(第28章)鉄橋

(第28章)鉄橋
 
翌朝の閑岱。運命の日。
閑岱の魔戒法師の練習場になっている広場には邪美法師の
呼びかけで翼、鋼牙、邪美、烈花、クリスが集まっていた。
更に遠巻きに鈴と我雷法師と見習いの魔戒法師の女の子達が立っていた。
ジルは広場の地面に突き刺さっているソウルメタルの短い棒の前に立った。
「いよいよだな…」とザルバ。
「持ち上げられるのだろうか?」とクリス。
「大丈夫!ジルなら持ち上げられるさ!」
鋼牙は邪美が余りにも自信満々にそう言うので気になった。
「昨日の真夜中に何があったんだ?」
「えーと後で説明するよ。」
その横でまるで門番の様に翼が厳しい表情をしたまま立っていた。
ジルは両手を伸ばし、地面に突き刺さった
ソウルメタル製の短い棒をしっかりと掴んだ。
周囲には張り詰めた空気が漂った。
ジルを初め、皆、誰もが緊張していた。
今まで彼女の周りで起こった様々な出来事。
これらの出来事が彼女の心にどう影響を与えたのか?
「がんば」と烈花は小さな声で応援した。
ジルは深く深呼吸をすると瞼を静かに閉じた。
あたしは自分の心の弱さを認めた。自分の心は弱い。でも……。
そして頭の中で自分の両親。
今まで出会い共に戦って来た仲間の顔を思い出した。
クナイ法師、つまり自分の大好きなお母さん。
そして命からがらあたし達の世界から逃げて来た大好きな
お母さんの命を助けた上にお母さんに
家族の幸せを与えてくれた優しいお父さん。
昔のかつての仲間達、ケルベロスと言う犬のゾンビに襲われ、
死んで行ったSTASのアルファチームのジョゼフ。
追跡者ネメシスT型に殺されたSTASの最後の隊員だったブラッド。
続いてお互い協力し、怪物に立ち向かった末に
どうにか洋館事件の最後まで生き残った
アルファチームとヴラヴォチームの仲間達の顔も思い浮かべた。
バリー、レベッカ。更に生き残る為に怪物に
立ち向かい結局、命を落とした仲間達。
リチャード、エンリコ、フォトレスト。(主にヴラヴォチームの仲間だ)
元仲間であり、裏切り者のSTAS隊員のウェスカー。
そう、あいつはグラサンをかけ、今日も不敵な笑身を浮かべている。
ラクーンシティの崩壊の際に出会った
アンブレラの傭兵のカルロスとミハイル。
2人のお陰でラクーンシティの脱出の際は
心の支えになったし、凄く助けられた。
しかもカルロスはあたしがネメシスに襲われてTウィルスに感染した時、
命懸けで死者や怪物の巣窟となった
病院へ行ってワクチンを持って来てくれた。
彼がいなかったらあたしはここにはいなかったわ。
鋼牙やクリス、烈花、邪美、大好きなママ、皆の言う通りだった。
そして今も新しいBSAAの隊員達にあたしの命は支えられている!
今でもクリスがいるし!それにここに来るまでに様々な
異世界や平行世界で大勢の人達に会ったじゃない!
そしてBSAAの隊員、パーカー、カーク、クエント!
皆、大切な人達や世界を守る為に命を懸けて闘っている!
あたしはそれにようやく気付いた!
あたしは一人じゃない!
だからママも19体のホラーが一気に襲ってきてもあんなに強かった。
それは……あたしが大事な大事な娘だから……
あたしを命懸けで守りたいから……。
次の瞬間、地面に突き刺さっていたソウルメタルに変化が起こった。
今まであんなに重くて幾ら力を入れても持ち上がらなかった
ソウルメタル製の短い棒が徐々にまるで羽毛の様に軽くなって行った。
ジルはゆっくりとソウルメタル製の短い棒を持ち上げて見た。
ソウルメタル製の短い棒は嘘の様に突き刺さった
地面からするすると抜けて行った。
彼女は真剣な眼差しでソウルメタルの短い棒を見据え、持ち上げて行った。
とうとうジルは地面から抜いたソウルメタルの
短い棒を青く澄み渡った空に掲げていた。
「何と……」
それを見ていた我雷法師は驚愕の表情を浮かべた。
周囲に似た見習いの魔戒法師の女の子達も宝石のような茶色の瞳を輝かせ、
ジルがソウルメタルを持ち上げる様子に釘付けになっていた。
「なんてこった……青い目のお嬢さん!
とうとうソウルメタルを持ち上げちまったぜ!」
「あーあっ、あたしの完敗だな。」
烈花は嬉しそうな表情だったが少しだけ悔しさも混じっていた。
「普通の人間が持ち上げるとは……。俺の執事のゴンザ以来だな。」
いつも冷静な鋼牙も驚き、口をポカンと開けていた。
クリスは大喜びで大きくはしゃいだ。
「よくやった!ジル!」
「やはり彼女にソウルメタルを操る資質があるのだろうか?」
翼も驚きを隠せないものの冷静に考えていた。
「常人でソウルメタルを、持ち上げる人間は珍しいのう。
それに閑岱から元老院に噂が広まって大騒ぎになるかも知れん。
わしはそれだけが心配じゃな。」
ゴルバはホウとため息を付いた。
 
