(第29章)幸福

 (第29章)幸福
 
鋼牙は号竜と言う名前の機械仕掛けの
魔戒獣の中に入っていた手紙を読んでいた。
元々号竜は余り戦闘経験が無い若い世代の魔戒法師が
下級ホラーの封印を容易に可能にする画期的な発明品だった。
しかしこの時空の歪みの事件が起こる3日前のある日、鋼牙の妻のカオルが
「遠出をしている大切な人に手紙や荷物を届ける
便利な号竜がどうだろうか?」
と言うアイディアを不道レオ法師に提案し、開発されたものである。
それは分厚い号竜の魔界超合金と魔導衣の布を
材料に耐久性を上げる様に改造を施した。
さらに内部に大きな箱のような空間を作り、
そこに手紙や荷物が入る様に造った。
試作型の号竜は開発され、現在は御月カオルとゴンザ氏が
この号竜を愛用していると言う。
そしてその号竜の箱状の内部には妻の
御月カオルからの手紙が入っていたのである
手紙の内容は「自分が鋼牙の子供を妊娠したので新しい家族が出来た」
「名前はまだ決めていない」と書かれていた。
「しかも冴島家に仕えている執事のゴンザもかなり大喜びしているようで
赤飯を炊いて、豪華な夕食になるらしい。」とも書かれていた。
「今日は帰って来れそう?」
という文章もあったが、やっぱり今日は無理そうだ。
ドラキュラやセディンべイル、ガ―ゴイル、レギュレイスと言った
魔獣ホラー達がこの閑岱や人里付近に潜伏している以上、
ここを離れるわけにはいかないだろう。
「鋼牙!おめでとうだ!」
「ああ、感謝する!翼!」
笑顔で祝いの言葉を述べる翼に鋼牙は笑みを浮かべた。
しかしその表情はどこか複雑だった。
彼にとってかけがえのない大事な人。
カオルと鋼牙の幸福は自分も邪美法師も
烈花法師も多くの仲間が強く望んでいる事だ。
それを強く望むが故に翼は鋼牙の複雑な表情を見るなり、こう尋ねた。
「どうした?まさか?カオル殿と何かあったのでは?」
すると鋼牙は邪美法師から聞いた話を翼に伝えた。
翼はしばらく目を閉じ、無言で聞いていた。
やがて口を開きこう言った。
「やはり……クナイ法師は生きていたのか……」
翼はジルが持っていた絵本の表紙に狼を象った黄金の鎧と
両手に黄金に輝く長剣を構えた騎士の姿が描かれていた事を話した。
つまり彼女の絵本に描かれているのは
紛れもなく黄金騎士ガロだったと言う。
「まさか本当にあの魔戒法師の歴史書の記述の通りだったとはのう。」
ゴルバもやはりそうだったかと言う表情をした。
「まさか?彼女も絵本を?」
「ああ、邪美法師によれば彼女のお母さんは自分が魔戒法師であり
冴島クナイと言う名前だと上手く伝えられる自信が無かった。
だから母は愛する娘のジルの為に『クナイの冒険』
と言うタイトルの絵本を描いたそうだ。」
「つまり!兄の大河の息子が鋼牙で
妹のクナイの娘がジルだったと言う事さ!」
「ああ、だからこそ悩んでいる。俺はバラゴの一件で親父を失い。
唯一の家族と呼べる者は執事のゴンザだけだった。
だが、今は妻のカオルがいる。今、俺とあいつの子供も出来たからな。」
「それに加えて大河の妹の冴島クナイの娘のジル・バレンタイン
あの青い目のお嬢さん。これで5人家族だな。
ついでにお前の家に居候している不道レオを加えれば6人家族だな。」
ザルバはカカカッと笑いそう言った。
「ああ、そうだな。」
鋼牙はつられて穏やかな笑みを浮かべた。
翼は改めて鋼牙に向き合い、力強い声でこう言った。
「俺は今でも君の家族……
ジルのその強い決意に満ちた青い瞳を信じている!」と。」
「成程!では俺も彼女のその強い決意に満ちた青い瞳を信じてみよう!」
鋼牙も翼の話を聞きそう力強く答えた。                     
 
