(第5章)人形

(第5章)人形
 
真夜中、ニューヨークのマディソン・スクエアの表通りを
急いで帰路に着いている白い上着に赤いシャツを着た
茶髪の短い髪の女性が早足で歩いていた。
彼女はNGO団体のテラセイブで働いているごく普通の一般女性である。
今夜は同僚のモイラ・バートンの
手伝いをしている内に夜遅くまでかかっていた。
彼女は大事な書類が入った白い手提げ鞄を
右肩に抱えて、帰り道を駆け足で走り続けた。
彼女は真っ黒で縞模様の不思議な服を着た少女が
近くの歩道を横切るのが唐突に見えた。
僅か1分後。
真っ黒で縞模様の不思議な服を着た少女は瞬時にフッと消えてしまった。
まさか?最近ずっと夢に出て来たあのジルのと噂の少女なの
いやいや彼女に娘がいたなんて話は聞いた事ないわ……。
きっと寝不足で偶然見た見た幻影……。
やがて彼女はフェンスに囲まれたゴミ捨て場を通りかかった。
その時、何者かの視線を感じ、ゴミ捨て場の方を見た。
ゴミ捨て場には古いタイヤ、機械、その他ゴミの山の上に
小さな古い外国製の人形がポツンと置かれていた。
「人形?まさかね?」
クレアはじっと人形を観察していた。
彼女は踵を返し、右肩の白い手提げ鞄を掛け直した。
そしてスタスタと自宅に続く道路を歩き始めた。
彼女がいなくなった後、
古い外国製の人形はギギギッと首の辺りを軋ませ、首を傾げた。
クレアは家に着き、家の鍵を開け、家の中に入った。
彼女は右肩に抱えていた鞄をソファに置いた。
その後、シャワーを浴びようと風呂場に向かって歩き出した。
しかしプルルルルルルッ!と大きく電話が鳴った。
「んっ?兄さんからかしら?」
クレアは踵を返し、電話の方に走った。
「もしもし兄さん?」
彼女は白い受話器を取り耳に当てた。
やがて愛らしい女の子の声が聞えた。
「あたし!メリー!今、ゴミ捨て場にいるの!」
「えっ?」とクレアは思わず声を上げた。
そして途中で電話が切れたので彼女は白い受話器を置いた。
彼女は酷く動揺した。
再び電話が鳴った。
彼女はもう一度、電話の受話器を取った。
あたしメリー!今!タバコ屋さんにいるの!
タバコ屋って?まさか?あのタバコ屋さん?
クレアは電話の受話器を置いた。
そんな。まさか。あのゴミ捨て場の人形はただの人形でしょ?
一人で移動する筈は無いわ!絶対に!
クレアは思った。いや、そう思い込もうとした。
また電話が鳴った。
クレアは僅かに恐怖を感じ、受話器を取れなかった。
しかし電話はしつこく何度も鳴り続けた。
彼女はしばらく放置した末にとうとう痺れを切らした。
「いい加減にして!」
クレアは白い受話器を取ると大声で怒鳴った。
しかし再び愛らしい女の子の声が聞えた。
「あたしメリー。今、貴方の家の前にるの!」
彼女は顔から一気に血の気が引き、青くなった。
クレアは引き出しから兄クリスが
愛用していたサムライエッジを取り出した。
それから安全装置を外し、上部のシリンダーを下げて、弾を込めた。
両手でサムライエッジを構え、自分の家の玄関まで走った。
そしてドアノブに手を伸ばした。
既に掌は脂汗でビショビショだった。
やがてドアノブを掴み、ゆっくりと回した。
クレアは決意し、バンとドアを開けた。
続けて両手にサムライエッジを構え、玄関の外を出た。
しかし幾ら外の周囲を見渡しても
夜闇が目の前を覆うばかりで誰も一人っ子いなかった。
「やっぱり!悪戯電話だったのかしら?」
クレアは大きく溜息を付き、何故か安堵の表情を浮かべた。
しかし次の瞬間、またしてもプルルルルッと電話が家の中から鳴り響いた。
クレアは全身をビクッとさせた。
「まっ!またっ!もう!何なのよ!」
クレアは再び家の中に入って行った。
彼女は家に戻ると再び電話の方に走って行った。
それからプルルルルと鳴り続ける電話の受話器を取った。
するとまた愛らしい女の子が聞えた。
