(第47章)約束

(第47章)約束
 
閑岱近くの深い森。
「止めて……クリス……彼は……ただ……
あたしを……ただ……あたしを……」
「ジル!今こいつがお前に何をしたのか分かっているだろ!」
「止めてよ!クリス!彼はあたしを愛しているの!
愛しているの!愛しているの!」
ジルは両腕を振り回し、まるで駄々をこねる
供の様に甲高い声で叫び、クリスに訴えた。
「嘘だ!こいつはただ自分の性欲を満足させたい為に君を襲った!
卑劣な犯罪者だ!」
クリスの言葉を聞いたドラキュラは発作的に笑い出した。
アハハハハハハハハハハハハッ!
「何がおかしい!」
「君は一つ勘違いをしている!私は人間じゃない!魔獣ホラーだ!
人間の法律はあくまでも人間の為のものだ!
私が人間では無い以上、君達の方を犯した犯罪者とは言えないのでは?」
クリスは冷静なドラキュラの正論に反論出来ず黙り込んだ。
「そんな事はどうでもいいっ!お前を封印する!この正義の弾丸で!」
「残念ながら君に優位は存在しない!」
クリスはためらわず改造ぺイルライダーの引き金を引いた。
ダアアアアン!と大きな銃音と共に銃口から弾丸が発射された。
弾丸はドラキュラの額に直撃した。
「終わりだ……なっ!」
クリスはドラキュラの額を見た時、急に背筋が凍りついた。
ドラキュラは額に弾丸を受けた勢いで真後ろに首を曲げ、
顔を天に向かった上げていた。
しかし直ぐにドラキュラは首を曲げ、顔を正面に戻した。
ドラキュラはまるで痛みなど感じなかったか
のように平然とした表情をしていた。
そしてゆっくりとした口調でこう言った。
「君の攻撃はそれだけかね?」
「くっ!」
クリスは両手に構えたペイルライダーの引き金を再び引いた。
ダアン!と再び大きな銃音がした。
彼が放った弾丸はドラキュラの白いスーツの右肩に直撃した。
それはまるで金属に向かって撃ったかのように
傷一つ付かないばかりか跳弾し、何処かに跳んで行った。
しかもドラキュラは右肩を銃で撃たれてもまるで激痛を
感じる事無く平然とその場に立っていた。
「なっ!なんなんだ!くそっ!
ホラー封印の法術が込められている筈なのに!」
クリスはぺイルライダーを腰のホルスターにしまい、
素早くドラキュラに接近した。
「おりゃあああっ!」
クリスは鍛え上げられた太い筋肉を持つ右腕を振り上げた。
その後、ドラキュラの右頬に向かって右フックを全力で叩きこんだ。
彼が放った拳はモロに右頬に直撃した。
しかし彼はやはり痛みを感じていないらしく冷笑を浮かべた。
「パンチとはこうやるのだよ!」
そう言うとドラキュラは目にも映らぬ速さで右腕を振り上げた。
同時にクリスの右頬に向かって目にも映らぬ速さで右フックを叩き付けた。
「うっ!ぐわあああああっ!」
クリスは激痛が右頬に走り、悲鳴を上げた。
そして彼の身体はグルグルとその場で駒の様に回転し、
仰向けに地面に叩き伏せられた。
「言った筈だ。君に優位は存在しないと!」
ドラキュラはゆっくりと仰向けに倒れているクリスの元に歩み寄った。
しかしクリスは素早く両掌と両膝を付き立ち上がった。
「くそっ!このっ!このっ!この野郎!」
クリスは素早くぺイルライダーの引き金を引いた。
ペイルライダーの銃口から放たれたホラー封印の法術が込められた
3発目の銃弾はドラキュラの右頬をかすめた。
4発目の銃弾は右肩に直撃し、眺弾した。
5発目は彼の右脚の直撃し、跳弾した。
クリスは更に改造ペイルライダーの引き金を引き続けた。
しかしカチッとカチッと乾いた音が鳴り続けた。
どうやら弾切れらしい。
「畜生!何故だ!何故?ホラー封印の法術が!」
「終わりだよ!クリス!そんなもので私は封印出来ない!」
ドラキュラは余裕の笑みを浮かべて近付いた。
クリスは再び逞しい右腕を振り上げた。
直後、ドラキュラの拳がクリスの下腹部に直撃した。
「ぐがああっ!」
彼はその場に座りこんだ。
ゴホッ!ガホッ!と激しく咳き込み、
やがて口の中が鉄の味で満たされた。
そしてクリスは大きく口を開けた。
するとビチャアッ!と大きな音を立てて、
口から真っ赤な血がダラダラと零れ落ちた。
ドラキュラはそれを楽しそうに見ていた。
「クリス!分かるかね?強いオスである私のものだ!」
「違う!ジルはお前のものじゃない!彼女は!」
「お前を喰い殺してやりたいところだが。その必要はない。
何故なら。最後の晩餐に近くの街で沢山人間を喰い殺したからな!」
