(第26章)真実(前編)

(第26章)真実(前編)
 
魔戒の森の入口の祠。
こいつは何故?生まれたんだ?この妖怪はジルに何を伝えようとしたんだ?
邪美は再び目の前に現れた死伝鳥事。以津真天に向かって魔導筆を構えた。
すると邪美の指に嵌められた魔導輪ザルバがカチカチとこう言った。
「おい!この思念は?信じられん……」
ザルバは口を半開きにしたまま唖然としていた。
「どうしたんだい?ザルバ!」
邪美は怪訝そうに尋ねた。
「ザルバ!一体誰の思念だい!」
「まさか」
死伝鳥はみるみる人の姿になって行った。
その人の姿は何処かジルによく似た女性だった。
年齢は23歳位で茶髪のショートヘアーにジルと同様、
スレンダーな体格で青い瞳をしていた。
更に胸元は大きく開き、胸の谷間が良く見え、
全身は真っ黒な彼女のスレンダーな体格に
フィットしたスーツの様な魔導衣を着ていた。
両足には赤いハイヒールが履いてあった。
「まさか?嘘でしよう。」
ジルは口をポカンと開け、目の前の女性を見ていた。
邪美をおずおずと口を開いた。
「まさか?クナイ法師?」
ジルは驚きと興奮で言葉も出なかった。
「まさか、死伝鳥の正体が」
「ええ、驚くのも無理はないわ。
本来、死伝鳥は人間達に恐れられた妖怪よ。」
「ああ、この妖怪は戦乱や飢餓などで亡くなった人間の死体を
放置しているとどこからかこの死伝鳥が死体のある木に止まり、
『いつまで死体を放置するんだ!』と言う意味で
いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも
と執拗に鳴き続けると言われている。
また死伝鳥は戦乱や飢餓で死んだ人間達の怨念が凝り固まり、
鳥の形に成って妖怪化したとも言われている。
だがな死伝鳥の中には別の理由で怨念では無くこの世に未練を残し、
強い思いを持った霊が鳥の様に変化してこの妖怪なる事が
魔戒法師の調査から判明しているって話だぜ。」
ザルバはカチカチと解説した。
「つまり何故?あんたがしかも法師であり、
一般の人間とは全く関わりが無い筈のジルをここに
呼び出したのは何か理由があるのだろ?」
「それに気になるのは『いつまで』と鳴き続けた意味を知りたい。
きっとジルもそう思っている筈!」
邪美はジルの顔をチラリと見た。
「ええ、話すわ!あたしが伝えたかった真実を。」
クナイは決意の表情を浮かべそう言った瞬間、
周囲の茂みがガサガサと大きく揺れた。
「なっ?なんなの?」
「まさか?」
「邪美!ジル!ホラーの気配だ!しかも19体もいるぞ!」
「うっ!嘘?!」
やがて茂みから白い死人の様な両目に2本の長い触角。
背中から悪魔と天使の両翼を持つ、19体の素体ホラーが姿を現した。
「キシャアアアアアッ!」
素体ホラー達は鋭い2本の牙を剥き出し、大きく吠えた。
「下がってなさい!ジル!」
「ママ?まさか?」
「魔獣ホラーを狩るのはあたし達魔戒法師の仕事なの!」
邪美は「でも」と言い掛け、走り出そうとしたジルを制止した。
そして彼女は両脚をジタバタさせてもがくジルを遠くにやった。
クナイは両腕を伸ばし、真っ黒なスーツの腰から
2本の魔導筆を取り出した。
19体の素体ホラーは一斉にクナイ法師に襲い掛かった。
クナイ法師は両手の魔導筆を目にも止まらぬ速さで
『銀弾』の文字を描き、円を描いた。
すると前方と後方に向けた魔導筆の先端から次々と銀の弾丸が発射された。
発射された銀の弾丸は前方と後方にいた
2体の素体ホラーの身体を撃ち抜いた。
両腕をクロスさせたり、大きく広げたりを交互に繰り返し、
魔導筆の先端から次々と銀の弾丸を発射した。
魔導筆から放たれた銀の弾丸
後方の斜め左右の位置にいた8体の素体ホラーの身体を。
続けて左右斜め前方の位置にいた
8体の素体ホラーの身体を正確に撃ち抜いた。
銀弾に撃ち抜かれた体の素体ホラー達は断末魔の甲高い叫び声を上げた。
その後、黒い血を放ち、爆四散して行った。
続けてクナイ法師は長くしなやかな両脚を広げた。
そして一匹の素体ホラーの首を両内太腿で挟み、瞬時に絞め上げた。
更に素体ホラーの首を両内太腿で挟み、絞め上げたままクルクルと
