(第52章)兄妹

(第52章)兄妹
 
牙浪の世界・閑岱のジルの小屋。
翼はジルと話し終えた後、彼は部屋を出て行った。
続けて入れ換わりに白いコートを纏った鋼牙が入って来た。
「鋼牙!大丈夫なの?大怪我じゃないの?」
「ああ、大怪我だが大丈夫だ!ただもう少し安静が必要らしい。」
「ちょっと!ベッドから起きて歩き回って、
傷口が開いたら!どうするのよ!」
鋼牙は思わず苦笑いを浮かべた。
「すまない、心配をかけたようだ」
「止めておけと俺様が幾ら忠告しても
相変わらず頑固で全然言う事を聞かないのさ!」
ザルバも「ほら見ろ!」と言いたげに鋼牙を上目づかいで見た。
「ただどうしても伝えたい事がある!」
「ドラキュラの事ならさっき翼から聞いたわ!
貴方が彼の陰我を断ち切って封印したって」
「いや、違う実はお前の細胞内にある賢者の石についてだ!」
鋼牙はザルバをジルに向けた。
ザルバはやれやれと僅かにあきれ顔になった後、真顔に戻った。
「お前さんの細胞内にある賢者の石は人間の医学でも。
魔戒法師の医学でもどうしようもない。
あの『魔界黙示録』賢者の石に関する記述によれば
唯一ホラーの血を浄化させる、ヴァランカスの実が通用しないらしい。」
「ありがとう心配してくれて!でも……いいのよ……これで……」
「やはり今でもあいつの事が好きなのか?」
「好きよ、愛しているわ」
鋼牙はジルの迷いの無い返答に何故か沈黙した。
「いま、お前さんの全身の細胞内で賢者の石は活動を停止している。
つまり休眠状態だな。だからお前さんは今も人間のままだ!」
「そう、まだ人間なのね。
じゃ、賢者の石が活動を始めたらあたしの肉体はどうなるの?」
暫くジルの部屋内を重苦しい沈黙が支配した。
やがてザルバが口を開き、こう言った。
「耳を近づけてくれ!」
ジルはザルバの要求に戸惑いつつも彼の口元に耳を近づけた。
そしてザルバは小さな声でジルの耳に囁いた。
ジルの表情が一瞬だけ驚いた表情になった。
その後もザルバは最後まで誰も聞こえない様に彼女の耳元で囁き続けた。
「なる……ほど……ね……」
「この事はクリスにも、クエントにも、
パーカーにも誰にも決して言わない事だ!」
「話は済んだか?」
「ああ」
「じゃ、俺の話だ!」
鋼牙は懐からあのソウルメタルの短い棒を取り出した。
「あっ!」と声を上げた。
「このソウルメタルの短い棒は実は大昔にガロの称号を持つ者の為に
ソウルメタルを初めて加工してあの牙浪剣を精製した。
これはその際に残ったソウルメタルの切れ端で作った物だ」
ジルは驚きつつもやがて絞り出すように声を上げた。
「つ、つまり、牙浪剣の兄妹みたいなもの?」
「そう言う事になるな。」
「この蒼牙剣、道理で牙浪剣そっくりだった訳ね。」
ちなみに蒼牙剣はジルが付けた名前である。
「そしてこの蒼牙剣は確かに黄金騎士ガロの血筋が
お前の中に流れていることを証明した。」
「そう、じゃ、あたしも貴方と同じ『守りし者』なのね。」
「そうだ!お前も俺達と同じ『守りし者』だ!
それとこの蒼牙剣はお前が真に必要とするが来るまで俺が預かる。
いいな?」
「ええ構わないわ!でも約束してその時が来たら……」
「ああ、約束は必ず守る。」
鋼牙はソウルメタルの短い棒を懐にしまった。
するといきなりザルバが鋼牙に話しかけた。
「2人共!話は済んだのか?鋼牙!早くベッドに戻った方がいいぜ!
もし、また山刀鈴法師に見つかったら……」
「ああ、そうだな、ベッドの上は何かと退屈だ!」
「またあの魔界唐辛子を傷口に塗られる事になるぞ!」
「勘弁してくれ!」
鋼牙は痛々しい表情をした。
「魔界唐辛子?」
「魔界の森に自生している唐辛子の一種さ!
傷口に塗るか、煮込んで汁にして飲むと、
人間の自然治癒力を通常の10倍にまで跳ね上げる効果がある。
ただし、塗ると約一時間、二時間、急檄に細胞が再生する激痛と
塗られた時の唐辛子の成分で酷い痛みが走るらしい。」
「今じゃクリスがトラウマになっている。」
「煮込んだ唐辛子汁を飲んで傷ついた内臓が酷く痛むそうだ」
「うっ、わあっ!」
ジルはその激痛をついつい想像してしまい、悲鳴を上げた。
「そう言う事だ!」
鋼牙は慌ただしく白いコートを翻し、振り向くとジル部屋から出て行った。
ジルは真摯に鋼牙の白いコートの背中を見つめ、見送った。
そして自分の両掌を澄んだ青い瞳でずっと眺め続けた。
 