ドラキュラはニヤニヤと笑い、その場に倒れているクリスに歩み寄った。
クリスは怒りの眼差しをドラキュラに向けた。
「貴様!何人の人間を今まで犠牲にした?」
「さあ、自分でも覚えていないな。
多分、1000人位は食い殺したかな?」
クリスは心の底から怒りがこみ上げて来るのを感じた。
そして立ち上がろうとしたが全身に凄まじい激痛が走り、
力が入らなかった。
更にまた口を大きく開け、大量の血を吐き出した。
「無理をするな。もうゆっくり休みたまえ」
「悪いが俺はあきらめが悪い男でな……」
だがクリスは徐々に意識が遠のいて行くのを感じていた。
その時、ドラキュラがジルの耳に何か
を囁いている様子がぼんやりと見えた。
「何……を……吹き……込んだ……」
クリスはそう呟くとドサッと地面に倒れ、静かに瞼を閉じた。
更に耳には微かにジルの声が聞えたが
何を言っているのか全く聞き取れなかった。
やがてバサッ!バサッ!と大きく2枚の旗が振る音が聞えた。
クリスは気になり、再び瞼を開けた。
彼の視界に入ったのは大きな赤い布だった。
「旗?誰の物だ?」
「しまった!魔導旗か!」
ドラキュラは素早く両腕を組んで全身をガードした。
やがてドラキュラとクリスの前に現れた魔導旗はオレンジ色に輝いた。
ドゴオオオオオン!
凄まじい爆発音と共にドラキュラの身体は凄まじい爆風に煽られ、
くの字に身体を曲げたまま、吹き飛ばされた。
ドラキュラは地面をしばらく滑走した。
やがて彼は両足を踏ん張り、10m先の地面で停止した。
「全くこいつの相手をするよりもお前の大事な人のジルを助けるのが先じゃないのかい?」
両手に大きな魔導旗を持った邪美法師が立っていた。
クリスはぼんやりした意識を保ったまま邪美法師を見た。
「すまん……つい、奴が彼女にした仕打ちを見て……
怒りを抑えられなくて……」
クリスは急に恥ずかしさが込み上げ、顔を真っ赤にした。
「全く!あんたも修行不足だね」
邪美は呆れ返った表情でそう言った。
「おい!邪美!ジルとクリスは無事か!」
別の森の方角から男の声がしたのでクリスと邪美は見た。
翼は「ジル!」と呼びかけた。
しかしジルは我に返る事は無く翼の呼びかけにも応じなかった。
それどころか彼女は悲しみの表情を浮かべた。
「止めて!彼は593年前の再会の約束を果たしに来ただけなの!」
「何を言っている!さっさと逃げるぞ!」
「あたしは彼を愛していた!593年前からずっと!彼も同じだったの!」
ジルは必死にそう訴え続けたが翼は微かに
戸惑った表情で強引にお姫様だっこをした。
「593年前は中世の時代!
もしや彼女には過去生の記憶があるのでは?」とゴルバ。
「成程、ドラキュラと接触した事により過去生の記憶が蘇った?」
「可能性はあるねえ」
邪美は両手に持っていた魔導旗をしまった。
クリスの右腕を自分の右肩に乗せ、彼を立ち上がらせた。
クリスは邪美と翼の話に付いて行けず、
自分だけ置いてけぼりを喰らっている気がした。
ジルはその過去生の記憶を裏付けるかの
ようにドラキュラにこう言い放った。
「あたしは貴方を593年後も愛している!」
ドラキュラはそのジルのまっすぐな言葉を聞き、
嬉しさが込み上げ、自然に微笑んだ。
ザルバとゴルバはドラキュラの心の中に一瞬だけ、
純粋な愛情と思わしき感情を感じた。
翼はクルッと背を向け、ジルを避難させる為に瞬時に夜の森の中に消えた。
そして邪美もクルッと背を向け、順次に夜の闇の中に消えた。
気が付けば深い森の広場には鋼牙とドラキュラの2人が残されていた。
鋼牙はドラキュラに向かって鋭い眼光を放った。
「決着を付けよう!狩られるのは私か?それとも君か?フフフフフフッ!」
暫くして鋼牙は周囲に秋のものにはあらざる強い冷気を感じた。
同時に目に見えない想像を絶する渦の中へ
自らの意思で入り込んでい行く感覚に囚われた。
しかし彼にとってそれは些細な出来事でしかなかった。
鋼牙は白いコートの内側から魔戒剣を赤い鞘から引き抜き、両手で構えた。
「来るぞ!前から今までホラーとはケタ違いの凄まじい邪気だ!」
この深い森の広場に凄絶な暗黒の力が満ち溢れて行くのを
鋼牙は自分の肌で感じ取った。
やがてぐぐもった狂おしい太鼓の連打と
冒涜的なフルートの単調な音色が聞えて来た。
「なんだこの音色は?」
「俺様も知りたくはないぜ!」
ザルバはそんなこと聞くのは勘弁してくれ!と言いたげな表情を浮かべた。
 
(第48章に続く)