(第2章)歌声

(第2章)歌声
 
閑岱の温泉に浸かり、露天風呂を満喫した
鈴とクリスは帰りの森を散歩していた。
その時、少し開けた広場に巨大な四角い黒い物体が置いてあるの気付いた。
「なにかしら?」
鈴はその不思議な黒い物体に好奇心をそそられたのか?
草木を掻き分け、黒い物体の元に駆け寄った。
「おい、まってくれ!もしかしたら……」
クリスは大慌てで鈴の後を追った。
そしてクリスと鈴はその黒い物体を見た。
どうやらカラオケボックスらしい。
「カラオケってなんですか?」
鈴がそう不思議そうに聞いたのでクリスは驚いた。
「カラオケ?知らないのか?」
鈴は無言で左右に振った。
クリスは少し得意気にカラオケについて説明した。
何故か電気が通っているらしくスイッチを押したらあっさり起動した。
鈴は好奇心でキラキラと輝いている茶色の瞳でカラオケボックスを見た。
何が起こるのか。彼女の心の奥からわくわくした。
そしてクリスがマイクで歌う事を教え、渡そうとした。
直後、別の方角から美しい歌声が響いた。
「なんだ……誰か歌っているのか?フフフッ!」
クリスは不敵に笑った。彼は歌が誰よりも得意だと自負していた。
その時、鈴が放心状態になり、うつろな表情になった。
「どうしたんだ?」
間もなくして遠くからこの上なく醜い姿をした魔獣ホラーが現われた。
「なっ!ホラー!」
クリスは慌ててホルスターから拳銃を抜いた。
「居心地がよさそう。兄……そこに座ってもいい?」
「鈴!何処に行く!そっちは魔獣ホラーだ!喰われちまうぞ!」
彼女にはソファーがあり、その上にここに入る筈の無い
山刀翼が気持ちよさそうに座っている姿が映っていた。
しかしクリスにはこの上なく醜い姿をした魔獣ホラーが
顔面を十字に大きく開き、巨大な口が現われた。
さらに口内には7対の細長い牙を覗かせていた。
鈴はまるで魔獣ホラーの歌声に操られる様に真っ直ぐ
醜い姿をした魔獣ホラーに向かって一直線に突き進んで行った。
このままでは彼女が捕食される!!
さらにクリスにも鈴と同じくソファーがあり、
その上にここに入る筈の無いジル・バレンタイン
気持ちよさそうに座っている姿が映っていた。
これは……幻覚だ!あいつ!歌を歌う事で人間に幻覚を見せるのか?
どうすれば……このままじゃ!
俺もやられる!ちくしょう!どうすれば……。
クリスは徐々に意識が遠退きかけた。
その時、ふと自分の手に持っているマイクに気付いた。
「そうだ!目に目を歯には歯を!」
クリスは素早く振り向き、カラオケボックス
自分が知っているありったけの曲をリストに掛けた。
その間にも鈴と醜い姿をした魔獣ホラーの
距離はどんどん短くなって行った。
「行くぞ!反撃だ!」
クリスはカラオケボックスのスイッチを押し、
自分が選んだ曲を全て再生させた。
次の瞬間、カラオケボックスから軽快なドラムの音が聞えた。
クリスは力の限り大声で次々と自分が選んだ曲を歌った。
曲は何故か「魔法使いサリー」だった。
やがて醜い姿をした魔獣ホラーが奏でる美しい歌声は
クリスの力強い歌声にかき消されそうになった。
同時に鈴は正気に戻った。
「ハッ……あたしは一体何を……」
目の前には顔面を閉じ、動揺と戸惑いの表情を
浮かべている醜い姿をした魔獣ホラーがいた。
咄嗟に鈴はこの魔獣ホラーの正体が分かった。
「こいつ……使徒ホラー・ユニゾ!」
さらにユニゾは自分の美しい歌声を
かき消されまいと更に大きな声で美しい歌声を奏でた。
鈴はユニゾの歌声による幻覚を見始めようとしていた。
だがクリスは負けてなるものかと更に力強く大きな声で
魔法使いサリー」を歌い終え、
次の曲の「すきすきソング」「魔法使いのマコちゃん」
「ドンちゃんの歌」「幸せを呼ぶリミットちゃん」
を休み無く、連続で歌い続けた。
クリスが力強く大きな声で歌う事で
再びユニゾの美しい歌声をかき消されかけた。
すると鈴の目の前に現れた幻覚はフッと消えた。
「マズイ……彼の体力が……一撃で決めるわ!」
鈴は気付いていた。
今やクリスは何時間も歌い続け、疲弊しつつある事に。
それでも彼は鈴の笑顔を守る為に
