(第35章)敗北

(第35章)敗北
 
閑岱のジルが借りている部屋。
ようやくクリスが頭を冷やした頃、話題は再びドラキュラの話に移った。
「まず復讐は諦めるとして。そもそも何故?
あいつはジルの肉体を選んだ?」
「うーむ、そこは本人に直接尋ねないと分からんな。」
「そもそも魔獣ホラーの社会はどうなっているんだ?
あいつら人間の言葉も話せるし、かなり知能が高い様だが。」
「まあ、俺達、魔獣ホラーの社会は人間より
蟻に例えた方が分かりやすいだろう。
そう、『女王アリ』に当たる魔獣ホラーはメシアだ。
『女王アリ』に近い存在として
メシアの牙ギャノンとメシアの涙エイリスがいる。
メシアは真魔界と言う世界に住む何万何千匹もの
素体ホラーを産み出したと言われている。
俺達やゴルバ爺さんの御先祖様もこいつだろうな。
そして素体ホラーは真魔界から陰我のあるオブジェ(物体)をゲートに
人間界に侵入し、人間に憑依して独自の形態と能力を獲得する訳だが。
素体ホラーは蟻の役割で言うなら
『兵アリ』もしくは『働きアリ』に当たる存在だ。」
「じゃ?ドラキュラは?」
「あいつは『女王アリ』に当たるメシアの能力を
一部受け継ぎ、独自に進化を遂げた。
いわば魔獣ホラーの新種とも言えるし、
蟻の役割で言うなら『雄アリ』だ。」
「と言う事は?あたしのお腹から産まれた
ソフィア・マーカーは『処女女王アリ』ね、」
「つまり、偶然、雄アリに当たるあいつが生まれて……それでジルと……」
「じゃ、あたしは他の魔獣ホラーにとって
『女王アリ』のような存在なの?」
「ああ、ドラキュラの思想に心酔している魔獣ホラー達にとってはな。」
その時、ふとクリスが口を開いた。
「一つ気になる言葉があるのだが」
「実は俺もだ!」
「あいつは高らかにこう宣言した。
『この闘いは私の勝ちだ!!』あれはどういう意味なのだろう。」
「俺様が思うに少なくとも闘いとは素手のパンチやキック、
武器の剣や銃を使うだけとは限らない。
あいつが『闘い』と称したのはお前達人間と
ドラキュラの生存競争の事だろう。
「生存競争が闘い?どういう意味だ?」
「つまり、あいつはお前達人間と
自分との生存競争に勝ったと言う意味だ。」
「生存競争に勝った?」
「つまりジルとドラキュラが接触して。
ジルのお腹から『処女女王アリ』としてソフィア・マーカーが
生まれた時点で奴は生存競争に勝った事を確信したのだろう。」
「こんな屈辱極まりない敗北なんぞ!俺は断固として認めんぞ!」
反射的に翼は声を荒げた。
すかさずゴルバがこう諌めた。
「残念じゃが、ザルバの言う通りじゃ。
ドラキュラが作った強力なバベルの結界が自然消滅する前に
破壊できなかった時点でお前達、魔戒法師、
魔戒騎士、人間達は敗北したも同然じゃ!」
翼は魔戒騎士、白夜騎士としてではなく普通の人間の男として
一人の女を守れなかった事に悔しさを感じ、歯ぎしりをした。
鋼牙も無言で苦虫を噛みしめた表情をした。
 