車輪の様に身体を回転させ、両手の魔導筆で
『銀弾』の文字を描き、円を描いた。
同時に左右の『銀弾』の文字から銀の弾丸が次々と放たれた。
続けて左右の8匹の素体ホラーは銀の弾丸で撃ち抜かれた。
8匹の素体ホラー達は甲高い断末魔の叫び声を上げた後、
どす黒い血を放ち、爆四散した。
彼女は遠心力を利用し、最後の素体ホラーを地面に向かって放り投げた。
最後の素体ホラーはそのまま吹き飛び、
まるで墜落機の様に土煙を上げ、地面に激突した。
墜落した素体ホラーは青い両瞳を爛々と輝かせた。
そして目の前にいた邪美法師を威嚇するように大きく吠えた。
キシャアアアッ!
 素体ホラーは天使と悪魔の両翼を大きく広げ、勢い良く飛翔した。
「逃がさないよ!」
邪美は魔導筆で『雷』の文字を描き、円を描いた。
やがて邪美の魔導筆で描いた『雷』の文字から黄金の稲妻が放たれた。
素体ホラーは甲高い断末魔の叫び声を上げ粉々に砕け散った。
「貴方やるわね」
クナイ法師は邪美法師の法術の腕を感心した様子で見ていた。
ジルはクナイ法師と邪美法師が
次々と素体ホラーを倒す姿を茫然と見ていた。
彼女は驚きと興奮で言葉が出なかった。
それから2人の魔戒法師が19体のホラーを
倒してから30分余り経過した。
しばらくしてクナイ法師は静かに口を開き、自分の過去を語り出した。
それによるとジルのお父さんと
結婚する前の名前は『冴島クナイ』である事まず明かした。
「冴島?まさか鋼牙の?」とジル。
「いやいや、待ってくれよ!クナイ法師とジルは……」
「そう、あたしはジルの母親よ。」
クナイ法師は邪美の疑問にそう答えた。
ジルは思い切って自分の母であるクナイ法師に疑問をぶつけた。
「なんで?ママが魔戒法師なの?」と。
「それは順を追ってちゃんと話すわ。」
クナイはそう前置きした上で話を続けた。
「あたしは冴島大河の妹として生を受けたの。」
「冴島大河は鋼牙の父親だね。」
「じゃ?あたしのママは黄金騎士ガロの称号を
受け継いだ魔戒騎士の生まれだったの?」
ジルは今まで知らなかった自分の母の真実にただただ驚いていた。
一方、邪美もザルバもクナイ法師が
ジルの母親だと言う真実にただただ驚いていた。
暫く彼女は兄の大河とコンビを組み、魔獣ホラーを狩っていたらしい。
後に魔獣ホラーを狩る兄の大河と
両親とは違う道を歩んで見たいと考えるようになった。
彼女は厳しい勉学に励み、
魔獣ホラーの生態を研究する『魔獣生態学者』になった。
ある日、真魔界の巨大な荒野の大地の裂け目から、
赤い未知の物質が発見された。
「その赤い未知の物質こそ!賢者の石」
「賢者の石ってあの伝説のエリクサ?」
クナイは静かにうなずくと話を続けた。
そして賢者の石はクナイと他の魔戒法師の手により研究が行われた。
賢者の石には始祖ホラーの能力を宿している事が判明している。
更に賢者の石の力によって始祖ホラーの能力を受け継ぎ、
独自に進化した素体ホラーの突然変異体が確認された。
「成程、そいつがドラキュラ伯爵だな。」
そして賢者の石を研究していた自分と魔戒法師達は
闇に堕ちた魔戒法師達の手によって仲間の魔獣生態学者を次々と殺害し、
賢者の石と素体ホラー突然変異体と全ての研究資料を全て盗み出したの。
自分は無我夢中で自分の命を守る為に異世界に続く結界を作り、
命からがら逃亡したと言う。
「自分は自分の命を守るのに必死だったから
闇の魔戒法師達はどうなったか知らない」ようだ。
自分は異世界に続く結界を通り、向こう側(バイオ)の世界に逃げ出した。
そして一人途方に暮れていた自分に救いの手を差し伸べてくれた
異世界の一般人の男性がいたと言う。
 
1971年。12月24日。
ニューヨークの街はクリスマス・イヴでにぎわっていた。
大勢の人々は自分の子供、友人、恋人に
クリスマスプレゼントを買おうと店の中を行き交っていた。
一人、人混みの中に紛れて茶色の短い髪に茶色の瞳に
青いマフラーとジャンバーを着た男が雪に覆われた道を早足で駆けていた。
何処に急ぐ訳でも無くただ走り続けていた。
 
(第27章・真実『後編』に続く)