キューティハニー」「魔女っ子メグ」を歌い続けた。
もはや力強く大きな声の中に絶叫が混じっていた。
更に意味不明な呪文まで聞こえて来た。
続けて「魔女っ子ナックル」の曲を歌い出した。
途中、「イエイ」と聞え意外にも彼はノリノリだった。
とうとうユニゾが奏でる美しい歌声はクリスの
必死の歌声に圧倒され、ほとんど聞えなくなった。
その間にも「女の子って」と魔法少女ララベル」を歌い続けた。
ユニゾは憤怒の表情を浮かべ、クリスを睨みつけた。
鈴はユニゾの注意がクリスに向けている内に
息を殺して両膝を曲げて姿勢を低くした。
その後、鈴は慎重に背後からユニゾに接近した。
しばらくして彼女は音を立てずに大きくジャンプした。
魔導筆を片手で構え、『雷光』と言う文字と円を描いた。
やがてユニゾはふと真上に気配を感じ、天を仰いだ。
今だ!鈴は魔導筆を力の限り振り降ろした。
やがて『雷光』の文字が金色に輝いた。
続けて轟音が鳴り響き、青空を切り裂き、
極太の稲妻がユニゾの脳天に直撃した。
「信じられ……無い……たかが人間の……歌声ごときに……私が敗北など!
認めない!認めないわ!うぅ!ぎゃああああああああっ!」
やがてクリスの曲が終わるのと同時にユニゾンの肉体は粉々に爆四散した。
そしてクリスが曲を歌い終わると同時にバタッとうつ伏せに倒れた。
「とんだ……カラオケ大会だったな……つっ……疲れ……た……」
「ありがとうございます……カラオケってすごい機械なんですね……」
「ああ……ヤバイ、頭に酸素が……」
クリスは意識が朦朧としていた。
そこに草木を掻き分け、邪美、翼、鋼牙、ジルが現われた。
「ホラーは?」
「妹に手を出すとは許せん!」
「やっつけましたよ」
「えっ?」
鋼牙と翼は暫く呆然としていた。
「彼の機転に救われました。」
鋼牙が茫然としている中、ザルバはカカカッと笑い始めた。
「ああ、なんだ!
あれはみんなクリスの曲だったのか!凄いレパートリーだな!」
「ハッ……ハアッ……それは……どうも……」
「それにしてもなんじゃ?
あの意味不明な呪文の数々は?わしは聞いた事が無いのう。
それになんじゃ?あの破廉恥な歌詞は……プクッとか?ボインとか?」
ああ、キューティハニーの事か。
クリスは疲れ果てた意識の中ぼんやりとそう思った。
「そんなこと今更気にしたってしょうが無い事だ!」
翼は冷静にそう答えた。しかしゴルバはまだブツブツと何か言っていた。
「ねえ、兄!カラオケやってみない!面白そうだよ!」
「俺はいい、かつて魔戒法師を目指して
魔界語の歌を練習したが。どうも苦手だった。」
翼は疲労して座り込んでいるクリスに頭を下げた。
「鈴を助けてくれてありがとう。」
「ホラーと闘った戦友だ!当然さ!」
「ところでお前は歌わないのか?」
ザルバが意地悪な笑みを浮かべ、鋼牙を誘った。
「歌わない。俺も以前、
カオルにカラオケに無理矢理、連れて行かれて歌わされた。
結果は散々だった……。もうカラオケはこりごりだ。」
「実は……あたしもこういう風に人前で歌うのは苦手で……
パスするわ……」とジル。
「あたしは歌うよ!面白そうじゃないか!」
邪美はクリスからマイクを受け取った。
そしてカラオケを起動させてキューティハニーの曲を邪美は歌い始めた。
翼と鋼牙は茫然と見ていた。     
一方、鈴とジルはリズムよく合いの手を入れていた。
「おお、成程、女の子らしいな。」とザルバ。
「またあの破廉恥な曲かのう。」とゴルバ。
「爺さんも歌うか?」ザルバ。
「わしはあんなものには興味は無い!」とゴルバはそう断言した。
「相変わらず掟に厳しい頑固爺さんだぜ」
ザルバはほとほと呆れ果てた表情をした。
クリスは邪美の歌唱力に圧倒された。
彼女のはまるでプロの歌手だった。
それはキューティハニーを最初に
歌っていた前川洋子と酷似した歌声だった。
邪美が幼い頃から歌うのが好きだった事は知っていた。
最近じゃたまにカラオケに行って
こっそり歌っていると言う噂は本当だったのか。
そうだ、俺もこっそりカラオケで歌って練習してみよう。
鋼牙は静かに心の奥底で対抗心を燃やしていた。
 
(END)