、白い床や壁に激突した。
ジルはそれでもフラフラと立ち上がった。
既に彼女は背中や胸部を初め腕や脚も激痛で悲鳴を上げていた。
つまりもう精神も身体も限界に達していたのだ。
とにかくこの内なる魔界の空間内の時の流れが
どのくらいの早さなのか分からない。
しかし彼女は既に10時間以上は闘っている気がした。
「どうしたら?あいつの間合いに入れるの?」
すると内なる影であるもう一人のジルは両腕をクロスさせた後こう言った。
「思い出しなさい……今まで出会った人々の記憶を……」
「もしかして」
ジルは直感した。
彼女は両瞼を閉じたあと自分の心の中でこう自問した。
でもその直感は正しいのかしら?と。
間もなくしてジルは瞼を開き、青い瞳で内なる影で
あるもう一人のジルを見据えた。
「あたしは……あたしの直感を信じるわ!」
そう力強く言うとジルはもう一度。
白い床をドンと踏みしめ走り出した。
「うおおおおっ!」
彼女は大きく雄叫びを上げ、拳を硬く握りしめ、右腕を力強く振り上げた。
そして内なる影であるもう一人のジルの懐に迷わず飛び込んだ。
バアアン!
大きな衝突音と共に周囲に黄金に光る波と疾風が広がった。
彼女の拳は内なる影であるもう一人のジルの下腹部に
深々と突き刺さっていた。
「やった……」
とだけ言うと急に全身の力が抜け、その場で倒れそうになった。
しかし彼女は全身の力を踏ん張り、自らの身体を支えた。
それから内なる影であるもう一人のジルはさっきまでの殺意に満ちた
冷酷な表情から一変し、今までにない程、穏やかな笑みを浮かべた。
「飛び込んだわね。ジル・バレンタイン!」
「ええ」
「最初に言った通り、あたしは貴方の内なる影。
影を恐れれば影に呑み込まれる。
でも貴方は恐れずに踏み込んで来た!内なる影へと!
貴方はその恐れを認めたくなかったのよ。」
「そうね。内なる影。そしてあたしの心の弱さ。」
「それを知った貴方ならこれからの過酷な試練も
クリスや仲間達と共に乗り越えられるでしよう。」
「じや、仲間の待っている所。クリスの所に戻るわ。」
「そうね。仲間やクリスが貴方の事を待っているわ。」
やがて内なる影である方一人のジルはこう告げた。
「貴方の心には黄金の光があるわ。しかし気お付けなさい!
貴方の心には自分のみならず、多数の人間達や動物達の
生命を破滅させる程の強大な陰我を持っているわ。」
ジルはそれを聞いても驚かず平静を保っていた。
「それはどんな陰我?」
「その陰我は貴方のSTARS時代から存在するものよ。
その陰我は今この牙浪の世界では絶ち切れない。
断ち切るには貴方の宿敵と対決する必要がある。
陰我を断ち切れなければ確実に貴方は宿敵に陰我を利用され、
周囲の多数の人間達や動物達の生命を破滅へと導くわ。」
アルバート・ウェスカー、Tウィルス。」
ジルは無意識に宿敵の名前と自らの身体にかつて存在していた
忌まわしいウィルスの名前を口にした。
「あと宿敵以外にも貴方の陰我を狙う魔獣ホラーがいるわ。」
「まさか?ドラキュラ?」
内なる影であるもう一人のジルは頷いた。
「魔獣ホラーは陰我のある人間の匂いを嗅ぎつける習性があるの。
そいつは貴方の陰我の匂いを嗅ぎつけ、自分のものにしたがっている。」
「分かったわ。気お付けるわ。」とジルは答えた。
 
(第22章に続く)