(第30章)母親

(第30章)母親
 
閑岱に再び暗闇が支配する夜が来た。
ジルは一人、閑岱の魔戒法師の練習場になっている広場で練習をしていた。
「はあああっ!」
彼女は気合を入れ、ソウルメタル製の短い棒を横に大きく振った。
するとソウルメタル製の短い棒を大きく振った瞬間、
広場の地面の枯れ葉がまるで風が起こった様に大きく空中に舞い散った。
「はあはあはあ」
ジルは少し荒い息を吐き、ソウルメタル製の短い棒を降ろした。
額からは汗が滲み出ていた。
すると広場の木陰からパチパチと拍手が聞えた。
「誰?」
「流石だな。まさかお前が牙浪の
血筋を引いていたとはね。」
木陰から黒い革ジャンにスカートを履いた女性が現われた。
丸顔の愛らしい表情。
しかし直ぐに彼女は気付いた。
そう、彼女の両瞳が青く爛々とまるで獣の瞳の様に輝いていた事を。
「あなた。魔獣ホラーね。」
ジルはソウルメタル製の短い棒を両手で構えた。
するとその女は顔を上げ、ふーんと声を上げた。
「あんた凄いねえ。もう、ソウルメタルを手懐けたのか?」
「貴方は…」
女性はとびっきりの笑顔でこう答えた。
「あたしは園田優理亜。またの名前をセディンベイルさ!」
「何をしに来たの?」
「伝えに来たのさ!あんたに訪れる運命をね。」
「運命?」
ジルは怪訝な顔で園田を見た。
「ああ、あんたがいずれ辿る運命。『魔界黙示録』」
園田は黒い革ジャンの服の懐から魔界黙示録の本を取り出し、
それをジルに投げ渡した。
ジルは訳が分からずページを開いた。
その魔界黙示録の文字は旧魔界語で書かれている為、
ジルにはどんな内容が書いてあるのかさっぱり分からなかった。
「ああ、そうだった!あんた読めないっけ?
旧魔界語を人間の言葉に訳すればね。
あんたが救世主を創り出したら。
真魔界に住むホラー達は救済されると言う事。」
「なんなのよ……またあんたまで!」
ジルは数日前にガーゴイルが言った事を思い出した。
「私は神の使いです。貴方はたった今、選ばれました」
彼女は両手で頭を抱え苦悶の表情を浮かべた。
「違う。あたしは神じゃない。
あいつも神じゃない!神の使いなんかじゃない!」
「その事実を否定しようがなにしようがこちらは数日かけて
計画もようやく準備が整ったんだ!もうすぐだよ……。
お前はその運命を受け入れる事だな。」
「嫌だ!嫌よ!あたしは!あたしは!」
ジルは短いソウルメタルの棒を振り上げ、園田の首筋に向かって振った。
しかし園田はそれを右腕で受け止めた。
続けて左手で彼女の胸をドンと押した。
ジルは吹き飛ばされ、地面に落下した。
暫く彼女は仰向けに倒れていたが、
両掌と両足を使って素早く起き上がった。
そして悔しさで少し歯ぎしりした。
「あたしには勝てないって。あたしはこれでも強いからね。」
園田は自信満々にそう言った。
「そうだな。セディンベイル。だが俺とならどうだ?」
園田は声がした方を見るなり、苦虫を噛んだ表情になった。
別の広場の木陰から黒い服に両足の太腿を
露出させた烈花法師が立っていた。
「烈花法師!このクソ女!」
「相変わらず、下品な言葉を使うなあ……。お前は……」
「フン!いつもお前はあたしの楽しみを邪魔する!」
「それがどうした?」
「黙れええええっ!」
園田事、セディンベイルは怒りと苛立ちを露わにした。
彼女は烈花に突進すると露出したしなやかな右脚を振り回し、
彼女の首筋に蹴りを入れようとした。
烈花はそれを片腕で受け止めた。
続けて勢い良く右脚を振り上げ、園田の下顎を蹴り上げた。
「うぐっ!クソっ!」
園田は空中でバック転をすると両脚で地面に着地した。
同時に両足で地面を蹴り、ジャンプした後に前転した。
それから再び烈花の顔面にドロップキックを仕掛けた。
烈花は自ら身体を大きく後ろにエビ反りをして回避した。
そして自分の真上を園田が通過した通過した
