(第19章)予言(オラクル)

(第19章)予言(オラクル)
 
ジルの隠れ家。
鋼牙はクレアとモイラが家に返った事を念入りに確認した。
それからジルに向き直った。
「話がある。」
「ええ、分っているわ。」
「ドラキュラ伯爵いや、ニャルラトホテプ
10年前に創立させた『魔獣教団』は壊滅した。」
「そう?じゃ!倉町公平は??」
「5年前、山刀翼、鈴村怜、邪美法師、鈴法師を初め、
大勢の老院付きの魔戒法師や魔戒騎士達が真魔界の深層部の
奴らの本部を襲撃し、時の乱れで復活した倉町公平、ガーゴイル
を含む100万体以上の魔獣ホラー達を討伐したとの事だ。」
「そうだ!ジル!『魔界黙示録』を覚えているか?」
「ザルバ!無闇にあの本の話題を持ち出すな!」
「だが!彼女にとって必要な筈だ!」
今日ばかりは珍しく鋼牙とザルバは感情的になっていた。
しばらく二人はお互い睨み合っていた。
「ソフィア・マーカーの正体は闇に囁く者
『シュブ・二グラス』に間違いない!
奴は1000人もの人間を喰わなければ完全に覚醒しない。」とザルバ。
「しかもソフィア・マーカーが
『シュブ・二グラス』として完全に覚醒すれば。
真魔界で何万何千体の素体ホラーの群れは
全てシュブ・二グラスの胎内に戻り、
何万何千体の新種のホラーを産み出してしまう!」と鋼牙。
「そうなれば俺達と魔獣ホラーの闘いはより厳しくなるだろう」
元老院付きの魔戒騎士も魔戒法師達も賢者の石の力を使った未知の攻撃や能力によって、より大勢の犠牲者が増える事を恐れているんだ。」
「故にソフィア・マーカー、シュブ・二グラスは
元老院からかなり危険視されている。」
「そう、当然よね」
鋼牙とザルバの話を聞いたジルは酷く落ち込んだ。
「実は俺はある事が気になって、ニャルラトホテプに会いに行こうと思う」
「えええっ!一体?彼は何処にいるの?」
「窮極の門の奥の彼方の混沌の独房に監禁されている。
だが頼むからついて行くとは言わないでくれ。」
「あたしが行ったら?どうなるの?」
「多分、常人じゃ発狂して生きて死ぬまで
精神病院暮らしになるかも知れんな」
「あっ、貴方は大丈夫なの?」
「少なくとも俺は
冒涜的で名状し難い姿を見た位では発狂したりはしない。」
鋼牙は見事にそう断言した。
何処にそんな自信があるの?この人の心はダイヤモンド??
ジルは唖然とした表情をした。
「じゃ、じゃあ……そんなヤバそうな所に行って奴に会ってどうするの?」
「行って奴を尋問する。何か話を聞けるかも知れない。」
「だが奴に会うと言う事はあいつに会う事にもなるぞ!」
「知っている。」
「こっ!これから行くの?」
「もちろんだ!これから行く!」
鋼牙は白いコートの赤い内側から銀色に輝く鍵を取り出し、掌に乗せた。
「これで行く!元老院から許可を得て借りて来た。」
その銀色に輝く鍵は奇妙なアラベスク模様に覆われ、
長さは5インチ近くもあった。
「じゃ!行って来る!」
鋼牙はバサッと白いコートを翻し、背を向けるとスタスタ歩き出した。
そして隠れ家の入口から堂々と出て行った。
 
