(第38章)燃料

(第38章)燃料
 
ジルの隠れ家。
ザルバや鋼牙達が考え込んでから暫くしてモイラは恐る恐るこう意見した。
「もっ!もしかしたら?真魔界に行く為の燃料とか?」
鋼牙とザルバはハッとした。
「燃料?分かったぞ!鋼牙!奴は一万人の人間の女性達を利用して!
この人間界から真魔界に通じるゲートを作り出すとしたら?」
「大変!このままじゃ!」
「何とか阻止しないと!
一万人の人間が命の危機に晒される!」
「そもそも普通の人間の肉体が賢者の意志の力にどこまで
耐えられるか分からない以上!かなり危険だわ!」
「サイアク、一万人の人間が死ぬか?それとも?」
「魔獣ホラーになって蘇るかだな……」
「サイアクだ!一番!サイアクなシナリオだ!」
「特にジル!お前は10年前に二回発狂している!
故にお前は正気を保つのに必要な精神力が弱くなっている!」
「それに加えて緑の異形の戦士アンノウンに
変身している為、肉体と精神を蝕んでいる!」
「だからお前は普通の人間の2倍の確率で
外神ホラー化するリスクが高いぜ!」
「分かっているわ!でも戦わないと!
大勢の人間が魔獣ホラーに喰われる事に……」
「その行為は煙草を長い間、
吸い続けて肺が真っ黒になるのと同じ位、健康に悪いぞ!」
「だからもう!異形の戦士アンノウンに変身するの止めるんだ!」
「分ったわ……今後、変身するのは控えるわ!」
ジルの回答に鋼牙は僅かに安堵の表情を浮かべた。
鋼牙とクレアとモイラと話し終わった後、ジルは
「昨日の闘いで精神と体力を消費した」と言う理由で
自分のベッドの上に寝転び仮眠を取った。
鋼牙とクレアとモイラと話し終わった後、ジルは
「昨日の闘いで精神と体力を消費した」と言う理由で
自分のベッドの上に寝転び仮眠を取った。
その間、鋼牙はモイラとクレアだけ集めて話す事にした。
クレアは真面目に聞こうとしていたが
モイラだけムスッとした表情をしていた。
モイラは「憎しみが光をもたらすことは絶対に無い!」
と鋼牙に断言された事。
「憎しみ、怒り、嫉妬は闇の力だ!」
とザルバに言われた事が頭の中に引っ掛かっていた。
そこでモイラは鋼牙とザルバに質問をぶつけた。
「何故?鋼牙は闘っているの?
人間を守る為に闘う正義の味方じゃないの?
ジルも鋼牙もなんで人を守るの?」
しばらく鋼牙は黙っていた。
やがて鋼牙は静かに口を開いた。
「俺達、魔戒騎士は守りし者の為に闘う!」
「守りし者?」
「守りし者とは、誰よりも大切に思う者の事だ!
その顔を想い、命を賭して闘う事が出来る者の事だ!
モイラ!今、お前にとって守りし者は誰だ?」
「誰って……」
ふとモイラの脳裏に浮かんだのは。
自分の家族だった。
自分の母親。父親のバリー・バートン。
ポリー、そしてザイオンの地で自分が守り、
新しい家族になったナタリア・コルダ。
「いる。家族はでも……」
「お前は自分の家族は好きか?」
「うん!昔、父親は大嫌いだったけど!今は大好き!」
「俺にも家族がいる!しかし俺の妻は突然、
発生した時空の歪みの中によって失踪してしまった。
今、俺のいる向こう側(牙狼)の世界には]
俺の執事のゴンザと息子の雷牙がいる。
今、俺はこちら側(バイオ)の世界に妻がいるかも知れない!
そう考えて今、此処で妻の行方を捜している。」
「そっ……そうだったんだ……」
モイラは何故?鋼牙に反発したのか分からなくなり、口ごもった。
「ごっ!ごめんなさい!悪い癖で!貴方の気持ちも知らないで……」
鋼牙は穏やかな表情を浮かべた。
「いいんだ!気にするな……」
「さて、モイラが少し納得したところで
ソフィア・マーカーの話を始めよう!」
「御免なさい、説明しようとしていたのに……」
「まあー気にすんなよ!さて、説明と頼みを聞いて貰おうか。
ジルは以前、俺様が説明した通り、シュブ・二グラスの胎内には
名も無き娘の魂と肉体が宿った賢者の石が存在する。」
「と言う事は?ジルには2人の娘がいるってこと?」
「正確には2人で1人の娘だ!ある意味では光と闇を持つ娘。
ジルはその内の名も無き娘、つまり光の娘を
女性特有のセフィロトの力で取り戻さなければいけない!」
「もちろん彼女の強い思いが無ければそれは成し得ない!」
「じゃ!姑獲鳥にあたしが赤ちゃんにされて
ジルに全てを任せたのも?実は計算の内なの?」
「大当たりだぜ!クレア!」
「経験は何より力となる!」
「うっ……」
「なんて人だ……」
クレアとモイラは鋼牙の返答に絶句した。
しかし直ぐにモイラは別の疑問が頭の中に沸いた。
「じゃ?闇の娘シュブ・二グラスは?」
「俺は封印する!彼女は危険な存在だからな」
「やっぱり封印か……当然だよね……」
「そこでクレアとモイラに頼みがある!」
「もしも、ジルが名も無き娘を取り戻した場合、
確実に彼女は妊娠するだろう……」
「えええええええっ!」
クレアとモイラはほぼ同時に声を上げた。
「だから!ザルバがジルの妊娠を確認したら!
ジルを連れて直ぐに安全な場所に避難させて欲しい!」
「とにかく妊婦に闘いは無理だ!それに俺達に追い詰められた
シュブ・二グラスはジルの胎内にある名も無き一人娘に憑依して
光を奪って再びこの世に転生しようとするかも知れん!」
「とにかく奴の目の届かない所に連れて行って欲しい!」
「分った!」
「心配しないであたし達が守るわ!」
そう言うとクレアはウィンチェスターM887を両手に構えた。
「あたしも絶対に守り切るよ!だって!
クレアもジルもあたしの憧れの先輩だから!」
クレアはモイラの言葉を聞き、自然に微笑んだ。
「そうね!ジルはあたしのお兄さんがお世話になったし!
何より……兄さんの大切な人だから……」
「そうか!助かる!」
鋼牙は穏やかに微笑んだ。
しかしクレアから『兄さん』
と言う言葉が出るとかなり複雑な心境になった。
その鋼牙の複雑な心境を察したのか、ザルバが明るく声を掛けた。
「大丈夫さ!きっとクリスは長い時間を掛ければ!
ジルの子供を受け入れるさ!」
「だが彼は本当に受け入れられるのだろうか?」
「それはジルとクリスの心の問題だ!
俺達が口を挟む理由も無いし!関わる必要も無い!」
「それってどういう事?」
「さっきから気になっていたけれど。ママがジルなら、パパは誰?」
モイラは素朴な疑問を投げかけた。
「残念だが!それは教えられない!」
「でもここだけの秘密でさ!パパが誰か教えてく……」
「駄目だ!」
「しょんぼり」
鋼牙の即答にモイラは落胆した表情を浮かべた。
 
(第39章に続く)