(第34章)復讐

(第34章)復讐
 
閑岱の小屋のジルが借りている部屋。
ザルバはただ唖然とした表情を浮かべている
ジルに仕方が無くこう説明をする事にした。
「ホラーは陰我の宿ったオブジェ物体)から魔獣ホラーは出現して。
そして陰我のある人間に憑依して、その者の魂を食べて肉体を乗っ取る」
「ああ、本来の魔獣ホラー達ならそうするだろう。
だが、どうやら通常のホラーとは憑依とゲートを
利用した誕生方法が少しだけ違うようだ。
俺様もこんな方法で誕生した始祖ホラーなんか
今まで見た事も聞いた事も無いぜ!」
「全く前代未聞の出来事じゃ!」
「かつてイギリスの進化生物学者リチャード・ドーキンスはこう言った。
『遺伝子は出来るだけ多くの子孫を残そうとしている』
あるいは『人間や動物は遺伝子の乗り物に過ぎない』と言った。
俺様達、魔獣ホラーはその進化生物学者が言う様に利己的な連中が多い。
そして魔獣ホラーにとって人間は主な餌であると同時に
都合の良い乗り物と言う程度しか考えていない。」
「自分勝手な奴らだ!」とクリスは憤りを覚えた。
「ドラキュラは恐らくジルの子宮と卵子を乗り物と考えていたのだろう。
真魔界に潜む、始祖ホラーメシアに代わる新たな始祖を産み出す為の……。」
「あいつに人間の感情は無いのか?」
「無い。それどころか真魔界から陰我のあるオブジェ(物体)
をゲートに人間界に侵入して来た魔獣ホラーの
多くは人間の感情を理解しようとしない。
人間の感情を理解しようとしているのは魔導具や魔導輪に封印された
物好きな俺様達位なものさ!
皆、合理的な論理と魔獣ホラー独特の価値観を押し付ける。」
クリスの質問に鋼牙の指に嵌められたザルバがカチカチとそう答えた。
一方、昨日の夜、ドラキュラと肉体的の接触を体験したジルは顔を
うつ向き、もの思わしげな表情を浮かべていた。
「どうしたんだ?ジル?」
思わしげな表情をするジルに気付いたクリスは話しかけた。
「あたし……ドラキュラと……実は……」
「なんだ?ジル?気になる事があるのか?」
クリスの隣にいた鋼牙が優しく話しかけた。
「あいつ、魔獣ホラーでしょ?
あいつはあたしを最初から捕食する気はなかったみたい。
それで、あいつはあたしを……。その……。」
ジルは口ごもり、一瞬、黙ったが再び口を開いた。
「でも、あいつは……本当はお母さんがいなくて
寂しかったったんじゃないのかって……」
「ジル……まさか!あの恐ろしい魔獣ホラーの
ドラキュラに感情移入しているのか?」
クリスは信じられないと言う表情をした。
「馬鹿な事を言うのは止めてくれ!
あいつはお前を俺達から奪いたいが為に
大勢の人間の命を犠牲にしたんだぞ!
ついでにザルバによればあいつは
君に強力な暗示を掛けて、精神を操ったんだぞ!」
一方、鋼牙はこんなに感情的なクリスを見るのは初めてだった。
「クリス、落ち着くんだ!確かにその通りだ!だが……」
「落ち着いていろと!何を言っているんだ!
あいつは俺の大切な相棒の精神と身体を目茶苦茶に汚したんだぞ!」
クリスは腸が煮えくりかえる程、腹が立っていた。
気が付けば反射的に立ち上がり、大声で叫んでいた。
「汚らわしい獣め!あいつを俺は絶対に許さない!」
「クリス!復讐なんて!馬鹿な真似はよすんだ!」
鋼牙は厳しい声でクリスにそう告げた。
「復讐?ああ!そうさ!してやるとも!
あの野郎に正義の銃弾をぶち込んでやる!」
「悪い事は言わない……止めろ!あいつはお前ひとりでは勝てない!」
すかさず翼もそうクリスに警告した。
「そんなのやってみなくちゃ!分からんだろ??」
「おぬし!そんなことして自分の命を粗末の扱う気かのう!」
ゴルバも厳しい声でクリスにそう諌めた。
クリスは怒りが収まるどころかさらに怒りを
自らの心の中で風船のように膨らませた。
「あいつは彼女の合意も無く!強引にセックスをしたんだ!」
鋼牙は静かに口を開き、こうクリスに語りかけた。
「いいか、クリス、良く聞いてくれ!怒りや復讐心から
『守りし者』のとしての真の強さが生まれる事は決して無い!」
鋼牙にそう断言され、クリスは思わず口をつぐんだ。
ザルバは穏やかにこう語りかけた。
「お前はジルの事を俺様や他の人間達よりも想っている!
お前には『守りし者』としての素質が十分にある。
だが怒りや復讐心はその良い資質を台無しにしてしまう。
そればかりか我が身を破滅させる結果を招くだけぜ!」
「かつてバラゴと言う魔戒騎士を目指す男がいた。
俺の親父。冴島大河の修業の元、俺と同じ黄金騎士を目指していた。
しかしバラゴは両親をホラーに殺された苦い過去から
必要以上力を欲する様になり、ホラーの始祖メシアを復活させ、
自ら最強の魔戒騎士となり、不滅の存在になろうと画策した。」
「それで?その男はどうなったの?」
「バラゴは最後に始祖ホラーメシアに捨て駒にされた
揚句に捕食され、我が身を破滅させた。」
「その前に彼は仲間の阿門法師や鋼牙の父親の大河。
さらに多くの魔戒騎士や関係者達を次々と殺害して行った。
後の顛末はさっき鋼牙に聞いた通りの出来事が起こり、
バラゴは我が身を破滅させた。」
クリスはザルバと鋼牙の話を聞き、黙り込んだ。
暫くしてクリスは怒りを鎮め、こう言った。
「そうか……やっぱりそうだよな……」
彼は暫く自分の言った事と行いを恥じた。
 