数時間後。
鋼牙は窮極の門に続く第一の門に立っていた。
彼はウルム・アト・タウィルによって窮極の門へ行く意思を確認された。
意思の確認後、ウルム・アト・タウィルに案内され、
第一の門を通り抜けた。
そして第一の門を通り抜けた鋼牙の目の前には異形のものが六角形の台座で
低い音を発し、輝く球体により身体を揺らし、
リズムを取っているのが見えた。
やがて眠りに落ちる異形のものの夢により、
『窮極の門』が物質的に混在化した。
突如、鋼牙の身体は計り知れない深みに投げ入れられた。
その後、『窮極の門』に至る障害であるバラの香りがする海を漂い続けた。
長い事、海を漂う事、数分。
ようやく目の前に『窮極の門』の石垣のアーチが見えた。
鋼牙は海の中で儀式に従って銀の鍵を動かし、
呪文を詠唱して前方へ漂い続けた。
そして『窮極の門』を抜けた。
鋼牙は5m程の高さから前転しながらドンと時空間に華麗に着地した。
「ヨグ・ソートス!!」
鋼牙は精一杯声を張り上げた。
「せっかく愛しの我が子『ダオロス』を我が妻であり、
元人間であったシリルが苦労して眠らせたのに。実に騒々しい人間だ!」
太く威厳のある男の声が時空間に木霊した。
彼の目の前にヨグ・ソートスは現れた。
その姿は複数の太陽のような光球、そして割れた中から
流れ出す黒々とした原形質の肉が一つ
にまとまって原初の落とし子になった。
更に虹色の球体の集積物の仮面を被り、この時空間の最低の更に彼方、
核の混沌のただ中において原初の粘液として永遠に泡立ち続けた。
やがて黒々とした原形質の肉が一つにまとまった
原初の落とし子は徐々に人間の形になった。
その人間の姿は短い黒髪、黒いスーツに白いシャツ、
黒いネクタイのいかにも紳士的な風貌をした男だった。
「私の事はもう知っていると思うが礼儀として名乗らせて貰おう。
我は『全にして一、一にして全なるもの』。
我は『門にして鍵』。
我は『彼方のもの』。
我は『原初の言葉の外的現れ』。
我は『外神ホラーの副王ヨグ・ソトホース!』」。
名乗り終えるとキラキラと輝く青い瞳で鋼牙をまじまじと観察した。
ニャルラトホテプ』に会いたいそうだな。」
「そうだ!すぐに会わせてくれ!」
「フッ!黄金騎士ガロはホラー狩りをし過ぎてよほど暇でもあるのかな?
冴島鋼牙!所詮お前は矮小な人間でしかない!
幾ら何十億のホラーを狩っても同じ事」
ヨグ・ソートスの人間体は軽くせせら笑った。
暫くしてヨグ・ソートスの人間体の男は時空間の一角を指さした。
鋼牙が見るとそこにニャルラトホテプ
閉じ込められている彼方の混沌の独房が見えた。
「あそこか!」
「そうだ!私の身内のニャルラトホテプがいる。」
鋼牙はクルッとヨグ・ソートスの男に背を向けた。
「冴島鋼牙!我は全ての時、空間、存在と共に在る」
驚き鋼牙は素早く振り向いた。
「我は全ての宇宙のありとあらゆる知識と情報を持っている。
遠い過去の輪廻転生から続く現代の出来事も全て認知している。
またジル・バレンタインとシュブ・二グラスの
現代と未来の出来事も全て認知している。
そう、我は無数のあらゆる平行世界(パラレルワールド)の無数の人間達。
我ら混沌の土地で幽閉されている外神ホラー達を初め、
真魔界に封印されている他の旧始祖メシア由来の魔獣ホラー。
使徒ホラー達、レギュレイス、魔導ホラー、ゼドム、ラダン。
更に旧支配者に当たる魔獣ホラー達。
霊獣、魔戒騎士、魔戒法師。地球外生命体。
UMA。幽霊。悪魔。天使。神。
あらゆる宇宙の全存在を認知している。」
「どういう事だ!鋼牙!」
鋼牙の質問にザルバは冷静に丁寧に解説した。
「奴は一つの時空間に存在するものじゃない。
奴は時空と空間の法則を超越し、
ありとあらゆる時間、空間に身を接している。
果ての無い超越的な存在だ。正に『全にして一、一にして全』だな。」
暫くしてヨグ・ソートスの人間体は
再び威厳のある太い声でしゃべり始めた。
「その魔導輪ザルバの解説通りだ!
仮にお前が数学、論理、空想の力を駆使して我を全力で攻撃したとしても。
我は数学、論理、空想の力さえも凌駕し、
なおかつあらゆる時間の制限を受け付けない。
それ故にお前の魔戒剣や拳が我に直撃する事は未来永劫ない。」
するとヨグ・ソートスの人間体の話を聞いた
鋼牙は苦虫を噛んだ表情になった。
鋼牙の表情に反してヨグ・ソートスの
人間体はまた自信たっぷりにこの言葉を言い放った。
「冴島鋼牙!我は予言しよう!『救世主は二人存在』する!」
「どういう事だ!?」
「知りたければニャルラトホテプに直接、尋ねたまえ」
鋼牙は無表情でニャルラトホテプが閉じ込められている
彼方の混沌の独房に向かって歩き出した。
その後ろ姿をヨグ・ソートスの人間体はクスクス笑った。
しばらくして鋼牙は彼方の混沌の独房で
ニャルラトホテプを無限の時間、尋問し続けた。
鋼牙は再び銀の鍵を使って今度は
窮極の門から第一の門、人間界に帰って行った。
 
(第20章に続く)