(第25章)妖怪

(第25章)妖怪
 
その日の夜の閑岱。
先程、大きなノイズが無線機から聞こえたので
不審に思ったジルは無線機を耳に当てた。
「応答願います!」
「ザーザーザーザー」
無線からノイズ音が聞こえ続けたあと女の声が聞えた。
「ザーいつまでも!ザーいつまでも!ザーいつまでも!」
「もしもし応答願います!」
「いつまでも!いつまでも!いつまでも!ザ―ザーザー」
「もしもし?一体何なの?」
ジルは微かに苛立った。
「いつまでも!いつまでも!いつまでも!ザッ!ザザッ!ブチッ!」
やがて無線機は切れた。
「なんなの?まさか?ホラー?」
ジルは怖くなり、誰かに相談しようと思い立った。
でも誰に?クリス?でもやはり鋼牙か翼に相談を?
そこに邪美法師が現われた。
「どうしたんだい?」
ジルはさっきの無線の女について話し始めた。
「うーむ、成程ね。そいつがホラーの可能性があるんだね?」
「ホラーかどうかは分からないけど。」
「今何時だい?ついでに今日の月日は?」
ジルは自分の腕時計を見た。
「6時20分。6月17日。あっ!」
ジルは気付いたと同時に悲しみの表情になった。
「今日はママの命日……」
暫く邪美は考え込んでいたがやがて静かに口を開いた。
「その無線機貸してごらん!」
「ええ、いいけど」
ジルは邪美に無線機を渡した。
邪美はおもむろに魔導筆を取り出した。
無線機を片手に持ち、邪美は魔導筆で文字を描いていた。
ジルが横から覗き込むと『音信通話』と書かれていた。
しかし無線機からは一切反応が無かった。
暫く考え、邪美は何かまた文字を描こうと魔導筆を振りかけた。
その時、無線機から女の声がした。
「いつまでも!ザーピィーッ!いつまでも!
ザーガーピィーッ!いつまでも!ザーガッ!」
邪美は再び魔導筆で『探知』の文字を描いた後、静かに瞼を閉じた。
ジルが見ると彼女は何かを探る様に眉がぴくぴく動いた。
その間、無線機から相変わらず『いつまでも
言う女の声が聞え続けていた。
やがてふと女の声が止んだ。
邪美は静かに目を開けた。
「成程、これは妖怪の仕業だね」
「よっ!妖怪?」
「行ってみれば分かるよ!場所も分かったからね!」
邪美はジルの手を握り、歩き始めた。
「ちょっと!何処に?」
「決まっているだろ?その妖怪はどうやらあんたを待っているようだ。」
邪美はジルの手を握り、スタスタと歩き続けた。
「わあああっ!ちょっと!」
大慌てでジルは邪美について行った。
それから邪美は時々、魔導筆を振り、
まるで位置を探る様に暫く瞼を閉じた。
「ふーん。魔戒の森の入口の祠の前か?」
微かに笑い邪美はジルと共に暗い森の長い道を歩き続けた。
 