「あたしメリー!今……貴方の後ろにるの……」
クレアは思わず受話器を落とした。
受話器は彼女の手から滑り落ち、カーペットの上に落ちた。
さらに自分の背後で何ものかの気配を感じた。
クレアはゆっくりと振り向いた。
彼女の背後にはゴミ捨て場にあった外国製の人形だった。
「うっ!何なのよ……あんたなんなのよ……」
クレアは両手にサムライエッジを構え、銃口を外国製の人形に向けた。
もはやこの人形はただの外国製の人形とは思えなかった。
暫く彼女の家の赤い壁にもたれかけていた。
しかし外国製の人形はまるで生きているかのように立ち上がった。
静かに外国製の人形は愛らしい声でしゃべり始めた。
「お姉ちゃん!怖い?お姉ちゃん!怖い!怖いんだ!」
外国製の人形はフフフッと笑い出した。
その外国製の人形の邪悪な笑みにクレアは背筋がぞっとした。
「お姉ちゃん!大好物!恐怖で震え上がっている!大好物!」
次第に外国製の人形の口がビリビリと破れ、ゆっくりと耳まで裂けた。
クレアは恐怖を堪え、サムライエッジを両手で構えた。
外国製の人形は耳まで裂けた口を大きく開けた。
口内には無数の鋭利な牙が並んでいた。
「ひんやりした肉は美味しい!お腹すいたあああああっ!」
その後、外国製の人形は野獣のような凄まじい咆哮を上げた。
クレアはサムライエッジの引き金を引いた。
銃口から3発の銃弾が放たれた。
3発の銃弾は全て外国製の人形の頭部に直撃した。
しかし外国製の人形の頭部はまるで鉄の様に硬く、
3発の銃弾は全て眺弾した。
「うっ!うそっ!」
クレアはただの外国製の人形に銃弾の攻撃が全く効かない事に動揺した。
咄嗟にクレアは玄間に向かってに走り出した。
クレアは玄間のドアを開け、家の外に飛び出した。
クレアは息を切らせて道路を全力で走り続けた。
その後を外国製の人形が宙を飛び、彼女の後を追いかけて来た。
クレアは時々、振り向き、サムライエッジの引き金を引いた。
しかし弾切れになるまで何発も当てても外国製の人形は
まるで鉄の様に硬く全ての銃弾は眺弾した。
「キャハハハハハハハハハッ!」
外国製の人形のけたたましい笑い声がクレアの背後から聞こえた。
ああ、畜生!あのいかれ!クソ人形!一体何なのよ!
クレアはそう思いつつも息を切らせ、全速力で走り続けた。
やがて全速力で走り続けている内に先程、追って来ている
外国製の人形を見かけたゴミ捨て場まで辿りついた。
クレアは腰にサムライエッジをしまうとフェンスを昇り始めた。
背後には外国製の人形が大きな口を開けていた。
ようやくクレアはフェンスを昇りゴミ捨て場に入った。
外国製の人形は大きな口で金網のフェンスに噛みついた。
そして無数の鋭利な牙で食い千切り、穴を開けた。
まるで猛銃の様だった。
ゴミ捨て場の中に入ると大きな口を開け、
外国製の人形はクレアに飛びかかった。
既にサムライエッジは弾切れで使えない。
彼女はもはやこれまでと思い、両手で顔を覆った。
もう駄目だ!喰われる!
しかし不意にクレアは全身で強い風を感じた。
続けてゴシャッ!と言う大きな音が聞えた。
クレアは恐る恐る顔を覆っていた両手を退けた。
目の前にあの外国製の人形はいなかった。
代わりに白いコートを羽織った背の高い日本人の男がいた。
白いコートの背の高い日本人はこう言った。
「早く逃げろ!」
クレアは訳が分からなかったがフラフラと立ち上がり、
近くに隠れられる場所に避難した。
その後、隠れているドラム缶の上からこっそりと顔を出し、様子を見た。
自分にだって何が起こっているのかを知る権利はあるからだ。
白いコートを着た背の高い日本人の男は
コートの赤い内側から赤い鞘を取り出した。
続けて素早く赤い鞘から銀色に輝く見事な両刃の長剣を引き抜いた。
そして銀色に輝く両刃の長剣の鋭い先端を外国製の人形に向けた。
 
(第6章に続く)