(第18章)失楽(パラダイス・ロスト)

(第18章)失楽(パラダイス・ロスト)
 
「おーい、ジルいる!」
ジルは入口のモイラとクレアらしき
人物の声を聞くなり、反射的にチャンネルを変えた。
「なんだ。また来たのか……」
「また来たのか?ちょっと!ちゃんと情報を収集したのよ!」
「情報って?なんなの?クレア。」
クレアによればその情報は自分が
働いているテラセイブの同僚から聞いたと言う。
もちろん同僚の名前はアイザックである。
同僚の話によるとSM好きなある男が住んでいる屋敷があって。
全身が死人の様に青白い肌をした美しい
黒い服を着た女に誘われて彼の屋敷に行った女性達が
次々と何も痕跡を残さずに失踪している。
今じゃ、30人以上の失踪者がいるらしい。
するとジルはさっきホームセンターでSM用の
太い赤いロープやテープを購入する男性に遭遇したと言う。
しかも夕食まで誘われたのでOKをしたと言う。
「少なくともホラーの疑いのある人間を本物の魔獣ホラーかどうか
探ろうとするならば彼の屋敷に訪れるしかないだろう。」
クレアは口を開き、何かを言い掛けた。
「いや。一般人のあんたには無理な仕事だ!」
しかしタイミング良く鋼牙の鋭い突っ込みが入った。
続けざまにザルバは「正にその通りだな」と横槍を入れた。
するとクレアはむっとした表情になった。
「もう!あんた達もあたしをいつまでも一般人扱いして!
少しは信用しなさいよ!」
「別に信用しない訳ではない」
「魔獣ホラーはこちら側(バイオ)の世界のゾンビやBOWとは違うの。
連中の能力は未知数だし。
どんな力があるか多種多様で予測が付かないのよ。
それにあたしにはザルバと同じ魔獣ホラーを探知する能力があるの。」
「へえー、緑色の異形の戦士に変身出来る他にそんな能力があるんだ!」
「何!おい!ジル!何故?今まで言わなかった!」
鋼牙は驚き、ついつい慌てふためいてしまった。
「落ちつけ!鋼牙!まだ!ジルは魔獣ホラーじゃない!普通の人間だ!」
鋼牙はザルバの声にようやく冷静さを取り戻した。
「そんな事は分っている!だが……危険すぎるぞ!
俺達、魔戒騎士や法師が使っている魔戒の力と魔獣ホラーの力は違う!」
クレアは事実の余りの衝撃に圧倒され、茫然とした表情をしていた。
まさに何にも言えない状態だった。
それに対しモイラは好奇心からなのか?恐る恐るジルに尋ねた。
「まさか?ジル!本当に魔獣ホラーの力を使っているの?」
その質問にジルはずっと口を固く閉じていた。
 
