(第3章)捕食者

(第3章)捕食者
 
「ブラッドバックです!イスから立って!
両手を上げて!頭の上に置いて下さい!」
狭い部屋に先に突入したカイル隊長は大きな声を上げた。
すると男はおとなしく椅子から立ち上がり、両手を上げて頭の上に置いた。
「貴方がブレッド・グラビアンスですね」
「そう、私がブレッド・グラビアンスだ!」
男はそう言うと微かに笑った。
「君達はあれを見たかね?」
「もしかして俺の仲間のリースを殺したのも!」
「多分、そうだろうねえ。だが困ったよ。」
「おいおい、どういう事か説明してくれよ?」
「ああ、ちゃんと説明して貰おうか?その化け物の正体を!」
トムとアーサーは睨みを利かせて、ブレッドに詰め寄った。
「説明してくれますね。ブレッドさん」
カイルも睨みを利かせ、そう静かに言った。
「分かった。分かった。そう睨むな。睨むな。」
しばらくしてブレッドは説明を始めた。
「あれはアメリカ国家を脅かすテロリストの根絶を目的に無敵の歩兵を
製造しようと言うコンセプトで極秘に研究が進められていた。」
「おいおい、マジかよ」
「私とその愉快な仲間達はマイクと言う間抜け爺に依頼され。
高度な遺伝子操作技術で用いて試作として産み出された。」
「それがあの赤ん坊ね」
「ああ、だが今はもう赤ん坊じゃない。」
「どういう事だ?」
怪訝な顔でアーサーはそう尋ねた。
「その試作として産み出された『無敵の歩兵』の赤ちゃんは成長が速く。
私がアメリカ陸軍感染医学研究所から持ち出して
僅か一日で青年まで成長した。」
「何だと……」とアーサー。
「しかも、青年になると凶暴性を増して。
本能赴くままに新鮮な肉や交尾の為のメスを求めて
この廃工場の中を徘徊しているのさ。」
「マジで最悪だ……」とトム。
「私は信じられませんが……」とカイル。
「つまり、仲間を襲ったそいつが……」とミーシャ。
「ああ、そうだろう。だからすでに私の手には負えなくなってしまった。」
そう言うとブレッドは困った顔を全員に向けた。
ミーシャはカイル、トム、アーサー達が
ブレッドの話に真剣に耳を傾け、
完全に注意が逸れている事を念入りに確認した。
その後、いつも自分がしている様に息を殺して気配を消した。
続けて物音を立てない様に慎重に歩き、
誰にも気付かれないよう部屋の外へ脱出した。
しばらくしてカイル隊長は厳しい口調でブレッドにこう指示した。
「貴方はどうやらあの異形の化け物に詳しい様ですね。
私達と同行させます。今後も私の指示に従って貰います。
出来ないのなら即時射殺します。」
「はい!分りましたよ!隊長さん!」とブレッドは素直に返事をした。
その時、ふとミーシャがいない事に気付いた。
「おい!ミーシャがいない!」
「また単独行動ですか?」
カイル隊長は隊員の単独行動に困り果てた。
「おい!ふざけんなよ!ただでさえ危ないのに!こっちの身にもなれよ!」
トムは憤慨しつつも、行方をくらませたミーシャの事を酷く心配した。
仕方が無くカイル隊長は行方をくらませたミーシャを全員で探す事にした。
そして3人の隊員とブレッドは部屋を出て行った。
部屋を出た後、廃工場内は静まり返っており、
さらに不気味さと恐怖を煽った。
暫くして「うおおおおっ!」と言う大きな声が聞えた。
カイル、アーサー、ブレッド、はビクッと身体を震わせた。
「なんだ!敵襲か?」
アーサーは両手でリボルバーMP103NIを構えた。
「違うようです……」
カイルが冷静に床を指さした。
するとトムが工場内の床の段差につまずき、
すっ転んで仰向けに倒れていた。
「脅かすなよ!馬鹿!」
アーサーは思わず声を上げた。
「やれやれ……」
呆れた表情でカイルは仰向けに倒れているトムを助け起こした。
「面目ありません……カイル隊長!」
その突如、バゴオン!
と言う大きな物音が廃工場全体の壁、床、天井に反響した。
反射的にアーサーは片手でリボルバーMP103NIを構えた。
反射的にトムは両手でアサルトライフルFNHCを構えた。
しかし唯一カイル隊長は冷静に両手で
