(第33章)神託

(第33章)神託
 
10mの高さの真っ赤に輝く異様な塔『バベル』の外部の閑岱の森。
翼と鋼牙はそれぞれ魔戒剣と魔戒槍を構え、頭上に円を描いた。
やがて頭上の円形の裂け目から魔戒騎士の鎧が召喚された。
鋼牙は黄金騎士ガロ。
翼は白夜騎士ダンの鎧を纏った。
そしてそれぞれ牙狼剣と白夜槍を構え、
目前の真っ赤に輝く巨大な結界の壁に突進した。
しかし凄まじい衝撃音と共に彼らが
纏っていた魔戒騎士の鎧は強制解除された。
魔戒騎士の鎧が頭上に現れた円形の裂け目に吸い込まれた。
その後、鋼牙は白いコートの姿に。
翼は白を基調とした黒と赤の装飾品が施されたコートの姿に戻った後、
軽々と身体を吹き飛ばされ、近くの大木に衝突した。
「鋼牙!」
「翼!」
クリスは鋼牙の元に。
邪美は翼の元に駆け付けた。
翼は背中の激痛で暫く唸り声を上げていた。
「大丈夫かい?」
心配する邪美の声を聞き、翼は「ああ」とだけ答えた。
「しっかりしろ!」
クリスは鋼牙に呼びかけた。
鋼牙は素早く上半身を起こした。
「クソっ…ザルバ!結界を破る方法は無いのか?」
するとザルバは大きくため息を付いた。
「まさか。此処まで強力な結界を
自ら形成するとはな。予想外の展開だぜ。」
「なんて奴じゃ……。一体?
あやつはどれだけの人間を犠牲にしたのやら……」
ゴルバの言葉にクリスと翼は両目を見開き、一斉にゴルバを見た。
「それはどういう事だ?」
「恐らくあやつは悪に堕ちた人間の血液を養分に
結界の形成に必要なエネルギを作ったのじゃろう。」
「それだけじゃないぜ!ゴルバ爺さん!
あいつは悪に堕ちた魔戒法師達も養分にしている!
恐らく彼女たちの体内にある膨大な魔導力も取り込んでいる筈だ!」
「なんて奴だ……何故?そこまでして奴はジルを狙ったんだ……」
クリスは疑問に思い、ゴルバとザルバに質問した。
しかしゴルバもザルバも黙ったまま口を開く事はなかった。
「あの結界の中で一体何が行われているんだろうね?」
「分からない!」
「クソっ!鷹麟の矢なら!あの矢なら!
もしかしたら結界を破壊出来るかも知れん!」
「奢るでない!翼!あやつの結界を破壊したとして
時空の歪みで復活したレギュレイスはどうするつもりじゃ?
あと2日で白夜の決戦の日じゃ!
力の弱った矢なんかでは白夜の結界は破れんぞ!」
「じゃ!どうすればいいんだ!」
翼は無意識の内に焦りを募らせていた。
鋼牙はそんな翼の様子を見るなり冷静に呼びかけた。
「翼!落ち着け!必ず結界を破る方法がある筈だ!」
こうなったら魔戒馬・轟天と烈火炎装で。
駄目だ……恐らく弾かれるだろう!
牙狼斬馬剣か牙狼大斬馬剣を。やはりこれも……。
鋼牙は必死に考え続けた。
翼も邪美もクリスも結界を破る方法を考え続けた。
 