閑岱の別の深い別の森。
ガーゴイル事、倉町公平は大きな切り株の上に大きな造形の粘土を
両腕でこねて人間の女性の大きな両乳房を一心不乱に作り続けていた。
そこにドラキュラが現われ、両瞳を爛々と深紅に輝かせた。
「美しいおっぱいだ!」
「確かに美しいですね。」
倉町はしばらくうっとりとした表情で改めて見本のジルの写真通りに
自分が造った大きな両乳房の造形を眺めていた。
ドラキュラは気紛れに倉町にこう打ち明けた。
「実は最初は烈花法師を求めてこの閑岱の地に来た。
彼女を狙った理由は『魔王レヴィアタン』の強大な魔導力を利用して
あの強い邪美法師、黄金騎士ガロを初め、
鷹麟の矢を操る白夜騎士ダンさえも破壊不可能な巨大な結界を作る事だ。
そして巨大な結界の中で私と烈花法師は神聖な儀式を行い、
強く結ばれる。当初はその予定だった。」
「何故?強大な魔導力を持つ魔戒法師の烈花では無く
一般人の女のジルを手に入れようと?」
「実は過去に私は幼い頃の彼女の命を救った事があってね。」
余りにも意外なドラキュラの過去に倉町は驚き目を丸くした。
私はセディンベイルを封印した魔導書を盗んだ時に
大勢の闇に堕ちた魔戒法師達を捕食したよ。
ついでに多数の悪しき人間達も私の栄養分
として結界の形成に利用させてもらうつもりだ。
何故なら?烈花法師が持つ、
魔王レヴィアタンの膨大な魔導力を使う必要が無くなった。
だから私は出来るだけ膨大の魔導力を蓄え、
自力で強力な結界を作る必要がある。
でなければジルとの神聖な儀式の最中に邪美法師、
黄金騎士ガロ、白夜騎士ダンに邪魔されてしまう。」
うーむ、何故?ドラキュラ伯爵殿は一般人の女のジル選んだのだろう?
彼女には始祖ホラー『ソフィア・マーカー』
を創り出すに値する特別な才能があるのだろうか?
ドラキュラはふと考え込んだ倉町を見るなり
何故かフフフッと反射的に笑った。
「別に彼女に始祖ホラー『ソフィア・マーカー』を創り出すに
値する特別な才能があるとは考えてはいないよ。
ただ私は人間達がこだわる善と悪に強い興味があり、
長い年月を自分なりに考えて来た。
そう、何故?人間の肉体と魂を喰う、我々魔獣ホラーが生まれたのか?
何故?魔戒法師や魔戒騎士は善の光になり。
我々魔獣ホラーは悪の闇となり。
魔戒騎士や法師達は世代を交代してまで何故永遠に我々と闘い続けるのか?
何故?善人だった人間が突然、
自分の親や他人の幼い子供の命を奪おうとするのか?
ジルは自分の幸せよりも他人の幸せを優先している。
もし善人で人間の道徳と法律の檻を破る
邪悪な術を知っている自分自身が現われたら?
そして本当に人間達が造り出した正義のヒーロー達が主張する様に
悪の力は善の力によってその邪悪な術を知る
自分自身は永遠に消滅するのだろうか?」
「成程、ずいぶんと難しい事を考えてらっしゃいますね。」
倉町は苦笑いを浮かべた。
 
閑岱の森。
魔界の森の入口の祠の前に続く長い森の道を暫く歩いている内に
邪美はふと思いつきで鋼牙に頼み、ザルバを連れて行く事にした。
ジルと邪美は森の中を歩き続けた。
ジルはふとザルバにこう尋ねた。
「そう言えば?魔導具や魔導輪に封印されている
魔界の生物って天使とか聖獣なの?」
「違うぜ!お嬢さん!俺様は魔獣ホラーだ。」
「えっ!嘘!そっ!」
ジルは血の気が引き、その場に棒立ちになり、2、3歩後退した。
「カカカカッ!逃げるな!逃げるな!何もお前さんの魂を取って食おうなんざしねえぜ!
むしろ俺様人間が好きだ!もちろん食い物としてじゃないぜ!」
「なんで?魔獣ホラーが魔戒騎士や魔戒法師に協力を?」
「俺様やあのゴルバ爺さんを初め、ホラーの中にも
『人間とホラーは共存できる』と考えている奴らもいてな!
それで魔戒法師が俺様ホラー達を指輪やネックレス、ペンダントの
魔導具や魔導輪に封印し、魔戒騎士達は俺様ホラー達と契約する。
『魔戒騎士の一日分の命が俺様の一カ月分の命』としてな。
こうして俺様ホラー達は同族のホラーを探知する力を用い魔戒騎士に
ホラーの知識と弱点などのアドバイスを与え、
無闇に人間を捕食する魔獣ホラーを退治しているのさ!」
「へえーそうなんだ!ホラーにも色々な立場があるのね!」
「だから俺様もゴルバ爺さんも人間の味方だ!心配するな!」
ジルはザルバの話を聞き、ようやく安心し平静を取り戻した。
それから何時間か歩き続ける内に目的の場所に辿りついた。
そこは人一人が入れる程の大きな扉の付いた祠の前だった。
「ここが魔戒の森の入口さ」
邪美はそう言うと魔導櫃を正面に構えた。
両手で大きく『開眼』問う文字を描き、大きく円を描いた。
すると円の中の『開眼』と言う文字が真っ赤に輝いた。
続けてバーンと言う破裂音と共にジルと
邪美の正面の景色が大きく歪み始めた。
やがてスーツとジルを呼び出した妖怪が姿を現した。
その妖怪の姿は顔が人間の様で曲がった嘴に鋸の様な歯が並んでいた。
身体は蛇の様で両足の爪は剣の様に鋭く、翼長は4・8mもあった。
「やっぱり、思った通りだねぇ。」
邪美は得意げな表情でジルに目の前に現れた妖怪について解説した。
「こいつは妖怪・死伝鳥だよ。
昔から魔戒法師達はこの妖怪の事を死伝鳥と呼んでいるけどね。
江戸時代の昔の人間達は『以津真天』と呼んでいてね。
昔の妖怪画集『今昔画図続百鬼』を描いた
一般の人間の鳥山石燕が名付けたらしいよ。」
 
(第26章に続く)