ソウルメタルを持ち上げた後、ジルは彼の部屋で
鋼牙に昨日の真夜中に起こった出来事を事細かに話した。
「まさか……クナイ法師が?お前のお母さん?どういう事だ?」
「そのクナイ法師によれば俺様達やお前達の知らない場所で
こちら側(牙浪)と向こう側(バイオ)のガラス瓶の中の別々の世界の
場所を繋げる鉄橋のような物が存在していたのでは?
と考えているようだぜ。」
「しかもあたしや貴方の知らない所でこちら側(牙浪)
と向こう側(バイオ)の別々の世界が干渉し合っていた。
それはあたしとクリスが時空の旅を始める以前から
存在していた時空の歪みだと思う。」
「そんな事が……何故?」
「理由がどうであれ。お前とジルは家族だった訳だ。
兄の大河の息子が鋼牙で妹のクナイの娘がジルだった。そう言う事さ!」
しばらくしてザルバは再び口を開いた。
「だが同時に厄介な事実も判明した訳だ。
俺様達のこちら側の(牙浪)の世界と
青い目のお嬢さん達の向こう側(バイオ)の世界。
両者が干渉し合う場所がクイーン・ゼノビア
と言う元沈没船の他にも存在すると言う事だ。
しかもそこから何も知らない魔戒法師や魔戒騎士。
或いは魔獣ホラーが侵入しているも知れないな。」
「成程、でも、今までそれらしき人物や怪物は見た事が……」
「おいおい!俺達は闇の中の存在だぜ!
それに無闇に一般人に見られない様に魔戒騎士も法師も気お付けている。
本来なら、BSAAのお前達も魔戒騎士や法師、
ホラーに会った記憶を消さないといけないのだがな。
だからこの事は元老院や番犬所の魔戒騎士や法師達には秘密さ!
バレたらこちらも色々面倒になるからな。」
「なんだか。迷惑をかけているようで……」
「気にするな。鋼牙も俺様も人に迷惑を
かけられるのには慣れているからな。」
「ああ、特に妻のカオルには色々迷惑をかけられた。」と鋼牙。
「むしろ迷惑をかけていたのはお前だろ?」とザルバ。
「だが、お陰で大切な内なる何かを掴んだ。」
「まあ、もの事には善し、悪し、あるからな。」
鋼牙の言葉に何故かザルバは妙に納得してしまった。
 
閑岱の邪美の部屋。
「どうだい?酒酔いは覚めたかい?」
「ああ、無事覚めたよ。どうやら昨晩の君の
バケツ一杯の水がかなり効いたようだ。」
「あれは酔い醒めの術さ。師匠の阿門法師から教わった。」
邪美は得意満面の笑みを浮かべた。
「便利な術だな。俺以外にも悪酔いして
女を連れ込むグラインダーにも効果覿面かもな」
クリスは思わず苦笑いを浮かべた。
「あっ!そうだ!例のあの武器!出来たよ!」
彼女は懐から銀色に輝く異様な長い銃身を持つマグナムを取り出した。
「布道レオ法師があたしの頼みを聞いてくれてね。
改造してくれたよ。あとは」
懐のポケットからはバラバラとたくさんの箱が出て来た。
「おいおい、懐のポケットは四次元なのか?」
「まあ、そう言ったところかな?」
邪美の説明によれば彼は鈴に渡した例の試作の魔導衣のスーツの開発
と並行して余った魔戒超合金を利用してペイルライダーを改造したと言う。
それに彼は異様なマグナムの形に興味津々で
かなり楽しそうな様子だったそうだ。
さらに彼はホラーを封印出来る魔導力を封じ込める特殊な魔導具を開発し、
通常のマグナムの弾に魔獣ホラーを封印出来るだけの魔導力を
特殊な魔導具で封じる作業を徹夜で行い。
まさに魔戒法師の魔導具職人自慢の一品となった。
だからこれで攻撃すればクリスでも素体ホラーや
人間に憑依した後の魔獣ホラーでも封印する事が出来ると言う。
「凄いな。本当に。彼に俺から心から感謝すると
今度会った時、伝えてくれないか?」
「もちろん伝えるよ!これで魔獣ホラーにひと泡吹かせられるな!」
「ああ、そうだな」
2人は嬉しそうにその改造されたペイルライダーを見ていた。
これで俺も魔獣ホラー達に対抗出来る!
魔獣ホラー共!人間の本当の強さを見せてやる!そして俺は……ジルを。
彼はこれか本格的に始まる魔獣ホラー達の闘いを前に新たに決意を固めた。
 
(第29章に続く)