閑岱の近くの深くの森。
ドラキュラは再び深い森に現在生き残っているホラーを集めた。
園田優理亜事、セディンベイル。
倉町公平事、ガーゴイルの二人である。
「さてあと数日でレギュレイスが一族を復活させる儀式を行うだろう。
こちらの計画もようやく準備が整った。まずガーゴイル!例の造形を!」
「かしこまりましたドラキュラ様。」
倉町公平は完成した彫刻をドラキュラに見せた。
彼が完成させた彫刻はジルとドラキュラ伯爵
の両方の特徴を持った魔獣ホラーだった。
ドラキュラはジルと自分の両方の特徴を持つ魔獣ホラーの彫刻
見ている内余りにも繊細で美しい姿に溜息を付いた。
「素晴らしいまるで女神の様だ!
彼女譲りのおっぱいもお尻も最高に美しい!
私とジルの特徴もしっかり理解し!表現されている!!すばらしい!!」
ドラキュラはパチパチと拍手し、倉町の造形を絶賛した。
「やはり君には確かに才能がある!
だからこそ!この造形は素晴らしいんだ!」
彼は倉町を褒め称えた。
「こんな……私にはもったいないお言葉で……」
倉町は感極まり、思わず泣き出し、メガネを取り、涙をぬぐった。
彼はドラキュラがここまで自分の造形を絶賛し、
誉め称えられた事が信じられなかった。
そんな様子を園田は複雑な表情で見ていた。
やがて彼女は静かに口を開いた。
「ドラキュラ様!知っていますか?女に子と書く文字を」
「ああ、知っている!『好』と言う文字だろ?」
「貴方はジルと言う名前の人間の女の事を?」
「好きなのか?と言う事か?」
「はい」
「本来、魔獣ホラーは人間の肉、血、
魂を喰らうのが目的であり、人間と交わる事は無い。
だが私は食料と言う意味では無く純粋に
彼女の肉体と精神が欲しいと思った。」
園田は黒い革ジャンの服の懐から魔界黙示録の本を取り出した。
そしてページを開き、ドラキュラに見せた。
「この魔界黙示録の内容通りの事が起これば
真魔界に住む何万何千の素体ホラー達が救済される。
しかもその為にはジルの肉体と例の機能が必要だろ?」
「その通り、君にはジルに魔界黙示録の事を伝える事だ。
彼女がいずれ辿る運命を早めに知らせなければ。」
「ところで例の機能とはなんでしよう?」
「君と私に無くて、園田と彼女の肉体のみ備わっている機能だ!
人間の男の肉体に無くて女の肉体にある機能、分かるかね?」
「うーん、あっ!そうですか!さすがドラキュラ様!
魔獣ホラーと人類の領域を超えつつありますね!」
いつの間にか泣き止んでいた倉町が嬉しそうに言った。
「そう、魔獣ホラーと人間の境界線を越えた先に神の扉があるのだ。」
「では、魔界黙示録の真実の彼女の運命を伝えるのはお任せ下さい!
ドラキュラ様!」
「ああ、任せるよ!彼女は確実な機会の内に手に入れておきたいな……。
それから邪魔なレギュレイス一族の排除を鋼牙達にさせなきゃな。」
「色々忙しいですね」
それから気が付くと既に園田は姿を消していた。
「あっ!そうだ!この際!これも教えて下さい!
彼女の肉体を手にれる為に一体?
何人の悪に堕ちた人間や魔戒法師達を喰ったのですか?」
ふと思いついた倉町の質問にドラキュラは
フフフッと笑った後、丁寧に答えた。
「少なくとも100万人位は喰ったかな?まあこれだけ栄養を蓄えれば
魔戒騎士や法師でも破壊不可能な強力な結界が造れるだろう。
そして彼女との神聖な儀式の日は既に目前まで迫っている!
彼女が魔導書に封印された後、神聖な儀式を始めるつもりだ!」
ドラキュラは改めて倉町事、ガーゴイルに向き直るとこう言った。
「そして君には魔戒騎士や魔戒法師と
闘うよりも大事な仕事を任せたい!!」
倉町事、ガーゴイルは静かに「分かりました!仰せのままに!」と答えた。
 
閑岱の魔戒法師の練習場になっている広場。
クリスは鋼牙の指導の元、ソウルメタルの闘い方の練習を
している様子を真剣な眼差しで眺めていた。
それから練習が終わり、休憩しようと
鋼牙とジルはクリスの隣の縁側に座った。
暫くしてクリスはふと何かを思い出したように懐から新聞を取り出した。
「おい、そう言えば?今日の新聞読んだか?」
「新聞?向こう側(バイオ)世界の新聞
なんてここ数日読んでなんかいないわよ。」
「ほら、最近、話題になったあの科学者。
とうとう研究所を退職するらしい。」
「ふーん、STP細胞の研究論文はやっぱり嘘だったのね。」
鋼牙はジルの『STP細胞』と言う言葉を聞き、驚き急に声を上げた。
「STP細胞?まさか?見せてくれ!」
ジルとクリスは急に鋼牙が声を張り上げたので驚いた。
「ちょっと!びっくりした……いいけど……」
鋼牙はジルから新聞を受け取るとそれを食い入るのように読み始めた。
やがて鋼牙は新聞を読み終わると大きく溜め息を付いた。
「まさか……あの細胞が向こう側(バイオ)
の世界の研究者の手に渡っていただと?」
「つまり。元老院の神官の命令で元老院付きの魔戒法師達は
わざわざ向こう側(バイオ)の世界の研究所まで行って
証拠を隠滅したと言う訳か。」
「おい」と鋼牙は慌ててザルバを口止めした。
「ちょっとそれどういう事?」
「残念だが。許してくれ。これ以上、君達には話す事は出来ない。」
「成程。元老院の機密情報と言う訳か。」とクリスは納得した。
 
(第30章に続く)