(第8章)侵入

(第8章)侵入
 
傷だらけな上にあられもない恰好をしたモイラを乗せた緑のハーレは
マンハッタン・タイムズスクエアの裏路地の道路を走り続けていた。
しかし緑のハーレが街の道路を走る度に冷たい風が
魔獣ホラーパズズの手によって両乳房が
露わにされたモイラの身体を強く撫でた。
彼女は寒さで身震いした。
そう言えば明日が10月31日、ハロウィーンだっけ?
やがてモイラとジルを乗せた大きな
緑のバイクは茶色の車庫の建物の前で停車した。
ジルは緑色のハーレから降り、とりあえずモイラを連れ、
大きな茶色の車庫の建物の中に入って行った。
車庫の中はとても広いが生活スペースは一人用なのでとても狭かった。
奥の方には自分で作ったシャワールームがあった。
その隣には無人のトイレがあり、モイラの目の前にはベッドがあった。
ベッドの傍の木製のテーブルにはノートパソコンがあり、
壁にはニューヨークタイムズの新聞の
切り抜きが大量に張りつけられていた。
「ここがあたしの隠れ家なの」
モイラは唖然とした表情でジルの部屋を見ていた。
「ずっとここにいたわ。世間から隠れてね。」
「どうして?そんな事を?」
モイラの質問に暫くジルは黙っていた。
やがてジルは重々しく口を開いた。
「貴方が遭遇した不気味な生物はただの悪魔じゃないわ。
いや、キリスト教の司祭の説教に出て来るのと少し違うだけかしらね?
まあ、いずれにしろ連中は高度な理知のある獰猛な獣よ。
奴らは人間をたぶらかすどころか、人間の魂を喰い、
肉体を乗っ取ってこのニューヨークで何食わぬ顔で暮らしているのよ。
しかもその目的は単純!人間の肉や魂や血を喰う事なのよ。」
「最悪、それで明らかに恰好も性格もヤバイ連中が……
ニューヨークにまだいる訳?」
「正確な数は分らないけれど。
奴らは陰我、つまりこの世の様々な闇、具体的に言えば邪心や欲望を初め、
憎悪や怒りの負の感情が宿った物体(オブジェ)の門(ゲート)を潜って
あたし達が住む人間界に入り込んでいる事は確かだわ。」
「最悪だ。そいつらがまだ出現し続けているとしたら。
また遭遇するかも……」
「そう言う事なのよ。だから夜中、外を出歩く時は
怪しい人や話し掛ける人に遭遇したら十分注意してね。」
ジルは大きく欠伸した。
釣られてモイラも大きな欠伸をした。
それからモイラはジルから貰った新しい服を着た。
しかもパズズに破られた服と全く同じデザインだった。
「やった!ありがとう!」
「自分の家を整理していたら偶然見つけたの。あげるわ。」
「それで?一体!何があったの?
どうして3カ月間も世間から姿を隠していたの?
もしかしてパズズとドクター・リーパーと関係があるの?」
「ええ、ドクター・リーパーはホラー達がそう呼んでいるの。
あいつの本名はドクター・マルセロ・タワノビッチよ」
「マルセロって。確かジルの担当の精神科医で何回か家を訪ねて。
あいさつしたし!お茶も飲んだ!」
モイラは背筋が一瞬だけ、ゾッとした。
「その人まさか?ホラーなの?」
「ええ、魔獣ホラーよ。人間に憑依して貴方に近づいたのよ。
もちろんあたしにも精神科医として友達としてね。」
「全く知らなかった。BOWよりも分かりにくいの?」
「当然よ。憑依した人間の肉体もそのまま使っている。
言葉も正確に模倣できるわ。それで……うっ!くっ!」
何かを言い掛けたジルはまた10年前と同じ脳幹への鋭い痛みに襲われた。
続けてキイイイン!と言う甲高い耳鳴りが聞こえ始めた。
同時に全身の筋肉が急檄に発熱した。
続けて全身の筋肉が引き裂かれるかのような痛みが襲った。
ジルはその場で歯を食いしばり、
苦しそうに呻き、床の上で身体を見悶え、転がり続けた。
やがて脳幹への鋭い痛みも甲高い耳鳴りも全身の筋肉の発熱も
引き裂かれる筋肉の痛みも徐々に順番に収まって行った。
「だっ!大丈夫??ジル?」
「ええ、大丈夫よ!もう収まったわ!平気よ!平気よ!」
「よかった……一体?何がジルの身体の中で起こったの??」
「それは知らない方がいいわ」と言うとジルは口を固く閉じた。
モイラは聞いていけない事だと考えて、こう言った。
「じっ!じゃあ!父親やポリー、ナタリアが心配するといけないから」
モイラは荷物を掴み、ジルの隠れ家を慌ただしく後にした。
 
