(第5章)幼体

(第5章)幼体
 
特殊部隊ブラッドバックのカイル隊長とトム隊員は
ブレッドを連れて行方不明になったミーシャ隊員を探して、暗闇に覆われた
大きな廃工場の広い敷地内を懐中電灯やそれぞれの愛用銃に
取り付けられたライトの白い光を頼りに先へ進んだ。
「ミーシャの奴!どこへ行ったんだ?」
「心配です。あの『無敵の歩兵』に襲われていないといいですが。」
トムとカイルは心配そうな表情で周囲の暗闇を
懐中電灯やライトの光で照らした。
やがてブレッドが急に声を上げた。
「おい、君!君!懐中電灯かライトを照らしてくれ!」
「はあ、なんだよ。」
トムは偉そうに言うブレッドに腹が立ちつつも、
彼が指さす方にライトの白い光を向けた。
すると遠くの錆ついた鉄骨の近くをフラフラと歩いている人影が見えた。
その人影は女性で背中にスナイパーライフルB82Aを背負っていた。
「おい!ミーシャ隊員!カイル隊長!見つけました!」
トム隊員はミーシャの所に駆け付けた。
「ミーシャ隊員!無事でしたか!」
カイル隊員はミーシャの所に駆け付けた。
「おい!心配したんだぜ!」
「何があったんですか?」
ミーシャは今にも泣き出しそうな表情になった。
そして彼女は平然とした表情で嘘の話を始めた。
「実はカイル隊長が厳しい口調でブレッドに指示しているほんの一瞬の間
にあたしの背後の暗闇から『無敵の歩兵』が飛び出して来て。
あたしを捕まえて狭い部屋の休憩所からあっという間に引きずり出したの。
その時、あたしは頭を強く打って、意識を失ったの。
一時間、意識を失っていて。気が付いたら。
大きな工場の広い敷地内の柱の近くで目覚めていたの。」
「じゃ、その間は何も覚えていないんですね。」
「ええ、そうよ。何も覚えていないわ。何がどうなっていたのか?」
ミーシャは頭を抱え、首を左右に振った。
それは映画に登場するプロの女優顔負けの演技だった。
彼女の演技と嘘の話に騙されたカイル隊長は
冷静でしかも優しく彼女に声を掛けた。
「落ち着いて下さい。何があったのか知りませんが。
もしかしたらふと何かのきっかけで思い出すかも知れません。」
彼女は両目に涙を溜めたまま、
カイル隊長とトム隊員の冷静な顔を真摯に見つめた。
「私達は特殊部隊ブラッドバックのチームです。」
「そうそう、仲間は助け合わないとな。」
やはりミーシャの演技と嘘の話に
騙されていたトムは元気を出せと陽気な笑顔を向けた。
「ありがとうございます。カイル隊長。トム隊員。」
彼女はもっともらしく感謝の言葉を述べた。
しかし彼女は心の奥底で嘲笑っていた。
だがブレッドはミーシャの話に違和感を覚えた。
ミーシャは頭を強く打って、一時間、意識を失っていて。気が付いたら。
大きな工場の広い敷地内の柱の近くで目覚めていたと言う。
だが、何故?『無敵の歩兵』は彼女を誘拐した?
何故?何もせずに大きな工場の広い敷地内の柱の近くに放置した?
捕食目的ではなかった。待てよ……もしかしたら?
これは更に進化した『無敵の歩兵』
の生体サンプルが手に入るチャンスかも知れない!!
ブレッドはこっそりと僅かに微笑んだ。
カイル隊長、ミーシャ隊員、ブレッド、トム隊員
暗闇に覆われた廃工場の広い敷地内を歩き回っていた。
カイル隊長はミーシャ隊員の異変に気付いていた。
いつもの彼女は機敏な行動で堂々と歩いているのに。
現在の彼女は緩慢な行動で少しフラフラと歩いていた。
カイル隊長はミーシャ隊員の様子が心配になった。
暫くしてミーシャは突如、廃工場の敷地内の中央で立ち止まった。
「どうしましたか?」
カイル隊長の問いかけにミーシャは反応しなかった。
「大丈夫ですか?体調が悪いんですか?」
カイル隊長は再度、ミーシャに問いかけた。
ミーシャは大きく身体を前方にくの字に曲げた。
その後、彼女は右手で口を押さえた
「おいおい、大丈夫かよ。」。
トム隊員も心配になった。
やがてミーシャは四つん這いになった。
それから大きく口を開けた。
同時に一匹のオレンジ色の巨大なヒル
コンクリートの床に向かってボタッと吐き出した。
トム隊員は「うげえ」と声を上げた。
