(第43章)鷹麟

(第43章)鷹麟
 
牙浪の世界・クイーン・ゼノビアのプロムナードの通路。
やがて石の床に2つのクモの巣状のヒビが入り、
大きな音と共に巨大な穴が開いた。
クエントは破壊された石の床から這い出て来た2匹のカラクリを倒すべく
腰のホルスターからハンドガンを取り出し、引き金を引いた。
ダアン!ダアン!ダアン!
銃音と共に幾つかの弾丸は地面に辺り火花を散らした。
だが何発かはカラクリの額に直撃し、そのまま倒れ、
黒い霧を放ち、消滅した。
そこにパーカーがやって来た。
「おいおい、何をモタモタしているんだ!」
パーカーは床に座っているクエントと烈花を両手で小脇に抱えた。
「……烈花さんが……烈花さんが……」
クエントの言葉にパーカーは烈花の顔を見た。
確かに顔はいつもの血色のいい肌では無く
真っ白な死人のような顔になっていた。
パーカーはいったんエレベーターの金属製のドアの前で彼女を降ろした。
そして彼女の額に触れると焼けつくような強い高熱を感じた。
「うわっ!なんだ?これは?」
「多分。カラクリの体内にあった毒だと思われます。」
「ば……か……野郎!俺を……置いて行け!と言っただろ?」
「何を言っているんだ!俺達はお前の仲間だ!仲間は決して見捨てない!」
「クソっ……俺もここまでか……」
「何を弱気になっている!鋼牙達がレギュレイスを倒したら!
ひょっとしたら元に戻るかも知れないだろ?」
「そうですよ!烈花さん!希望を捨てないで下さい!
烈花さん!私と一緒に創聖のアクエリオンを見るでしょ?」
クエントとパーカーは必死に弱気になっている烈花を励ました。
烈花は両目から涙を流し、微かに笑みを浮かべた。
「ああ!創聖のアクエリオン!もちろんお前と一緒に最後まで見たいさ!
だが……この毒が俺の全身に回れば……」
クエントとパーカーは無言で聞いていた。
「その時は頼む……大丈夫だ。俺がお前の武器で倒されても。
俺は決してあんたを恨んだりしないさ。約束する。」
「そっ……そんな……約束なんか……」
クエントは両目から大粒の涙を流した。
「ああ、そうだな。とにかく鋼牙達を信じよう。
今はここを動かない方がいい。
彼女の体内に毒がある以上、これ以上の移動は危険だ。」とパーカー。
頼むぞ。クリス、ジル、鋼牙、翼、邪美……皆の力を俺は信じている。
 
牙浪の世界・奇巖石のある広場。
ジルは鋼牙の言葉を信じていた。
彼女は青く輝く両刃の長剣を地面に置いた。
そしてジルは青い瞳でレギュレイスの細胞の浸食で
悶え苦しんでいる白夜騎士の鎧を纏った翼を見据えた。
ジルは喉も枯れんばかりの声を張り上げた。
「翼!鷹燐の矢よ!あたしが投げるから!自分の胸に突き刺して!」
全身の激痛で悶え苦しんでいた翼は喉も枯れんばかりに
声を張り上げたジルの声を聞き、直ぐに
口元の無い狼を象った顔でジルの方を見た。
「うおおおおおおっ!もう一度!届けええっ!」
次の瞬間、ジルはそう絶叫し、全身の身体を前方に勢い良く動かした。
そして両腕を大きく円を描く様に振った。
同時に鷹燐の矢は勢い良く翼に向かって飛んで行った。
レギュレイスは余裕の笑みを浮かべ、細長い昆虫に似た腕を伸ばした。
だが次の瞬間、高速で空を切り、黄金に輝く牙浪剣が飛んで来た。
牙浪剣はレギュレイスの細長い昆虫に似た腕を瞬時に切断した。
ぐおおおおおっ!レギュレイスは悲鳴を上げた。
レギュレイスが緑色の目で牙浪剣が飛んで来た方を見ると
鋼牙が威風堂々と立っていた。
レギュレイスが鋼牙に気を取られている間、
麟の矢は翼の所まで飛んで行った。
「うっ!しまった!」
翼は白く分厚い鎧に覆われた両腕を広げた。
そして鷹燐の矢は翼の胸部に突き刺さった。
同時に翼は目の前が真っ白になった。
しかもレギュレイスの細胞の浸食による激痛は嘘のように消えていた。
翼は白い光の中、ある人物が現われた。
それは何を隠そう鷹燐の矢に力を込めた邪美だった。
「貴方はあたしの愛する人。大丈夫!あたしが貴方を守ってあげる!」
再び白く輝く光が翼の全身を優しく包んだ。
 