真夜中、ニューヨークのマディソン・スクエアの表通りをゴミ捨て場。
クレアが恐る恐る自分が隠れていたドラム缶の陰から出て来た。
「もう、大丈夫なのね?」
「ああ、心配無い」
鋼牙は白いコートの姿に戻り、穏やかで優しい表情を浮かべた。
クレアはふとあの外国製の人形の事が酷く気になった。
「ねえ、あの外国製の人形はどうなったの?」
暫くして鋼牙は静かに口を開いた。
「案ずるな。あの人形に秘められていた
怒りと憎悪の陰我は断ち切られ、本来の優しい人形の姿に戻った。」
「つまり?」
「ああ、あのメリーと言うホラーは人間に捨てられた持ち主に対する
怒りや憎悪、そして孤独につけこんで古い外国製の人形に憑依した。
だが、鋼牙が持ち主に対する憎悪や怒りの陰我を断ち切った。
だから外国製の人形は純粋な心のまま自由に飛んで行ったさ!
ひょっとしたら天国で楽しく暮らしているかもな!」
「へえーって!わああああああああっ!指輪がしゃべったああああっ!」
クレアは鋼牙の指に嵌められた指輪が
普通にしゃべっている事にようやく気付いた。
「おっと!自己紹介はまだだったな。
いや、それよりもしゃべる指輪は初めてか?
俺様の名前はザルバ!魔導輪だ!」
「魔導輪?魔法の指輪なの?」
「おい!これ以上の会話は不要だ」
鋼牙は白いコートの赤い内側から一枚の写真を取り出した。
「この写真の女を探している!知らないか?」
クレアは鋼牙が持っていた写真を見た。
「えっ?嘘っ!ジル・バレンタイン??」
「知っているのか?彼女は何処に?」
クレアはふと顔をうつむいた。
実は3ヶ月以上前に病院にいたんだけど。
失踪してしまって。何処にいるかあたしも知らないの」
クレアの返答に鋼牙は残念そうな表情をした。
クレアは残念そうな表情をした鋼牙の顔が気になった。
「ねえ?ジルとはどういう関係なの?」
「10年前に闘った事のある友だ!」
「へえーそうなんだ」
「同時に俺の従兄妹だ!」
「へえーほわあっ?!」
クレアは鋼牙の予想もしなかった言葉に絶句した。
「まあー分かったのは最近、10年前だったが……
それでクレアお嬢さんだっけ?!
ジルが隠れられそうな場所に心当たりはないかい?」
クレアはザルバの呼びかけにようやく我に返った。
「お嬢さん?!まあいいわ!そうね、うーんやっぱり分らないなあ」
「そうかわざわざ引き留めて済まなかった。」
「やっぱり手がかかり無し……か?……」
「すまない!先を急がせて貰う!」
鋼牙はクルッと振り向き、早足で歩き去った。
その様子をクレアはポカンとした様子で立ち、
彼の白いコートの背中を見送った。
 
(第9章に続く)