(第44章)祝福

(第44章)祝福
 
バイオの世界・クイーン・ゼノビア
向こう側(牙浪)の世界でレギュレイスが崩壊したとほぼ同時期に
クイーン・ゼノビアの大ホールの天井に発生した時空の歪みから
まるで津波のように押し寄せて来た無数の
ラクリの群体に異変が起こっていた。
それはプロムナードの奥の石に覆われた通路の先のエレベーター前では
負傷した上に毒に侵された烈花を背中で庇いつつもパーカーとクエントは
津波の様に襲い掛かるカラクリ達と激しい闘いを
繰り広げていた時に起こった。
パーカーとクエントを襲い続けていた
ラクリの群体は何故か突然、攻撃を止めた。
「ん?」
「どうしたのでしよう?」
パーカーはいきなりカラクリの群体が一斉に機能を停止した事に戸惑った。
やがて向こう側(牙浪)の世界の地面から現れた無数のカラクリの
群体がそうだったように2人の目の前で無数のカラクリの
群体は次々とまるで風船のように膨らんだ。
「あっ!どうやら爆発する様ですね?」
「なんだって?!おい!クエント!烈花をかばって伏せろ!」
パーカーは完全に取り乱し、大慌てで地面に伏せた。
クエントも烈花を庇い、素早く地面に伏せた。
直後、クイーン・ゼノビアの豪華な大ホールから
プロムナードを占領していた無数のカラクリの群体は
次々と爆四散し、あっという間に消滅して行った。
「終わりましたか?」
「ああ、終わったようだ……」
パーカーとクエントは恐る恐る顔を上げた。
すると自分達の目の前の狭い通路を占領していた
無数のカラクリ達は跡かたも無く消滅していた。
「どうやら、自動で片付いたようですな」
「どうなってやがる」
2人の背後で疲れ切った声がした。
「鋼牙達が白夜の結界を破壊してレギュレイスが消滅したから
ラクリも一匹残らず消滅した……。
連中はレギュレイスが生きていなければ、生きていけないんだ……」
2人は振り向いた。
すると地面に見い足の太腿から血を流し、
倒れていた烈花が地面に座っていた。
既にレギュレイスとカラクリの消滅と共に彼女の体内を侵食していた
レギュレイスの毒は浄化され、まるで死人の様に真っ白になっていた
顔や全身は元のほんのりとピンク色の血色の良い肌に戻っていた。
また高熱も急激に下がり、額にかいた汗も乾いていた。
体温も元の平温を取り戻していた。
「烈花さん!無事でしたか!」
クエントは両目に涙を溜めて大喜びし、
両腕で烈花の身体を強く抱きしめた。
 