現実世界ではある奇跡が起こっていた。
背中の白夜騎士ダンの白い鎧から生えていた8対の無数の棘に覆われた
昆虫のような脚はグチャッ!と大きな音を立てて、
バラバラになった後、消滅した。
しかも翼の体内に侵入したレギュレイスの細胞は浄化され、
跡かたも無く消滅した。
まだ奇跡は続いていた。
翼が纏っている白夜騎士ダンの背中から
三角形に並んだ3つのリング状の装飾が現われた。
その三角形に並んだ3つのリング状の装飾は巨大な弓にも見えた。
また3つのリング状の装飾からは4対の鳥の短い羽根が生えていた。
そう、かつて白夜騎士ダンが鷹燐の矢の力を得て
レギュレイスを封印させた伝説の形態その名も!『鷹燐ダン』!!
「くそがあああっ!何人とも我々一族の邪魔はさせない!
殺してやる!殺してやる!
たかが矮小な人間如きの群れに!この私があああっ!」
レギュレイスは鋼牙達に奪われた鷹燐の矢を取り戻そうと再び背中から
生えた無数の棘に覆われた巨大な三角形の翼を大きく広げ、飛翔した。
続けてレギュレイスは剣状の5本の鋭利な長い爪は
同化して生まれた両刃の巨大な長剣を大きく振り上げた。
「俺の知っている仲間達は矮小な人間の群れでは無い!」
しかし翼は力強い声でこうはっきりと言いきった。
同時に鷹燐ダンの白い鎧の中に今ここでレギュレイス一族と戦っている
複数の人物の『守りし者』としての強い思いが
黄金に輝く人型となり、次々と形になった。
ジル、クリス、鋼牙、烈花、邪美、クエント、
パーカー、ゴルバ、ザルバの姿に。
「俺が知っている仲間達は『守りし者』として命を賭して!
お前達から向こう側(バイオ)とこちら側の世界(牙狼)に住む!
かけがえのない大勢の人々の命と未来を!
そして!俺達は皆!それぞれ!誰よりも大切に想い!
命を賭して命と未来を守りたい仲間が傍にいる限り!
俺達は白夜の魔獣に負けはしない!」
鷹燐ダンが持っている銀色に輝く細長い
短かった鷹燐の槍は黄金の輝きを放った。
今回の鷹燐の矢は槍状では無く細長い黄金に輝く矢に変化した。
さらに鷹燐ダンの右腕の白い分厚い鎧から
上下に巨大な弓のような突起物が生えて来た。
続けて巨大な弓のような突起物の先端から矢を放つ
為の黄金に輝く糸が現われた。
「ほざけえええっ!」
レギュレイスは鷹燐ダンに変身した翼の身体を真っ二つにしようと
剣状の5本の鋭利な長い爪は同化して生まれた
両刃の巨大な長剣を大きく振り降ろした。
鷹燐ダンは白い分厚い鎧から上下に巨大な弓の
ような突起物が生えた右腕を振り上げた。
そして細長い黄金に輝く矢となった鷹燐の矢の底を黄金の糸に付けた。
更に精一杯、左腕を大きく後方に引いた。
黄金の糸が後方に引っ張られ、
巨大な弓のような突起物が大きく後方にしなった。
「うおおおおおおおおおおっ!貫けええええっ!」
翼は大きく叫び、左手を糸から離し、
鷹燐の矢をレギュレイスに向かって放った。
鷹燐の矢は空気を白夜の闇を切り裂き、
レギュレイスの胸部に高速で向かって行った。
レギュレイスは大慌てで回避しようと身体を動かしたが既に手遅れだった。
鷹燐の矢はレギュレイスの機械的な皮膚に覆われた
長四角の胸部X字の中央に見事命中した。
そこは先程、ジルが蒼く輝く両刃の長剣で切り裂いた場所だった。
レギュレイスは巨大な機械的な身体をくの字に曲げ、
そのまま真っ直ぐ超音速で天空に吹き飛ばされて行った。
やがてレギュレイスの身体はそのまま白夜の天空に浮かんだ
青白く不気味に発光した巨大な円形の白夜の結界に衝突した。
やがて巨大な円形の白夜の結界はレギュレイスの身体が衝突したと
同時に徐々にクモの巣状にヒビが広がって行った。
一瞬の沈黙。
バリン!ガッシャン!
ガラスが割れる大きな甲高い様な音と共に
白夜の結界は粉々に砕け散り、消滅した。
「がああああああああああああっ!」
一方、レギュレイスは断末魔の叫びを上げ続けた後、沈黙した。
そしてレギュレイスの肉体はバラバラと細かな
肉片となって砕け散り、消滅した。
同時に大きく裂けた大地の裂け目から這い出て来た
無数のカラクリの群体は次々とまる風船のように膨らみ、
爆四散し、あっという間に消滅して行った。
やがて破壊された白夜の結界を囲っていた白いリングから眩い光を放ち、
真っ白に輝く大粒の粒子がヒラヒラと雪の様に舞い落ちて来た。
続けて無数の女性の腕が出て来た後、白いリングは消え失せた。
同時に白夜の闇に覆われた周囲の空を
七色に輝く美しいオーロラが覆い尽した。
白く動く竜のような物体が飛び回り、
細かな金色の粒子が静かに降り注いでいた。
「これは?オーロラ?」
「綺麗……」
クリスとジルはそのオーロラと白く動く竜のような物体、
細かな金色の粒子を眺めている内に
自然と元の落ち着きと安らぎを取り戻した。
奇巌石に縛られていた邪美も自由になり、
上半身を起こし、美しい空を見た。
「天魔降伏の光。結界を破ったんだな……」
その天魔降伏の光はレギュレイスの闘いに疲れ果てた
鋼牙、邪美、クリス、翼に束の間の安らぎを与えた後、
自然と消滅して行った。
周囲にはまだ曇ってはいるものの元の平静な天気に戻った。
一方、鷹燐ダンの鎧は魔界に送還されたので元の白を基調に赤と
黒の装飾の付いたコートを纏った翼の姿に戻っていた。
 
(第44章に続く)