更に気持ち悪くなり、顔をしかめ、思わず自分も口を押さえた。
コンクリートの床に落下した
オレンジ色のヒルはクネクネと身体を動かした。
さらにオレンジ色のヒルの様な生物はまるで赤ん坊のように
ピーピーと言う大きな鳴き声を上げた。
カイル隊長は懐から空き瓶を取り出した。
機敏な動作でコンクリートの床で
ジタバタしているオレンジ色のヒルを捕獲した。
ミーシャはまだゴホゴホと
咳き込んでいたがどうやら命に別条は無い様子だった。
カイル隊長は空きビンの中に入っているオ
レンジ色のヒルをブレッドに見せた。
更に厳しい口調でこう問い詰めた。
「これは一体?何ですか?あの『無敵の歩兵』
は彼女に何をしたんですか!」
ブレッドはやれやれと首を左右に振った後、静かに語り始めた。
「これはあの無敵の歩兵の幼体だよ。」
「幼体?まさか?あいつ繁殖できるのか?」
「ああ。普通の女性の妊娠を利用した繁殖では上手く行かないと考えてね。
だから新型のレトロウィルスにアシダカグモの遺伝子の一部の他に。
人間の体内の細胞の一部をヒル型の独自の生物に変換させて
幼体を産み出す発癌性の遺伝子を組み込んでいる。
しかもこのヒル型の幼体を産み出せるのは
XXの染色体を持つ女性のみだ。」
「ふざけんな!そんな危険極まりないウィルスを作りやがって!」
「だから『無敵の歩兵』は繁殖の為に
ミーシャを襲った。そう言う事ですね。」
「ああ、そうかも知れんな。
またこのヒルの幼体は脱皮を繰り返し、約半日で胎児の姿になる。
それからさらに1日かけて青年まで急成長する。」
カイル隊長はオレンジ色のヒルを閉じ込めた
空きビンをひとまず背中のバックにしまった。
しゃがんだ後、カイル隊長はミーシャ隊員の顔色を伺った。
彼女の顔色は血色が悪く土気色で気持ち悪そうにしていた。
さらに彼女はカイル隊長に空腹を訴えた。
カイル隊長はミーシャ隊員を一度、別の場所に移動させようと考えた。
そしてミーシャの右腕を自分の右肩に回し、立ち上がらせた。
ミーシャは多少、フラフラしているもののほぼ自力での歩行は可能だった。
別の場所でミーシャを再び座らせた後、
食糧の缶詰をナイフで何個か開けた。
彼女はその缶詰の中の魚を無我夢中で食べ続けた。
やがて缶詰を何個か食べている内にようやく血色が戻り、
ほんのりピンク色の肌になった。
さらに気持ち悪い症状も缶詰を食べている内に次第に収まって行った。
彼女は満腹になると大きく息を吐いた。
それからカイル隊長、ミーシャ隊員、トム隊員は
今後あの『無敵の歩兵』をどうするか話し合った。
「殺されたリースとアーサーの仇を討とう!」
「ええ、でも。あの化け物!俺達の想像以上の速さだぜ」
「確かに正面から闘いを仕掛けたら。あっという間に全滅でしよう。」
「あたしのスナイパーライフルで殺すわ!あいつが気付く前に一瞬で!」
ミーシャは得意満面な表情を浮かべた。
「任せました。ミーシャ隊員!」
カイル隊長はずっと不快で険しい表情を
しているブレッドをチラッと横目で見た。
彼は心の中で自分の最高傑作が壊されるのだからそれも当然だと思った。
ブラッドバックの隊員達の話し合いの末、青年まで成長した凶暴極まりない
『無敵の歩兵』を殺す事と廃工場を脱出すると言う結論に至った。
その後、カイル隊長とミーシャ隊員、トム隊員はわざと
自分の愛用銃に備え付けられているライトを消した。
当然、廃工場は暗闇に覆われ、何も見えない。
しかしカイル隊長は困った時の為に予め用意していた
暗視ゴーグルをトム隊員、ミーシャ隊員に配った。
全員、暗視ゴーグルを掛けた後、スイッチを押した。
すると全員の暗闇だった視界が緑色に変わった。
同時に廃工場の内部のテーブル、
電話や大きな機械等がくっきりと見える様になった。
暗闇で何も見えないブレッドは不気味な程、無言だった。
彼はどうやってカイル隊長の隙を付いて、鞄の中に入っている
ミーシャの体内から産まれた『無敵の歩兵』のサンプルを盗むべきか。
彼は頭の中で長い間、策略を巡らせた。
彼は『無敵の歩兵』の幼体を閉じ込めた
空きビンが入ったカイル隊長のバックを見た。
 
(第6章に続く)