10mの高さの真っ赤に輝く異様な塔『バベル』の内部。
儀式が終わったジルは再び元の下着と青いスーツを着せられ、
安らかな笑みを浮かべて仰向けに眠っていた。
呼吸もまだ少しは乱れているものの徐々に平静を取り戻しつつあった。
「さて、倉町!頼むよ!」
「仰せの通り!必ず!真魔界の教会に届けます!」
倉町は両腕で白い毛布の中の包みを受け取った。
毛布の包みの中から巨大な黒く輝く卵がチラリと見えた。
「賢者の石がジルの卵子に憑依した後、子宮をゲートに出現した。
このソフィア・マーカーはいずれ、
偽始祖メシアに代わる新しい始祖ホラーとなるだろう。
あと彼女の母親になったジルはおとなしく鋼牙達に返す事にするよ!」
彼女にはまだ鋼牙達と協力してレギュレイスを排除して貰わないとな!」
その時、しかもその真っ赤に輝く異様な塔が大きく上下に揺らぎ始めた。
「余りのんびりと話をしている暇はなさそうだ!
そろそろ時間切れになる。」
倉町は背中から緑色の巨大なコウモリの翼を生やした後、
ガーゴイルに変身した。
頭部には2対のヤギに似た角を生やし
巨大な黄色い嘴には鋭い鋸に様な歯が生えていた。
両肩にも鋭い鋸状の歯が無数に並んだ黄色い嘴が生えていた。
胸部には黄色く輝く核のような物が付いていた。
どうやらそこが弱点の心臓らしい。
両脚にも幾つか突起物が生えていた。
両足には短く黒い3本の爪が生えていた。
また本来なら両腕には幾つか突起物が生え、巨大な鳥の脚の形を
した両手に長く黒い3本の鉤爪に変化する筈だったが。
そのホラーの両手で新たな始祖になるであろうソフィア・マーカーの
巨大な黒く輝く卵を傷つけないように配慮した結果、
人間の両腕を留めていた。
彼はその人間の両腕で優しく毛布の包みを抱き寄せた。
彼はその包みの中のソフィア・マーカーの
巨大な黒く輝く卵を愛しそうに見ていた。
彼は自然と口元が緩んで行き穏やかな笑みをこぼした時、ふとこう尋ねた。
「最後に尋ねたい!貴方は、いや!失礼!
神はジルの事が好きなのでしょうか?」
「さあ、それは!天才造形家のご想像にお任せするよ!」
ドラキュラは微笑を浮かべると白いスーツの懐から
例の石のペンダントを出した。
そして振り向き様に例の石が埋め込まれた
ペンダントをグルリと一回転させた。
やがて何も無い空中に白く輝く細長い巨大な輪が形成された。
白く輝く細長い巨大な輪の先は灰色の空と
灰色の荒野が無限に続く真魔界が広がっていた。
ガーゴイルはその空中に現れた白く輝く細長い巨大な
輪の先にある真魔界に向かって一歩、一歩、踏み出した。
ガーゴイルの身体はソフィア・マーカーの
巨大な黒く輝く卵を両腕で抱えたまま
白く輝く細長い輪を通り、真魔界の中へ入って行った。
そしてガーゴイルは最後に振り向き、自分に才能があると
誉めてくれたドラキュラに感謝の意を示した。
「ありがとうございます!神よ!ドラキュラ様!」
ガーゴイルはごく自然に湧き出た感情により、両目から静かに涙を流した。
そして短く黒い3本の爪が生えた両足で灰色の大地を蹴った。
背中の巨大な緑色のコウモリのような翼を広げた後、
灰色の空の彼方へ飛び去って行った。
やがて白く輝く細長い輪は自然に消滅した。
そこにはドラキュラと静かに眠っているジルが残された。
やがて周囲を覆っていた真っ赤に輝く
巨大な塔の形をした結界は自然に崩壊し、消滅した。
ドラキュラが目の前を見ると不意に真っ赤に輝く巨大な塔の形をした結界が自然に崩壊し、消滅した事に驚き、キョトンとした表情
をしている鋼牙、翼、邪美、クリスがいた。
ドラキュラは何故か勝ち誇った表情をすると高らかとこう宣言した。
「この闘いは私の勝ちだ!!」
その後、ドラキュラはあっという間に
白い霧の姿に変身した後、姿を消した。
ドラキュラが逃亡してから3分後、
クリスは真っ先に気絶しているジルの元に駆け付けた。
 
翌朝、閑岱の小屋のジルが借りている部屋。
ジルは布団の中で静かに瞼を開け、
青い瞳で部屋の天井をしばらくじっと見ていた。
しばらくして昨日の結界の中でドラキュラと一緒にいた事を思い出した
「あたし……彼と……」
ジルは口を閉じ、すぐさま黙り込んだ。
そこにジルを心配した相棒のクリスが襖を開け、部屋の中に現われた。
「ジル!大丈夫か?」
ジルは布団から上半身を静かに起こした後、愛想笑いを浮かべた。
「大丈夫よ!心配無いわ!少なくとも体に異常は無いみたい……。」
「眠れたのか?」
「ええ、なんだか。昨日は凄く疲れていて、お陰でよく眠れたわ……」
そこに鋼牙と翼がジルの借りている部屋に入って来た。
「気分はどうだ?」
「ええ、良く眠れたわ!お陰で今、気分がすごくいいの……」
鋼牙の質問にそう答えるとジルは複雑な表情を浮かべた。
「そうか……」
翼はクリスに向き直ると深々と頭を下げた。
「申し訳ない。あの結界が……」
「もういいさ!済んだ事だしな。それにジルは無事だったんだ」
その時、鋼牙の指に嵌められた魔導輪ザルバが静かに口を開いた。
「ジル!落ち着いてよく聞いてくれよ!」
「お前はドラキュラと接触した!
そして奴はお前の胎内に賢者の石を植え付けた!
賢者の石はお前の人間の元になる卵子に憑依した後に
お前の子宮をゲートに始祖ホラーが出現したんだ!」
「あたしの卵子にホラーが憑依して……子宮をゲートに出現した?」
ジルは自分の身に起きた出来事が信じられず、ただ唖然としていた。
 
(第34章に続く)