ことを確認すると起き上がり、振り向いた。
園田はそのまま烈花の顔面の代わりに大木を蹴った。
その後、今度は拳を振り上げ、烈花の顔面に殴り掛った。
「ぐはっ!」
烈花は顔面を勢い良く殴られた。
痛みで思わず掌で顔を覆い、右膝を地面に付けた。
園田は追い打ちを懸ける様に右脚で烈花の右側頭部を蹴り飛ばした。
彼女は吹き飛ばされ、大木に全身を強く打ちつけた。
彼女はうつ伏せに倒れ込んだまま、大きく咳き込んだ。
「烈花!」
ジルは慌てて倒れている烈花の元に駆け付けた。
「大丈夫?」
「ああ、下がっていろ!こいつは俺が倒す!」
烈花は右手でジルを遠くへ強引に追いやると立ち上がった。
続けて彼女は魔導筆を構えた。
するとジルもソウルメタル製の短い棒を両手で構えた。
「おいおい!二人で協力してあたしと相手する気かい?」
園田は嘲笑した。
「やああっ!」
雄叫びを上げ、ジルはソウルメタル製の短い棒で殴り掛った。
しかし園田は冷静に両手でソウルメタル製の
短い棒を持っている右手を掴んだ。
更に左手でジルの額を掴み、強引にドン!と押し飛ばした。
ジルはそのまま吹き飛ばされ、柔らかい草地に倒れた。
烈花は両手で魔導筆を構えた。
すかさず園田は烈花の懐に潜り込み、腹部を蹴り飛ばした。
烈花は身体をくの字に曲げ、吹き飛ばされた。
烈花は両手で腹部を抑えた後、痛みで僅かに顔を歪ませた。
「さてさて!魔界黙示録について詳しく話してやろう!
『ソフィア・マーカー覚醒する時!真魔界に住まう
何万何千匹もの素体ホラーの群れはすべて
ソフィア・マーカーの胎内に戻り!
そして何万何千匹もの新たなホラーを産み出さん!』ジル・バレンタイン
あんたはいずれ始祖ホラーの娘を産む母親になる運命なんだよ!」
「違う!違う!あたしは!あたしは!」
ジルは両手で頭を抱え、苦悶の表情を浮かべた。
「貴様!」
烈花は走り出した後、怒りを込め、回し蹴りを仕掛けた。
園田は回し蹴りを回避すると烈花の首を掴み、
彼女の身体をドンと地面に叩きつけた。
更に園田は烈花の身体を地面に引きずらせながら
全速力で走った後、手を離した。
烈花の身体は勢い良く地面を3m程の距離まで滑走した。
そこでようやく烈花の苦痛の声を聞き、ようやく我に返ったジルは
ソウルメタルの短い棒を両手で構え殴り掛った。
園田はジルの首を右手で軽く掴むとそのまま持ち上げた後、投げ飛ばした。
「おいおい!余り抵抗しないでくれよ!
間違ってあんたを怪我させちまったらドラキュラ様に怒られちまうよ!」
園田も流石に少し困った表情をした。
そこに再び烈花が魔導筆で文字を描き、法術を発動させようとした。
園田は素早くそれを察知し、近づくと今度は彼女の胸部を殴りつけた。
烈花は一瞬だけ息が出来無くなった。
しかしそれでも烈花は右脚を勢い良く振り上げ、
再び園田の下顎を蹴り上げた。
「くそっ!この野郎!」
園田は烈花の両脚を掴むと、自分の身体をクルクルと回転させた。
そしてジャイアントスイングで投げ飛ばした。
烈花は近くの大木に頭と背中を強く打ち付けた。
さらに追い打ちをかけようと園田は大木に身体を預け、
座り込んでいる烈花に飛びかかった。
烈花は「今だ!」と心の中で叫び、両脚をガバッ!と大きく開き、
園田の首を挟み、力の限り締め上げた。
続けて烈花は両脚で園田の首を絞め上げたまま
右手で魔導筆の先端を彼女の額に向けた。
やがて魔導筆がピンク色に輝いた。
「やああああっ!」
烈花は魔導筆のピンク色に輝く筆の先端を園田の額に叩きつけた。
「あああっ!」
園田は苦悶の声を上げた。
同時に彼女の肉体は紫色の粒子となり、消滅した。
同時に園田の肉体が消滅する直前、その肉体の内部から
白く輝く無数のアルファベッドの文字の塊が飛び出した。
無数のアルファベットの文字の塊は分裂と融合を繰り返し、
パタパタと夜の空を飛び回った。
 
(第31章に続く)