閑岱の森。
ドラキュラは目にも止まらぬ速さで右腕を振った。
次の瞬間、彼は右腕で無数の棘が生えた長い舌を瞬時に弾き返した。
レギュレイスはすぐさま走り出した。
ドラキュラは余裕の笑みを浮かべ、その場に立っていた。
レギュレイスは拳でドラキュラの顔面に向かって殴りかかった。
しかし彼は両腕でガードせずわざわざ前屈みになった。
そして殴りかかったレギュレイスの拳を豪快に頭部で受け止めた。
同時に周囲に円形の衝撃波が広がり、草木や木々が大きく震えた。
「わざわざ脳天に当ててやったのにこの程度か?」
彼はがっかりした様子でつぶやいた。
「バガナ?ワダジノバンチガ!」
「パンチはこうやるのだよ!」
次の瞬間、レギュレイスは下顎に強い衝撃を感じた。
ドラキュラは赤く輝くをあえて纏わず素手の拳で
レギュレイスの下顎にアッパーを炸裂させていた。
「ぐおおおおっ!」
たちまちれレギュレイスの身体はロケットの様に打ち上げられた。
5m程、吹き飛ばされた後、レギュレイスの身体は
グシャッと地面に叩き付けられた。
ふとドラキュラは思い出した様にこう言った。
「そう言えば?お前の肉体は不死身だよな?
なら丁度いい。私のサンドバックの代わりになるかね?レギュレイス君!」
そう言うとドラキュラは容赦無くレギュレイスの背中を
凄まじい力で踏みつけた。
レギュレイスは凄まじい激痛で甲高い悲鳴を上げた。
さらにドラキュラは白い靴でギリギリと
レギュレイスの背中を踏みにじった。
続けてレギュレイスの胸部を蹴り上げた。
レギュレイスの身体は駒の様に回転し、近くの大木に叩き付けられた。
「オボレ!オボレ!オボレエエエエッ!」
レギュレイスは怒りの咆哮を上げた。
次の瞬間、背中から4対の触手を伸ばした。
続けて4対の触手の先端部分を振り回し、ドラキュラに襲い掛かった。
しかしドラキュラは全身を白い霧の姿に変身させた。
その後、4対の触手の間を縫ってレギュレイスに一気に接近した。
ドラキュラはレギュレイスの懐に巧みに潜り込むと
白い霧から白いコートの姿に戻った。
「ナ二ッ!グアアアッ!」
ドラキュラは胸部に再び赤く輝あえて纏わず素手の拳を叩きつけた。
レギュレイスは身体をくの字に曲げた。
続けて大きく裂けた口から大量の血を吐き出した。
「グアアアッ!グアアアッ!グアアアッ!ガアアアッ!」
レギュレイスは何度も吠えまくった。
「痛み無いんだろ?レギュレイス?にしては?滅茶苦茶吠えるな。」
ドラキュラはニッコリと笑った。
そう、ドラキュラの素手の拳はレギュレイスの
胸部から背中上部まで貫通していた。
ドラキュラが拳を引き抜くとレギュレイスの下腹部には風穴が開いていた。
しかも胸部に大きな風穴が開いたにも関わらず
レギュレイスは普通に生きていた。
やがて再び茂みから30体のカラクリが出現した。
「おいおい、またガラクタか?」
ドラキュラも呆れ返った表情をした。
彼は右手を固く握り、左掌に当てた。
同時に左掌から自分の骨の一部を抜き取った。
やがて抜き取られた一本の骨は重厚な両刃の長剣『狂血剣』に変化した。
30体のカラクリ達は再び一斉にドラキュラに襲い掛かった。
彼は無言で狂血剣を深い森の先の太陽に向かって高く掲げた。
狂血剣の両刃の刀身が真っ赤に輝いた。
次の瞬間、まるで剣が大きく振り降ろされるように太陽並みの高温の
熱線周囲にいる30体のカラクリに向かって落下した。
ドラキュラは大きく烈火の如く咆哮した。
「グオォォオオオオオオン!」
やがて30体のカラクリ達の肉体はたちまち
塵一つ残る事も無く太陽並みの高温の熱線焼き尽くされた。
レギュレイスはその余りにも凄まじいドラキュラの力に恐怖を感じた。
レギュレイスはジリジリと一歩、一歩とまた後退して行った。
「どうしたのかね?怖いのかね?私が?」
ドラキュラは背筋も凍りつくような残虐な笑みを浮かべた。
「グッ。だが、明日、白夜の日、我々一族が復活すれば!
お前等、簡単に殺せる!無限に湧き上がる
我々同胞の前に太刀打ちできるかな?」
「だが、その前にお前はまず一度、敗れ去った黄金騎士や
白夜騎士、魔戒法師、BSAAの人間達と闘わねばな。」
「何を言っているのだ!所詮!奴らは人間だ!殺そうと思えば!殺せる!」
「と言いつつも以前の闘いで敗れ去ったのは何処のどいつかな?」
ドラキュラは満面の笑みを浮かべ言った。
「私はこちら側(牙狼)の世界と向こう側(バイオ)の世界の王になる!
ドラキュラだろうと!魔戒騎士だろうと!BSAAだろうと!
必ず!貴様らを追い詰めて確実に殺してやる!
白夜の日が過ぎた時!貴様は終わりだ!」
ドラキュラは思わず噴き出し、笑いだした。
「何ともくだらない遺言ではあるが!健闘は祈らせて貰うよ!」
レギュレイスは再び背中から4対の触手を伸ばした。
そして大きくジャンプし、森の中に消えて行った。
「やはり目障り極まり無い奴だ!
このままあいつを野放しにはしないだろうな。
特に『守りし者』の黄金騎士ガロの冴島鋼牙や白夜騎士の山刀翼。
魔戒法師の鈴や烈花や邪美法師。
BSAAのクリス。そして私の愛しい人、ジル。
あとはパーカーやクエントと言う男もいたな?
いずれあいつは吹きすさぶ風の所以を知る事になる。
それが答えになる筈だ!」
ドラキュラは両腕を背中で組み、深い森の闇の中に向かって歩き去った。
 
(第36章に続く)
  
おしらせ
明日の3月13日大阪の国立循環器病病院に
入院するので暫く連載はお休みとなります。
 
5月6日また修正&手直ししました。
と言うか大阪の国立循環器病センターに病院に行く前の設定に戻しただけ。