マルセロに置き手紙を残し、家を出た芳賀真理は
マンハッタンの摩天楼の中心の寒い町の中を一人、歩いていた。
彼女は暗いトンネルの中に入った時、
ふと一人この世界で取り残される不安に駆られた。
彼女はそれ以上深く考え込まないようにした。
しかしそれでもやはり深く考え込んでしまった。
寂しくなった真理はその場でうずくまり、静かに泣き出した。
その時、誰かが来る足音がした。
真理は慌てて涙をふき、顔を上げた。
16歳の少女から急成長し20歳の
成人になったソフィア・マーカーの姿があった。
「貴方も……魔獣ホラーなの?」
真理は急に立ち上がった。
そして両瞳を爛々と水色に輝かせ、大きく獣のように唸った。
「貴方はシェイズの新しい従者ね!!あたしを連れ戻しに来たんでしょ?」
キシャアアアアアッ!
真理は黄色い鋭い牙を剥き出し、精一杯、野獣の咆哮を上げ、威嚇した。
ソフィアは動じず純粋な笑顔を浮かべていた。
ソフィアは周囲の空気を揺らす様な重低音でしゃべり始めた。
「我は魔獣ホラーの新たな始祖シュブ・二グラス!
我は新たな真魔界の創造と永遠の存続を司る者!」
ソフィアの言葉を聞いていた真理はただただ驚愕の表情を浮かべていた。
新たな始祖?魔獣ホラーの?
真魔界の創造と永遠を司る者?まさか?本当に……
ソフィア、いやシュブ・二グラスは大きな口を開けた。
口内から真っ赤に輝く6本の独立した細長い触手が発射された。
6本の独立した真っ赤に輝く細長い触手は驚いた表情のまま
立ちすくんでいる真理の周囲をまるで
撒き付くかのようにグルグルと回り始めた。
やがて真理は身体の内側と外側が一気に熱くなるのを感じた。
「けふっ!くっ!」
真理は微かに喘ぎ声が混じった小さな声を上げた。
やがて真理の身体は真っ赤に輝くマユの中に取り込まれた。
暫くして真理の身体は真っ赤に輝くマユは自然と消滅した。
同時に真理の身体を覆っていた死人の様に透明感のある青白い肌
と暗黒の服が真っ赤に輝くマユの内側で焼き崩れて、完全に消失していた。
代わりに自然に消失したマユから美しいほんのりとピンク色の紅潮した
生に満ち溢れた肌に覆われた全裸の姿となった真理が現われた。
大きな丸い両乳房も大きなお尻もほんのりとピンク色に覆われていた。
真理は静かに瞼を開けた。
あたし生きているの?あたしの陰我はどうなったの?
真理はほんのりと紅潮した肌を茶色の瞳でまじまじと見た。
再びソフィアは周囲の空気を揺らす様な重低音でこう解説した。
「下級ホラーの汝に自分の身体から独立した賢者の石を移植させる
改造手術をした結果、汝は旧始祖メシアから解放された」
続けてソフィアの純粋な少女の声で更に解説をした。
「さらに汝には試しに純粋な
人間の繁殖能力と子供を育てる能力を与えた。」
「それじゃ……あたしは??」
「あと、汝のドス黒い魔獣ホラーの血は真っ赤な人間の血に置換させた。」
「人間なの?」
「汝が他の狂った人間や他の旧始祖メシア由来の魔獣ホラー。
使徒ホラー、レギュレイス、魔導ホラー等の外敵から身を守れる様に
我の賢者の石を取り込んだ事で欠陥を修復した完全なTウィルス。
そうね『T-エリクサー』かのう?
『T-エリクサー』は汝の旧始祖メシア由来の魔獣細胞を
外神ホラーである魔獣細胞に変異させた。
もしも何らかの危機に見舞われた時
その『T-エリクサー』の力を使うのじゃ!
汝は今、あらゆる種類の魔獣ホラーと純粋な人間を超えた
不老不死の存在として、これから人間界で誰よりも自由に生きる事じゃ!
汝に対抗できる者はもはや魔獣ホラーでも人間でも存在しない!
まずは人間の男との間に子供ができるのか?試して見たいかのう?」
「そっ……それは……」
「いずれ!我はお主を必要とするじゃろう!『ホーンデッド』よ!」
ソフィアはくるりと真理に背を向けた。
そしてトンネルの日が射す外に向かって歩き去った。
茫然と真理はソフィアの背中を見送った。
それからしばらく真理は全裸のままその場に立ちつくしていた。
やがて若い男性の声がした。
「裸で何をしている風邪を引くぞ!」
真理が驚いて振り向くと暖かそうな
マフラーと厚い上着を着た若い男が立っていた。
「あたしここで今、どうしたらいいのか分らないの」
真理は両腕を合わせながらそわそわと僅かに身体を動かした。
する若い男性は本当に困った真理に優しくこう接し、話しかけた。
「それじゃ!家に来ればいいよ!ここで考えても埒が明かない。
それに全裸じゃ!警察やゴロツキに会って
たちまち面倒な事になるだろうな。
だが俺達、シモンズ家の屋敷ならあんたの為に
ちゃんとした衣服も食事も用意出来るぞ。」
「シモンズ家って?」
「古くから世界の頂点に立つ偉大な一族さ!
俺は役立たずに無能な一族の恥じだった
ディレック・C・シモンズに変わって一族の長を務めている。」
「へえー凄い一族なんだ!シモンズ家って!」
「ではお姫様!お困りなら白馬の王子がお助けしましよう!」
ジョンはコンクリートに右膝を付き、手を差し伸べた。
真理はゆっくりと近づき、握手を交わした。
(この後、ジョン・C・シモンズと芳賀真理の話の続きは
全てが白紙であるが故に皆様の想像にお任せする事にする。)
 
(第19章に続く)