閑岱の森。
ドラキュラはクリスが復讐に燃えている事も知らずに
呑気に口笛を吹き、太陽光がほとんど届かない深い森の中を歩いていた。
突如、背後で茂みが大きく揺れた。
ドラキュラはやれやれと首を左右に振った。
やがて背後の茂みから3体のレギュレイスの眷族のカラクリが現われた。
茂みから現れた3体のカラクリは剣状の両腕を振り上げた。
その後、ドラキュラに一斉に襲い掛かった。
彼は「へっ」と笑った。
続けて彼は両腕を真上でクロスさせ、両膝を折り、姿勢を低くした。
同時に一気に振り降ろされた2体のカラクリの剣状の両腕、
4本の剣を全てを受け止めた。
「無能な枢人形が2体か?」
彼は一言こう言うとそのまま両腕を真上に広げた。
そして2体のカラクリの剣状の両腕を一気に弾き飛ばした。
2体のカラクリは完全にバランスを崩し、後ろに身体を大きく傾けた。
ドラキュラは目にも止まらぬ速さで
左右のカラクリの不気味な仮面を掴んだ。
2体のカラクリは剣状の両腕を振り回し、抵抗した。
だが、ドラキュラは決して2体のカラクリを離さなかった。
そう言えば人間が書いた『北斗の拳
って言う漫画でこんな台詞があったな。」
彼はニヤッと笑った。
「汚物は消毒だ」
ドラキュラがそう発言した途端、両手から赤く輝く炎が放たれた。
その輝くは仮面をかぶり、剣状の両腕を持つ、
人型のカラクリの身体を焼き尽くした。
たちまち2体のカラクリの肉体は塵となり、地面に山となり積もった。
さらに次々と茂みから5体のカラクリが現われた。
だがドラキュラは躊躇なく、片っぱしからカラクリに殴りかかった。
更に彼がカラクリの仮面を被った顔面や胸部、腹部を
殴る度にラクリの肉体は次々と赤く輝包まれ後に
全身を焼き尽くされ塵と化して行った。
「弱い。つまらない。カラクリでは無く、ガラクタと改名すべきだな。」
その時、正面の茂みから大きな黒傘を被り、
茶色の衣類を纏った大男が現われた。
「白夜ホラーレギュレイスか?」
レギュレイスは突然、口を大きく開いた。
やがて口内から無数の棘に覆われた長い舌を発射した。
無数の棘に覆われた長い舌はシュルシュルとドラキュラに迫った。
ドラキュラは目にも止まらぬ速さで右腕を振った。
次の瞬間、彼は右腕で無数の棘が生えた長い舌を瞬時に弾き返した。
 
閑岱。
自分の部屋で鈴は目の前にある魔戒テレビに釘付けになっていた。
偶然、小屋の外の茂みに落ちていたVHS
ビデオテープを興味本位で再生させていた。
タイトルは『フェイズⅣ戦慄昆虫パニック』である。
テレビに映った映像は鈴にとって余りにも衝撃的な内容だった。
ストーリーは天変地異の影響で高度な知能を持った蟻達が
人間達に反逆を仕掛けると言う内容だった。
鈴にとって特にほんの数㎝にも満たない無数の蟻が
人間や動物に襲い掛かり、たちまち身体を喰い尽してしまう
様子をハイスピードカメラで撮った映像は恐ろしかった。
最後の2人の人間と蟻達が同じ地平から昇る
太陽を眺めている映像が一番印象的だった。
鈴はこの映像からこの映画の人間は蟻のペット
にされたと言う事を悟り、衝撃を受けた。
「人間が蟻に負けるなんて。やっぱり人間は自然には敵わないのね……」
とつぶやいた。
 
(第35章に続く)
 
おしらせ
5月6日また修正&手直ししました。
と言うか大阪の国立循環器病センターに病院に行く前の設定に戻しただけ。