牙浪の世界・奇巌石のある広場。
ラクリの群体やレギュレイスとの戦いを制した
鋼牙、翼、クリス、ジル達はレギュレイスに
捕えられていた邪美を無事、救い出した。
4人は閑岱の小屋に戻った。
その後、媚空を初め多くの魔戒法師の卵である子供や
我雷法師に手厚い感謝の嵐に見舞われ、ジルとクリスは少々面食らった。
「私からも閑岱の皆を代表して感謝する。
私達の世界を救う為に鋼牙達と協力して
レギュレイスに立ち向かってくれてありがとう。」
我雷法師は深々と頭を下げた。
「俺達と鋼牙達はもう大事な仲間だしな。」
クリスは微かに照れ笑いを浮かべた。
「そう、困った時はお互い様です。」とジルも笑顔で言った。
その時、魔戒法師の卵である子供達がジルとクリスの周囲に集まった。
「凄かったって!邪美法師から聞いたよ!」
「ソウルメタルを扱えるんだって?ジル姉ちゃん凄い!」と媚空。
「ねえねえ。話してよ!どうやって?レギュレイスをやっつけたの?」
「これこれ!2人共もう疲れておる。話はまたの機会にしようのう。」
我雷法師は苦笑いを浮かべつつも子供達にそう言った。
「えーっ!つまんない!」
「聞きたいよ!聞かせてよ!」
「聞きたい!聞きたい!」
という具合に何人かの魔戒法師の卵の子供達は駄々をこねた。
しかし我雷法師は慣れた口調で駄々をこねる
魔戒法師の卵の子供達を一人一人説得した。
やがて全員、諦めたらしく元の自分の持ち場にそれぞれ戻って行った。
「さて、そちらも疲れたじゃろう!今日はゆっくりと休むと良い」
「はい、そうします。」
「うーん、腰が痛い……」
クリスは両腕を伸ばし大きく背中を弓なりに曲げた後、背伸びした。
「鋼牙も翼もじゃ!お主らは由緒ある魔戒騎士といえども普通の人間じゃ!
激しい闘いで体力を消耗した時にはちゃんと休まなければならん!」
鋼牙と翼も思わず溜め息をついた。
「そうだよ。我雷法師の言う通りさ!」
邪美は笑顔で翼と鋼牙の肩に両腕を乗せた。
それから昼過ぎまでジルは一度クリスと共に自分の部屋に戻り、仮眠した。
暫くし布団の中で静かに寝息を立てて寝ていたジルは夢を見ていた。
暗闇の中、彼女は瞼を開け、夢の中で目覚めた。
そこは中世の時代の大きな物置小屋の中らしい。
此処は何処?まさか?中世??
ジルは静かに身体を起こし、ぼんやりと周囲を見渡した。
するとそこに19歳の少年と白いスーツを着た男がいた。
白いスーツの男は間違いなくドラキュラ伯爵だ。
でも19歳の少年は誰なのだろう?あたしの知っている人物かしら?
やがて19歳の少年は茶色の服を脱ぎ捨てた。
ジルはハッとした。
「少年じゃない。少女だわ。男装していたの?」
全裸になった19歳の少女はいつの間にか
全裸になっていたドラキュラと向き合った。
「ちょっと待って……それって……」
2人はお互いキスを交わした後、しっかりと両腕で抱き合った。
再び目の前がフラッシュバックし場面が変わった。
今度は狼を象った銀色の鎧を纏い、
二刀流の魔戒剣を持つ魔戒騎士が現われた。
ドラキュラは白いスーツの姿に戻り、両瞳を赤く爛々と輝かせた。
赤く爛々と輝く瞳からは鋭い殺気が放たれていた。
「井上風牙!何故?私の邪魔をするのだ!」
「お前は魔獣ホラーだ。ホラーを狩るのが我々魔戒騎士の使命だ!」
「貴様!風雲騎士バド!死ぬ覚悟はできているな!!」
「私は常に死ぬ覚悟はできている!来い!」
すると井上風牙と言う名前の男は銀色の鎧に覆われた両腕を広げた。
不意にジルはまだ暑いであろう夏のものにあらざる強い冷気を
物置小屋の中で感じ取った。
彼女は強い冷気と微かに感じた不安の余り、全身を激しく震わせた。
同時に彼女は何も見えない想像を絶する渦の中へ自らの
意思で入り込んで行く、そんな恐ろしい感覚に囚われた。
さらに凄絶な暗黒の力が古い物置小屋の中に
満ち溢れて行くのも感じ、背筋が凍りついた。
やがてぐぐもった狂おしい太鼓の連打と冒涜的なフルートの
単調な音色がジルの耳の中に容赦無く入り込んで行った。      
ドラキュラ伯爵は禍々しく冒涜的な魔獣ホラーの姿に変身した。
その瞬間、ジルは瞼を開け、撥ね戸の様に上半身を起こした。
続けて彼女は口を大きく開け、凄まじい金切り声で絶叫した。
「おい、なんだ?何があったんだ?」
ジルの金切り声の絶叫を聞き付けた
鋼牙が大慌てで襖を開け、中に入って来た。
鋼牙に続いて邪美、クリスまで入って来た。
「どうした?ジル!君がこんなに酷い絶叫を上げるなんて……」
クリスは何故?ジルが凄まじい金切り声で
絶叫したのか全く理解できなかった。
長年仕事でパートナを組んでいた彼でさえ、
ジルがこんな金切り声の絶叫を耳にするのは初めてだった。
それ故、クリスは驚き、戸惑い、恐怖で混乱している彼女を
どうなだめてやっていいのか全く見当がつかなかった。
邪美法師はジルの元に近づくと傍に座った。
「夢を見たんだね。一体何を見たんだい?」
邪美法師はなるべく穏やかにジルに話しかけた。
布団の上に座っていたジルは恐怖の余り、全身を激しく震わせていた。
その時、ジルが微かな声で何度も狂った様に反響言語を繰り返した。」
「ドラキュラ伯爵は千の仮面!ドラキュラ伯爵は千の仮面!
ドラキュラ伯爵は千の仮面!ドラキュラ伯爵は千の仮面!
ドラキュラ伯爵は千の仮面!ドラキュラ伯爵は千の仮面!」
「ドラキュラ伯爵は千の仮面ってどういう意味だい?」
邪美が彼女にそう質問をした途端、
小さく悲鳴を上げた後に硬く口を閉ざした。
 
人里近くの街。
ドラキュラ伯爵は奇巌石のある広場が良く見える崖の上で
ドラキュラはレギュレイス一族と鋼牙達の闘いの顛末を見届けた後、
白い霧の姿となり、崖から消えた。
そして人里近くの街のとある建物で美しく
立派なグランドピアノを見つけた。
「なんて……美しい綺麗なピアノだ」
ドラキュラ伯爵は大きな立派な黒く輝くピアノの表面を指で優しく撫でた。
彼はグランドピアノの椅子に座った後、大きく深呼吸した。
彼は両手の5本の指を巧みに使い、
創聖のアクエリオン』と言う曲の演奏を始めた。
彼は真剣な眼差しをピアノに向け、
一心不乱にその曲を最後まで弾き続けた。
そして『創聖のアクエリオン』の曲が終わり、
静かな口調で彼はこう言った。
「遥かなる過去を超えて未来の肉体に転生した君を祝福しよう!
ジャンヌ・ダルクジル・バレンタイン!誕生日おめでとう!」
 
(第45章に続く)