バイオの世界・クイーン・ゼノビアのホール。
「本当にこれでジルとクリスは帰って来るのでしようか?」
クエントはクイーン・ゼノビアの大ホールの中央に赤い札を
パーカーと協力をしてペタペタと貼りながら、
魔導筆で五角形の模様を描いている烈花法師を横目で見ながら尋ねた。
「ああ、出来る!レギュレイス一族が復活する白夜の2日前に
邪美法師と色々、鋼牙が持って来た本で調べて分かった事だからな!」
「それでパーカー、あいつは?大丈夫なのか?」
烈花は無線でBSAA代表とクイーン・ゼノビア
行き先について大声で話していた。
「全く!君達は一体!どうしたんだ!
クイーン・ゼノビアは『御月製薬』には引き渡さないだと!
いい加減にしてくれないかね!」
「だから!クエントは『御月製薬』にジェネシスの技術等の提供や
例の研究には参加してくれると言っているじゃないですか!」
「ああ、それとこれと話は別だ!私は!人の話を聞け!聞くんだ!」
「ああ……おかんむりだ……」
クエントは小さくつぶやいた。
 
牙浪の世界の翌朝。
鈴法師と数人の魔戒法師の優しくも厳しい治療期間を終え、
大怪我が完治したクリスと鋼牙はようやく
医務室となっている小屋から解放された。
それからクリスは朝食に邪美と鋼牙を誘った。
ちなみに翼やジルも誘おうかと考えたが、2人は何事かを話していた。
もちろん2人も別れを惜しんでいるようだ。
クリスの耳には
「厳しい試練とお前自身の運命に立ち向かいよく戦ったな。」と聞えた。
邪美、鋼牙、クリスは近くの神社の境内に座り、
オートミールのクッキーを食べた。
邪美と鋼牙はオートミールのクッキーの初めての味に2人は笑顔になった。
「おいしい、これが君のおふくろの味か?」
鋼牙はいつもの無愛想な表情とは打って変わり、
子供のような純粋な笑顔を見せた。
そんな鋼牙の表情を見ていた邪美も自然と笑顔になった。
2にんはまるで少年と少女の様だった。
「懐かしい、食べ物は違うけど!こんな風に3人で
朝飯を食べるなんて、昔を思い出すよ!」
「ああ、親父とパンを食った頃を思い出したよ!」
クリスも鈴の台所を借りて作ったオートミール
クッキーがこんなにおいしいと言ってくれたのが嬉しかった。
だがそれと同時にこんな仲の良い2人や共に戦った仲間達と
別れる事を考えると自然と寂しさがこみ上げて来た。
それからクリスは自然と「君達と別れるのはやっぱり寂しくなる」
と素直に打ち明けた。
「案ずるな。俺達と共に魔獣ホラーと闘った
善き戦友の名前を決して忘れたりはしない。」
「俺様も同じ気持ちだぜ!」
「そうだよ。そう落ち込むなって!」
鋼牙、ザルバ、邪美の優しい言葉にクリスは胸が熱くなった。
そして無意識の内に涙を流した。
「おいおい」とザルバ。
「あんた意外と涙もろいんだな」と鋼牙。
「昔から俺はそうなのさ!」
両目から流れた涙を右手で拭きながらクリスは苦笑した。
それからクリスはあの魔戒銃を記念に持ち帰りたいと申し出た。
鋼牙は快く了承してくれた。
さらに邪美は思い出した様に懐から大きな袋を取り出した。
クリスが袋を開けてみると中にはリボルバー式の魔戒銃を初め、
様々な武器が入っていた。どれも対魔獣ホラー用に強化改造されていた。
「向こう側の世界(バイオ)の世界でホラーが現われた時、
これを使ってほしい。でも人間には決して使わない事。
これがこの取引の条件だよ。」
「わかっている。ありがとう。無理を言ってすまない。」
「なに、あんた割と心配症だから。放っておけないのさ。」
「もし、向こう側(バイオ)の世界にホラーが現われたら。
俺もすぐに駆け付ける。だから心配するな。」
「そうだな。ただその時、
俺がニューヨークの街にいるかどうか分からない。
この袋の中の対ホラー様に強化改造されている
武器は信頼できるジルに預けたいと思う。」
「成程、それは名案だね!」と邪美。
「彼女なら信頼できるな!」と鋼牙。
 
(第53章に続く)