(第9章)美術

(第9章)美術
 
翌朝。
ニューヨーク・セントラルパークの東端に位置するメトロポリタン美術館
この世界最大の美術館には絵画、彫刻、写真、工芸品他、
家具、楽器、装飾品等300万点の美術品を所蔵していた。
それ故、全館を1日巡るのは難しい程の規模を誇っていた。
7年前、アラス大聖堂で発見されたイコン画はフランス北部から
この世界最大の美術館メトロポリタン美術館
今日からようやく一般公開されていた。
朝、モーテルを出た鋼牙はふと
アラス大聖堂で発見されたイコン画の事を思い出した。
彼は行ってみる事にした。
彼は広大なメトロポリタン美術館の中を歩き回った。
「広いな……」
「すっこい広いな!これは予想以上の規模だぜ!」
鋼牙もザルバも広大な美術館の壁に展示された壁画、彫刻、写真。
さらに工芸品、家具、楽器、装飾品を見渡し、困った表情を浮かべた。
やがてある展示品に続く入口に長蛇の列が並んでいるのに気付いた。
「もしかしたら……」
「ああ、そうだな」
鋼牙は素早くその長蛇の列に行った。
そして前に並んでいたアメリカ人男性に尋ねた。
「すまない!今日一般公開される予定のイコン画はここか?」
「ええ、数日前に色々ひと悶着があったみたいで
公開がかなり遅れたらしいですけど。もう公開される様です。
あっ!俺はジョン・C・シモンズです。貴方は?」
若いアメリカ人の男性はニコニコ笑った。
「名乗る程の者ではない」
鋼牙も僅かに微笑んだ。
そしてようやく鋼牙とジョンは例のイコン画を見る事が出来た。
イコン画はきちんと壁に固定され、
強化ガラスの箱の中に大切に保管されていた。
「すげええっ」
ジョンはイコン画に描かれた
絵の並みならぬ迫力に圧倒され、感嘆の声を上げた。
また鋼牙が周囲を見渡した。
するとジョンと同様、イコン画に描かれた絵の並みならぬ迫力に
圧倒され、様々な国の人々のほとんどが イコン画に魅入られていた。
そのイコン画の構図は具体的にこう描かれていた。
まず一番上の部分には灰色の広大な荒野と灰色の空を背景に
まるで菩薩の格好をした全裸の女性が描かれていた。
しかも頭部に2対の太く白い角が生えていた。
頭部の後ろには巨大な鼻を持つ象が付いていた。
全身には見た事も無い文字や両腕や
大きな白く丸い両乳房の谷間も描かれていた。
背には巨大な黄金に輝く8つの突起を持つ輪が付いていた。
鋼牙は小さくつぶやいた。
「ホラーの始祖メシア」
「ホラーの始祖メシア?なんですか?」
「いや、何でもない」
ジョンはどうやら耳がいいらしく
小さな鋼牙の言葉を正確に聞き取ったようだった。
鋼牙は真摯にイコン画の続きを見た。
イコン画には巨大な女性が鋭い茶色の眼光を放ち、
白い服の男を睨みつけていた。
白い服の男の上顎には4対の細長い鋭利な牙が生えていた。
鋼牙はそのイコン画に書かれている白い服の男を知っていた。
白い男の正体はドラキュラ伯爵、
またの名を『這い寄る混沌の魔獣・ニャルラトホテプ』。
白い服を着た男は巨大な女性に向かって
バイバイと手を振り、歩き出す様子が描かれていた。
次の絵には多数の奇妙な狼を象った鎧を着た暗黒の騎士。
更に黒いローブを纏った魔法使いや魔女と思わしき人々を。
白い服の男は次々と頭部や四肢をもぎ取り、ミイラのような姿に変え、
串刺しに、あらゆる方法で惨殺して行く恐ろしい絵が描かれていた。
黒いローブの魔法使い、魔女や暗黒の騎士達は天界の
巨大な女性の命令を受けてやっていたらしい事を仄めかす描写が
見られる事に鋼牙もジョンも気付いていた。
つまりこの絵に描かれている魔法使いや魔女、暗黒の騎士達は
白い服の男を殺そうとしたが逆に殺された様だ。
「まるで神に反逆して天界から
地上に追放された堕天使ルシファーの様ですね」
イコン画の続きの絵には。
フランスのとある農家で出会った一人の少女
お互い剣術を競っている様子が描かれていた。
「ジャンヌとこの白い服の男って?まさか恋人??」
「かも知れん」
次の絵に物置小屋らしき場所の中央で。
「おいおい、マジかよ……」
ジョンは顔を赤くし、口をポカンと開けていた。
そのイコン画には全裸になったジャンヌと
白い服を抜いた全裸の男が獣のような体位で
激しく性行為をしている様子が描かれていた。
「こりゃすごい。道理で色々あった訳だ。」
「成程。これだけででかいと目立つな……」
いや、それだけの問題じゃないと思うな。」
ザルバはそう思ったがあえて口には出さなかった。
何せ隣の人間の男はやたらに耳がいい。
下手によけいな口は出さない方がいいな。
イコン画の続きには黒い卵を抱いた白い服の男と穏やかな表情
を浮かべ、立っているジャンヌの姿が描かれていた。
次のイコン画の絵には白い服の男はいなくなっていた。
代わりに緑色の服を着たジャンヌ本人の隣に。
ジャンヌそっくりの真っ黒で縞模様の服を着た少女が描かれていた。
更にジャンヌそっくりの真っ黒で縞模様の服を着た少女に従う様に
様々な服を着た人々が歩いている様子が絵描かれていた。
イコン画で書かれていたその真っ黒で縞模様の服を着た少女は一見、
ジャンヌそっくりに見えた。しかし鋼牙とジョンがよくよく見ると
ジャンヌの特徴とあの白い服の男の特徴が見受けられた。
ちなみに専門家によればこの真っ黒で縞模様の服を着た少女は
ジャンヌと白い服の男の間に生まれた一人娘ではないか?
と言う仮説が3年前位から有力な説になっていた。
イコン画の最後の絵には。
緑色の服を着たジャンヌ本人はそれを遠くで優しく見守っていた。
イコン画が描かれたのは中世の593年前ですね。」
「ああ、丁度、1431年の百年戦争に描かれたものだ」
「一体?誰が何のためにこんなイコン画を描いたのだろう?」
「もしかしたらこのイコン画を描いた者の理想だったのだろう。」
「理想?これが?」
ジョンは驚き、眼を点にして、イコン画を指さした。
「ああ、お前に家族がいる筈だ」
「ええ、父親に母親に」
「多分、作者は自分の家族が欲しくて
これを描いたとも考えられる。そう思わないか?」
「成程、家族か……」
「家族だ。作者の唯一の望みだった。」
鋼牙は静かに目をつむった。
脳裏には大きな白い家の食卓を囲み、
豪華な人間の食事が並んだ皿を楽しそうに見ている3人家族。
そのジルと白い服の男の間に産まれた一人娘が
楽しそうに談話しながら食事をしていた。
幸せそうな家族。
温かい家族。
鋼牙は目を開けた。
「幸せそうだった。」
「えっ?」
「このイコン画の最後の絵はこれじゃない。
本当の正しい絵は楽しく幸せに暮らしている3人家族の絵だ。
作者はまだ家族の幸せも温かさも知らない。
そして知らぬまま……消えてしまった……。」
鋼牙は少し悲しい表情をした。
ジョンはそんな彼の表情を見て、自分も何故か悲しく切なくなった。
 
(第10章に続く)