(第17章)襲撃

(第17章)襲撃
 
翌朝・ジェレミーグレイは昨日の夜、
自分が仕えていた素体ホラー芳賀真理が
自分の屋敷から逃亡した事実を地下室で知るや否や酷く腹を立てた。
それから昼頃になって彼は気晴らしにと近くの
ホームセンターで買い物をする事にした。
今日はとびっきりの美人を誘って今日の御馳走にしよう。
グレイはそう考え、近くのホームセンターへ行った。
グレイはショッピングカートを両手で押しながら、
SMに使えそうな丈夫なロープとテープを探して回っていた。
その時、遠くに黒い服にサングラスをして
黒いフードを被った女性が眼に入った。
どうやらその女性は新しい家具を買おうとしているらしい。
若い男性の店員に聞く事無く、一人で良い家具を探して回っていた。
そうジル・バレンタインである。
グレイはジルの事が気になり始めた。
彼は堪らずSMに使えそうな赤い太いロープをドサドサとカートに入れた。
その後、ショッピングカートを押し、ジルに接近した。
もちろん直ぐには捕食しない。
今は真っ昼間、魔獣ホラーの活動時期ではない。
そもそも人が多すぎる。大騒ぎになるのはマズイ。
最近、こちら側(バイオ)の世界に
黄金騎士ガロが来たと言う話を知っている。
また正体不明のアンノウンと呼ばれる緑色の異形の戦士の事も。
一層の事、警戒し、注意し、
慎重に獲物の人間を見つければならないだろう。
まずは……あの女の名前を聞き、言葉巧みに屋敷に招こう。
あの女は特に味付けをしなくても美味しそうだ。
どんな味か今夜が楽しみだ。
「ねえ。いい家具を探している様子だが。」
グレイはいかにも通りすがりの人間らしく声を掛けた。
ジルは素早く振り向いた。                            
「えっ?ああ、そうなのよ。新しい家具が欲しくて。」
「どんな家具をお求めかな?」
「貴方ここの店員?」
「いや、ごく普通の買い物客だ!私の名前はジェレミーグレイ。」
「ふーん」とジルは鼻を鳴らした。
「じゃ!可愛い家具を紹介してよ!」
随分と生意気な小娘だな。だがムチで
叩きがいがある健康な体をしているな。
グレイは「いいとも」と答えた。
2人は暫く周囲の家具のコーナーを端から端まで見て回った。
それから約1時間後、ジルはグレイが指摘した家具を気に入った。
「じゃ!一緒に会計をしよう!」
「いいわよ!」
それから2人はレジでそれぞれの購入の品を会計した。
「そうだ!君!食事に来ないかい?」
グレイはまさに今ここで思いついた様子
を演技しながらそうジルに提案した。
ジルは反射的に彼の買い物袋を見た。
「赤いロープとか何に使うの?」
「ええ、ううん、あああ、SMってやつさ!」
グレイはわざと恥ずかしそうな表情をした。
もちろんジルは表情には出さなかった。
そして彼女はザルバと同じ魔獣ホラーを探知する能力を使った。
このジェレミーグレイって言う男から魔獣ホラーの気配がする。
「ふふふっ!御馳走してくれるの?
あら嬉しい!言葉に甘えようかしら!?」
「そうか!よかったよ!一人の食事より大勢の方が楽しいからな。」
それからクレアとグレイはホームセンターの入口で別れた。
グレイは駐車場に止めてあった黒い車に買い物袋を後部座席に乗せた。
「よし!丁度いい御馳走が手に入ったぞ!やっぱり!
あの役立たずの従者よりも自分で探した方が良かったなんて……」
グレイは少し自分のやり方を反省しながら運転席に乗ると車を発進させた。
 