グレネ―ドランチャーRG140を構えた。
3人の隊員は敵襲来に備え、全神経を集中させ、
無言だったので長い間、沈黙が流れた。
全員の心臓がバクンバクンと早鐘の様に鳴っていた。
「狙いは夜襲か?」
「かも知れませんね。」
「おいおい暗闇からの襲撃は勘弁してくれ……」
カイル隊長は一瞬だけ壁を這い回る真っ赤な
毛むくじゃらのクモらしき生物の姿を捉えた。
「あれは……クモ……」
更にガタン!ガタン!と大きな音が響いた。
続けてまた近くでガタン!バコン!
と何かを撥ね飛ばす音が続けざまに聞えた。
しばらくの沈黙の後、バゴオオン!
といきなり目の前のドラム缶が左右に弾け飛んだ。
同時に恐らくリースを殺した怪物の姿が現われた。
そいつは人間の青年にクモを掛け合わせた異形の姿だった。
異形の怪物は背中から生えた8対の真っ赤な毛に覆われた
毛むくじゃらのクモの脚と両手と両足を地面に付け、
四つん這いの奇妙な体勢だった。
続けてバキバキと大きな音を立てて、
口内から2対の巨大な挟角を伸ばした。
「くそっ!よくも!リースを!」
アーサーは両手でリボルバーMP103Nの引き金に指を掛けた。
その瞬間、異形の怪物は常人ではあり得ない速度で猛然と突っ込んで来た。
続けて異形の怪物は大きな口を開けた。
やがて口内から再び2対の巨大な挟角を伸ばした。
カイルもトムもブレッドも誰も反応できなかったし、対処出来なかった。
それは異形の怪物の移動スピードが余りにも早過ぎたからだ。
ほんの数秒間の間の出来事だった。
異形の怪物は2対の巨大な挟角をアーサーの胸部にドスッと突き刺さした。
彼は激痛の苦悶の表情を浮かべた。
アーサーはリボルバーMP103NIを床に落とした。
しかしサバイバルナイフを取り出し、
異形の怪物の真っ赤な頭部に何度も突き刺した。
異形の怪物の頭部の皮膚が裂け、オレンジ色の血が流れた。
だがそれでも異形の怪物は頑なにアーサーを離そうとしなかった。
暫くしてアーサーは徐々に全身が
麻痺して行くのを感じ、意識が朦朧となった
やがてあの忌まわしいジュルジュルジュルと吸い上げる音か聞こえ始めた。
恐らくアーサーの体内に毒を注入して全身を麻痺させた後に
消化液か何かを注入して、体液、肉、血を吸い上げているのだろう。
「くそっ!」
「アーサー!」
トムはアサルトライフルFNHCを両手で構えた。
カイルはアーサーの手からこぼれ落ちていた
リボルバーMP103NIを咄嗟に拾い両手で構えた。
その瞬間、コンクリートの床に倒れていたブレッドが立ち上がった。
「よせ!止めろ!食事中に手を出すな!殺されるぞ!」
急にブレッドは走り出し、両手でトムのアサルトライフルFNHC。
カイルのリボルバーMP103NIを掴み、天井に向けた。
「邪魔しないで下さい!彼を助けないと!」
「カイル隊長!あいつはアシダカグモがベースだ!
彼は根っからの狩人だ!」
「何!訳分かんねえ事を!!どけ!早くどけ!どけよ!ボケ野郎!」
トムはブチ切れ、ブレッドの顔面を拳で殴りつけた。
だがそうこうしている内に彼の筋肉質な身体は徐々に溶けて萎んで行った。
それから僅か1分でアーサーは骨と皮だけの死体となった。
どうやら食事を終えた異形の怪物は満足したらしい。
同時にサバイバルナイフで傷つけられた頭部の刺し傷は
あっという間に元の皮膚と髪が形成され再生した。
異形の怪物は四つん這いの体勢のまま素早く振り向いた後、
猛スピードでコンクリートの床を走り抜け、暗闇の中に消えて行った。
カイル隊長、トム、ブレッドは
骨と皮だけの死体と化したアーサーを見降ろした。
「くそっ。アーサーはCQCやナイフの達人だったのに……」
カイル隊長も襲撃して来た異形の怪物の脅威に頭を悩ませた。
こうして異形の怪物の襲撃から生き残ったのは。
特殊部隊ブラッドバックのカイル隊長とトム隊員、
行方不明の女性隊員ミーシャを含む3人の隊員と
捕まえたブレッド・グラビアンスの4名だけだった。
現在、ブラッドバックの隊員2名は
異形の怪物に襲われ命を落としたのであった。
 
(第4章に続く)