ジルの隠れ家。
昨日の夜、あの幽霊騒動の後、
鋼牙は一人、ニューヨークの町中に大量に発生した
魔獣ホラーのゲートとなる陰我の宿ったオブジェを破壊して周っていた。
鋼牙自身かなり体力を消耗し、
翌朝にはソファの上で長い時間、仮眠を取っていた。
その仮眠も丁度、ホームセンターの買い物から帰って来たジルが
テレビのニュースを見た瞬間に上げた大声で終わりを告げた。
「たっ!大変!大変よ!早く!早く!テレビのニュースを見て!」
「何だ?騒々しいぞ!」
物音とジルの声に無理に起こされた鋼牙は
少し不機嫌な顔でソファから上半身を起こした。
モイラにせかされ、3人は戸惑いつつも一緒にテレビを見た。
テレビでは赤い球体のNSTのロゴマークが表示され、
朝のニュースが始まっていた。
テレビ画面に金髪に赤い服と青い服を着た
女性レポーターがスペシャルレポートを始めた。
「ここはアメリカ・スパニッシュハーレムの古風の街角。
この街角は古くから危険なメキシコの麻薬カルテルの一つ
ラスバルデ・カルテルの本部がありました。
このラスバルデ・カルテルは周辺の住民、警察や政府高官、
米軍兵、政治家の顧客を多数所有しており、大量のコカインや
マリファナを高値で売る見返りに大量の武器を提供され、
所有しているとされています。
また幾つかの武装ギャング、元メキシコ陸軍特集部隊で
構成されたSP部隊等を従えているとされています。
元米軍兵の警備員、麻薬密売人、更に麻薬王ラスバルデ氏と
その幹部達、約500名が集団失踪を遂げました。
しかも本部内には破壊された銃器機関銃、その他大量の武器を初め、
本部内の壁、床、天井に無数の弾痕、中には手榴弾等の爆発物
で開けられたと見られる大穴が多数残されていました。
この事から別の麻薬カルテルとの抗争があったのでは?
と地元の警察は考えており、また事件が起こる直前、
近所の住民が真っ黒に縞模様の服を着た少女が麻薬カルテル
構成員の男に連れられ、本部に入って行く様子が目撃されており。」
「これも?魔獣ホラーの仕業よね。」
「どんどん被害者が増えているな……」
「マズイぞ!もう!半分!このままじゃ!
あっという間に目標の1000人を突破しちまうぜ!」
「ねえ!ニュースの続きを見て!」。
クレアの声に鋼牙は再びテレビ画面を見た。
テレビ画面ではNTSの金髪のテレビレポーターは
カメラマンと他のスタッフと共に慌ただしく歩き回っていた。
やがてテレビレポーターは続報を伝え始めた。
「新しい情報です!大勢の女性の生存者が確認されました!
大勢の若い女性の内の一人が麻薬王ラスバルデ氏の娘と判明しました!
とにかく!彼女に話を聞いてみましょう!」
それからNSTのテレビレポーターは完全に
怯え切っている少女にマイクを向けた。
すると震える声で少女は話し始めた。
「真っ黒な縞模様の服の少女は
『肉つきのいい筋肉質な男が好みなの』って言って……。
少女の……大きな口から……オレンジ色に輝く……
触手がたくさん伸びてきてぇ。
先端の……ヒルみたいな……鋭い牙の並んだ吸盤で
次々とパパや他の大勢の男達の首筋に吸い付いたの……そうしたら……。
パパもみんなも……乾燥したミイラになった後に灰化して……。
いっ!嫌ああああああああっ!ああああっ!」
ラスバルデ氏の娘は昨日の悪夢を思い出したのか?
狂気に駆られ、泣き叫び、その場にうずくまってしまった。
他の大勢の女性もやはりラスバルデ氏の娘と同じような状態だった。
「いっ!以上!……現場からのレポートでした……」
そこでNSTのテレビレポーターによるスペシャルレポートは終わった。
「どうやら彼女は人間の肉体よりも血液を欲する様になったのだろう。」
「ええ、今まであの子は人間を石化させて血も肉も食っていたわ。
大変!食性が変化しているなら!もっと大勢の人間があの子の犠牲に!」
「ああ、早くなんとかしなければ!人間の血や体液を栄養分にしている分!
血や体液を欲する余り、以前よりもさらに凶暴化するかも知れん!」
ザルバと鋼牙は深刻な表情を浮かべた。
 
マンハッタンの摩天楼の中心にあるマルセロの自宅では。
朝早くマルセロがベッドから目覚めた。
そして昨夜、命を助けた素体ホラーの芳賀真理の姿を探した。
しかし彼女は何処にもいなかった。
「うぬ。彼女の気配も感じない……まさか……」
マルセロはふとテーブルの上に置かれている置き手紙が目に入った。
どうやら芳賀真理が書いたものらしい。
「昨夜は助けてくれてありがとうございます。
それにあたしは素体ホラーです。
魔戒騎士や法師に攻撃されれば一撃でやられる弱々しい存在です。
そんなあたしがこんな家にいたら多分、
上級ホラーの貴方のお荷物になるかも知れません。
もちろんあなたを信用しない訳ではありません。
あたしがこの家に居候すれば貴方とあたしの食糧を探すのにも大変です。
これ以上、貴方に迷惑を掛けるのは忍びないのでこの家を出ます。
どうにか自分で食糧の人間を捕まえます。どうか安心してください。
後、人間が描いた詩の本、譲ってくれてありがとうございます。
大切にします。」
「迷惑など……ジョン・ミルトン失楽園』の本だけ持ち出しおって……」
マルセロは呆れ果てて、全身の力が抜け、椅子に座りこんだ。
 
(第18章に続く)